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第32話 決戦後の変転


 メイエルハニカは椅子に座るが、テーブルの上の水の入ったコップを手を付けようともしない。トアルとティリは心配そうにしている。

 キーは何も言わずにメイエルハニカの対面で座って話し始めるのを待つ。そうしているとポツリとメイエルハニカは語りだす。


「……子供たちの奉公先が見つからないの」


「ふム……?」




 キーはピンとこない様子でいるが、トアルとティリを見ると重大な問題なのだろう。深刻な状況であると容易に推測できる面持ちである。それを見ている間にメイエルハニカは話を再開する。


「どこにお願いに行っても最近不景気で人を雇う余裕なんてないって言われて……新しく受けいれる子も大勢予定しているし……大きい子たちはもう外に出さないと年齢的に受け入れてもらえなくなっちゃう……」


「ソうか……」


 キーは現在の町の状況を思い出す。ビーボーイの残党を殲滅している間にわかったことがあった。ビーボーイはこの町の経済活動に深く寄与していたことだ。およそすべてと言っていい産業にビーボーイは関わり、商売を行っていた。


 そのビーボーイが突然壊滅したのだ。そして町の物流を担っていた。経済活動は当然麻痺する。そこに解放された奴隷がいるのだ。当然子供もいたのでその一部をメイエルハニカは引き受けるのだろう。


 さらに大人の奴隷が町の仕事を孤児院の子どもたちから奪う形となって現在の状況が現出したのだろう。つまり間が悪かったのだ。




 この状況が直ちによくなることはかんがえられない。何しろキー達はビーボーイをこれからも殲滅するのだ。経済の復興に当たり、商売の促進が必要である。


 しかし販路というのはすぐには増えない。目ざとい商人たちも今は静観し、商売先を見繕っている最中だろう。つまりしばらくは経済の復興、雇用の創出などはありえないのである。


 




 メイエルハニカは項垂れる。このような経済的知識があるかは定かではないが、街の空気からは概ねの状況は察しているのだろう。

 しかしルルアガ周りは空前の好景気といった様子だ。この孤児院はルルアガともよい関係を築いていると聞いている。そちらからは声がかからないのだろうか。キーは聞いてみる。


「ルルアガにはこノ孤児院からも何人か所属していると聞いている。そちラはどうなんだ?」


「もちろん聞いてみたよルルアガからは経営援助もしてくれているから……でもあそこはアラダ―ルの民が中心の組織だから……色街に行くか、外部協力者として戦闘員になるかしかできないって…….」


「ソうか……」




 現在ルルアガも人手不足に四苦八苦している。余計ないさかいを人種間対立で産むことは避けたいのだろう。それでも精いっぱいの好意を示してくれていると話を聞くと感じる。

 しかし色街という選択肢があるなら女はある程度捌けるのではないか。少し光明が見えてきたとキーは励ますように語る。


「だが風俗業といウ選択肢ができたのはよかったんじゃ?」



「娼婦になったら……!!!ビッチになっちゃうでしょ!!!!!ビッチ許しません!!!!!!!?!!!」



「えェ……?」


 メイエルハニカは心労から混乱しているのか、訳の分からないことを口走っている。キーは少し引き気味にしている。トアルとティリは呆れたような顔をしている。

しかしメイエルハニカも考えあってのことなのだろう。理路整然と持論を述べる。






「娼婦は若いうちはいいよ!?でも年期が明けると路頭に迷うしかないの。それまでに身請けされればいいけれど、それができなければ何も技術がない状態で社会に放り出されることになるんだよ!勿論引退する時にお金は多くもらえるって聞いてるけれど……それでいつまでも生きていけるわけじゃないんだよ……きつい仕事だから体や精神を壊すこともあるし……」


「……」


 この町は命が軽い。いやこの時代が命が軽いのだ。キーは歴史の講義を学んで過去に労働者がどのような生活をしていたかを多少なりとも知っていた。しかし実際に身を持って体験するとありありとその苦しさを実感する。


 メイエルハニカはこの町で生きてきたのだから当然わかっているのだろう。だから戦闘員という名の鉄砲玉や、病気を貰ったりする可能性もある娼婦にはしたくないのだ。

そうであっても明日の命もあるかしれないこの町で職を選ぶというのは、感傷でしかないのかもしれない。


 地球において近代以前の社会でも、孤児で成人するのは5人から10人の中で1人といったところだ。飢餓などの問題があれば真っ先に切り捨てられる対象だったからである。これは間引きなどを抜いた数値であるのが恐ろしいところだ。


 それにまず子供が一人で生きていけるほど社会は甘くない。寄る辺のない子供は搾取され、ごみのように死んでいくのだ。路地裏の子どもたちも何人が生き残れるのだろうか。それからすると愛されて育つこの孤児院の子どもたちはまだ幸福なのだ。


