第3話 マイシティウルゴルヌーマ
10日が過ぎ、傷の具合はよくなった。既に軟膏を塗ってもしみることはないし、動いても違和感はあるが痛みはなかった。傷の治りは早い方であるが、軟膏の薬効がよいのだろう。アルミラは食事の用意をしている。すると唐突に話しかけてくる。珍しいことだ。
「朝飯食ったらさっさと出で行きな。働けるごくつぶしを養う義理はないよ」
「いたたタ……激しい運動すると傷に響いてつラいわ」
「誰が治療してやったと思ってるんだい。くだらない冗談しか言えないなら娼館に売り飛ばすからね」
「へへへ……冗談でスよ」
わざとらしく平身低頭し、もみ手をする。
「世話になったメイエルに挨拶しとくんだよ」
「もちロん」
「飯くらいは出してくれるだろうさ」
「それハありがてぇ」
「あとはこれを持っていきな」
そういって袋を渡す。中を確認してみると自分が持っていたナイフや衣類が入っている。自分が襲撃されたとき捨てた袋の一つだ。他のものは大方浮浪者にでも奪われてしまったのだろう。1つだけでも回収できたことは望外の喜びであった。
「ティリが気をまわして拾ったみたいだよ」
どうやらアルミラに渡しておいてくれたようだ。しっかりしている。孤児院に行ったときに礼を言わなければならない。
「世話ニなったな婆さん」
「待ちな。薬を渡しておく」
そう言うとテーブルに置いてある袋をとり、こちらにずいと突き出す。
「もう傷は治っているけどね。化膿したときのために渡しておく。半年は持つ。」
「金はねぇゾ?」
「文無しから金がとれるとは思ってないよ。……そうだね。ガキどもを助けてもらった礼替りさ」
はじめから自分にくれるつもりであったのだろう。今思いついたという語調であった。素直じゃないなとつい笑いが漏れる。
「せっかく治してやったんだ。しばらくその面を見せるんじゃないよ」
「気を付けル。重ねて礼を言ウ」
そういって玄関に向かい、ドアに手をかける。
「イい薬だった。次は客トして来るぜ」
アルミラは一瞬だけ手を止めてこちらに目をやると薬の制作に戻る。それを見て外に出た。新鮮な風が髪を撫でた。帽子をしていなかったことを思いだし、髪をまとめて袋をあさりながら歩きだす。
メイエルハニカに看病されながら聞いていた話では、アルミラの薬屋はこの町の北部において中央部に位置しているらしい。そこから東部外縁部に向かうとメイエルハニカの経営する孤児院があるというとのことだった。なかなか広い土地を有し、畑もあるという。糸通りの野菜は作っていて自家消費していると楽しそうに言っていた。様々な野菜の種類と作る時期、食べ方などを教えてもらい、ほかにも多くのことばや常識を教えてもらった。
アルミラは多弁な女ではないから、多くのものをメイエルハニカからは学ばせてもらった。地縁も血縁もない身としてはせっかくできた縁を切ることはできない。打算はあったがせっかく得た友誼と恩にはいつか報いたいと近いながら、孤児院へと向かった。
「お前誰だノ?」
孤児院に到着すると、見たことのない生物がいた。水色の体で象のような大きな耳と長い鼻、そして長い首を持っている。頭に対して丸々とした大きな目でこちらを怪訝に見ていた。冠のような飾りを頭にのせている。
「キーだ。孤児院に顔を出すという連絡をメイエルハニカにしていたはズだが……オ前は……何?????」
「ホムホッケだノ!お前がキーかノ!トアルとティリを助けてくれてありがとうなんだノ。なかなか見どころがあるノ。ボクの家来にしてやるんだノ!」
「どういたしマして。いヤいいです……」
「なんでなんだノ???王様の家来になれるんだノ!」
「俺様が世界の頂点にフさわしいから。天!上!天!下!俺!様!独!尊!!!!!!!!?!!!!!!」
「世界……でけぇ!つまりお前を家来にすればボクは世界の王様……?絶対家来にしてやるんだノ!!!!!」
「俺様がお前の家来になるメリットを教えてくだサい」
「メリット……キーは記憶喪失気負って聞いたノ!ボクが色々教えてやるんだノ!」
「結果は教えテいただいた内容を精査してから通知します。」
「望むところなんだノ!絶対屈服させてやるノ!!!」
騒いでいると孤児院から出てきたものがいた。メイエルハニカともう一人赤茶色の肌をした背の高いエキゾチックな美女であった。
「あれ?キーちゃん来てくれたんだ!もうホムホッケと仲良くなったの?」
「楽しい男ね」
くすくすと笑いながら女が言う。
「メイエル……コれ……何?元人間?」
キーはホムホッケを恐る恐る指さし、メイエルハニカに尋ねる。
「ホムホッケはこの孤児院の王様なんだって。いつも見回りをしてくれているの」
「家臣を守るのは王様の役目なんだノ!」
「どンな生き物なのかを聞きたいんだけど。」
「あら?あなたゾリンを知らないの?」
美女が尋ねる。
「ゾリン?初耳ダ」
「あなた記憶喪失だからその辺のことも忘れてるのかもね。ゾリンはここらでは見ないけれどそれなりに有名よ」
「そうなノか。俺様のことヲ知っているのか?」
「トアルに頼まれてあなたを運んだのは私よ。あなたなかなか強いじゃない!驚いたわ」
こともなげに女は言う。自分の戦闘の方が興味が強いようだ。それを聞いてキーは佇まいを直す。
「ソうだったのか。改めて礼ヲ言う。本当に助かっタ」