 しかしこの世界からすると平和に、そして裕福に生きてきたキーからすると、メイエルハニカの論理は頭ごなしには決して否定できないことだった。






「私はこの子たちに幸せになってほしいよ……」



「メイエル……」


 メイエルハニカはトアルとティリの頭を壊れ物を扱うように大切そうに撫でる。二人はくすぐったそうにしているが拒絶することはない。

 キーは本当の家族のように仲のいい彼らを引き裂くような真似はしたくない。まだ子供と言っていい年齢の彼女たちを傷つけるこの社会が、どうしようもなく疎ましくなる。






「……というわけで!!!娼館に行かせるのは!!!全力!!!拒否!!!!!子供たちが寝取られちゃう……壊れちゃう私の心……」


「えェ…………?????」







 メイエルハニカは心労が溜まっていたせいか、自室に戻って寝たようだ。残ったキーはトアルとティリとこの件について詳しく今の状況を聞く。


「お前たちはあとどのくらい猶予はあるとみていル?」


「そうだね……今この孤児院で最年長の僕たちに関していえば、幸いなことに僕はいろいろ引き合いを貰っているから一人で生きていく分には大丈夫だと思う」


「私は経理ができるからルルアガの委託で、商店の帳簿なんかを作成、監査したりすることになっているわ」


「問題は僕たちの下の代の子たちだね……もう一年くらいは余裕があるけど奉公に出すのは早いに越したことはないんだ。仕事を覚えるのも早い方がいいのは当然だし、年齢のおかげで失敗を見逃されることもあるからね」


「年がいけばいくほど受け入れも厳しくなるしね。年相応のスキルがないと当然目も厳しくなるわ。それにしっかりした店程、また年次にも厳しいものよ」


「道理だナ」


「僕がもう少し年を重ねて商売も繁盛していれば何人かは雇えたんだろうけど……」


「言っても仕方ないでしょ」


「……ごめん」


 場を沈黙が満たす。キーは顰め面で腕を組み唸っている。八方塞がりにも思えるこの状況を何とかしたいのだろうが、どうにも打開の糸口が見えない。

 悩んでいても答えが出ないので一旦置く。情報を得ないことには分析は始まらないので、孤児院の今後の経営についても聞いてみた。






「新しく沢山子供たちが入ると聞イたが、経営の方は大丈夫なのか?」


「うん。ルルアガから資金提供も大幅に増額されたみたいだ。でも部屋の数が足りないからね……」


「増築するという手もあるわ。金銭面は一息ついたのよ。でも私たちがいなくなってメイエル一人で子供たちの面倒を見るのも限界はあるわ」


「そもそモこの孤児院はどういッた経営状態なんだ?全部メイエルの持ち出しというわけではなイだろう?土地関係はルルアガから借りているノか?」


「運営はメイエルが代表みたいなものだね。土地はアルミラから借りているんだよ。金も本来の価値からすればほとんどないようなものさ」


「運営資金に関してはルルアガと聖堂、あとはアルミラの厚意で支援を受けているわ」


「へぇ婆さンが……っつーことは経営には喫緊の問題はないとみていいナ。メイエルのほかに人員はいてモいいとは思うが」


「……」


 トアルとティリは頷く。しかしその顔は暗いものだ。キーは今の話に変なことがあったか疑問に思い問いかける。




「何か変なこと言ッたか俺様?まダほかに問題でも?」


「なんでもないわ。お願いなんだけれどキーの方からも職を斡旋してくれる先をあたってくれないかしら?」


「おウ。俺様も顔が売れてそれナりに伝手は増えたはずだ。少しなラ紹介できると思う」


「ありがとう。本当に助かるよ」


「……ありがと」


「感謝すルにははえーよ。まァ結果を待ってくれ」


 キーは努めて余裕を見せて話すが、自分でも空元気を出していると自覚していた。できることなら何とかしてやりたいし金もある。しかしいつまでも面倒は見切れないからだ。

 キーの現在までの行動はなし崩しになった部分も多いが、故郷に帰るためのものだ。その自分の利益目標より優先してまで、この世界の人間に干渉するつもりはない。




 だが生来の面倒見の良さから必要のないところまで嘴を突っ込んでしまうところが、キーのいいところでも悪いところでもあった。

 社会のはぐれ者同士という人間関係を利用したいという打算もあったが、それを逸脱しているほどキーはすでに孤児院のものたちに情にほだされていた。






「とりアえずラシオンの所にもう一度話を持っていく。俺様からモ言えば無下にしないだろうし、何より策はある」


「そうかい。策……?」


「考えがあるの?」


「マぁ頓智みたいなもんだがな。要はドっかの都合のいい店に働き口を見つけたいってことだろう?ルルアガなンかの後ろ盾がでかいところが都合がいいんだよな?」


 キーの言葉にトアルとティリは頷く。キーは傲慢な笑みを浮かべ足を組みふんぞり返る。トアルとティリは期待と不安の混じった眼でキーを見つめると、ついにその口が開かれた。






「経営がヤばい店でも買収して俺様たちで商売を始めればいいんだよ」






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