「大したことじゃないわよ」
女はひらひらと手を振る。
「そんなことはナい。何か困ったことがあれバ言ってくれ。力になロう。知ッているかと思うがキーだ。よろしク頼む。」
「律儀な男ね。イルーシャよ」
腕を組みながら薄く笑みを浮かべる。
「取り込み中だったカ?マた出直すが」
「要件は終わったからいいわ」
「読み書きを子供たちと一緒に教えていたの!……そうだ!キーちゃんも一緒に勉強しようよ!」
名案だという風にメイエルハニカは提案する。
「願ってモない話だが……いイのか?」
「一人増えたくらい変わらないよ。発音もまだまだへたくそだもんねー」
からかいながらもキーが受け入れやすいように勧める。
「鼻音が苦手でヨ」
こそばゆい面持ちで言い訳をする。
「ならボクが教えてあげるんだノ!」
「決まりだね!私たちでキーを一人前にしてあげよう!」
メイエルハニカとホムホッケはこぶしを天に掲げ、それを見てイルーシャは微笑んでいる。
「感謝すル。ミんなよろしく頼む」
キーはそう言いながらももどかしそうにする。
「……施サれてばかりでは俺の気が収まらん。無一文の人間が何を言ウかではあるが。何か俺様にできることはナいか?」
「うーん……?特に困っていることはないけど」
「孤児院をやっているんだろウ?手伝えるコとはないか?」
メイエルハニカは思案しているといい着想を得た、
「そうだ!そろそろ私たちの畑に次の作物を植えなくちゃいけないの。耕すのを手伝ってくれないかな?」
「ワかった。やったこトはないが力仕事ならまかセてほしい。体力には自信がアる。」
「自信ありげね?畑仕事はなれてないと結構きついわよ?なまった体でできるかしら」
イルーシャは挑発するように述べた。
「ふン……結果で語るとしヨう」
「この後何か予定はある?なければ早速お願いしたいな」
「かまわなイ」
「私はここで失礼するわ。がんばってね。トアルとティリを助けてくれてありがとう」
イルーシャはそういって手をふって去った。
「オう。まタな」
「じゃーねー!……それじゃ行こうか!畑はあっち!」
そういって孤児院をはさんだ右前方を指さす。その方向に共に進むと辺り一面の畑が広がっていた。これなら数十人を養うこともできるだろう。子供たちがすでに作業をしていた。身の丈に合う小さな鍬を一生懸命に動かしている。そのなかにはトアルとティリの姿もあった。近づいていくとこちらに気が付き鍬を置いてやってきた。ほかの子どもたちも間をおいてやってきた。
「キー!体が治ったんだね!よかった」
嬉しそうにトアルが話しかけてくる。
「心配かけタな。お前のオかげで全快だ。畑仕事ヲ手伝おうか」
「そっか。ならあっちの区画を頼むよ。無理はしないでね?ティリ見てて上げて」
「仕方ないわね……ついてきなさい」
ティリは鍬を渡そうとするも、キーには短すぎたので倉庫に一緒に向かった。子供たちの作業を見る限り、一人一人の体格にあった形状の鍬を使っているようだ。メイエルハニカは子どもたちを窘めて作業に戻らせている。
「ティリ。俺様の持ち物を拾ッてくれてありがとな。マジで助かッた」
「たまたま拾っただけよ。悪いけどそれしか見つからなかったわ。」
そっけなく言う。しかしあれだけ長い逃走していた道のりをあてもなく探してくれたのだから相当探してくれたのだろう。
「今ノ俺様には生命線だったんだ。コの恩義は仕事で返そう」
「また倒れられても迷惑よ。病み上がりらしく寝ててもらった方がありがたいかもね」
「見テろって。ガキどもヨり役に立たないってことはねーよ」
そういっているうちに鍬を見つけて畑に到着した。子どもたちは集まってきて次々にトアルとティリを助けたことの礼と、キーへ息もつかせぬ勢いで質問をした。メイエルハニカの叱咤で作業に戻り、キーもいよいよ鍬を握り振り下ろす。
「はえぇ……」
「もう1区画終わったよ……」
「キーってやつは半端ねーぜ!」
猛烈な勢いで1作業終え、何事もないかのように作業をまた始める。体力に底がないかのように顔色一つ変えず鍬を振るう。遠くにいる子どもたちと大声で雑談しながらの作業であるので、負担はなおさら多きはずである。子どもたちの無尽蔵とも思えるスタミナも尽きていく傍から彼らの抜けた穴を埋めていく。それを子供たちは驚愕の表情で見つめ、尋常ではない人物を持てはやした。それを繰り返しているとあたりが暗くなったころ作業を終えた。
一日中苦楽を共にしていれば、おのずと距離は縮まる。キーと孤児院の子どもたちはトアルとティリを助けたこともあってか完全に打ち解けていた。見知らぬものへの警戒心は消え失せ、1つの区画を共に耕しあっという間に目標以上の結果を成し遂げた感動が、仲間としての連帯感を生んでいた。
夕食は体力の尽きたものがメイエルハニカと共につくり、キーをはじめ最後まで畑を耕していたものたちを待っていた。全員がテーブルに着くとメイエルハニカが食前の祈りを行い、それに倣ってからみんなで食事を始めた。
「キーちゃんがいてすごく畑づくりがはかどっとよ!今日はありがとう!」
「僕の目に狂いはなかったんだノ。家来になるんだノ!」
「当然ダ。天才だからナ。農家としても頂点にふさわしかったとイうわけだ」
自信満々な発言にみんなが苦笑するも、キーは意に介せず夕食を食べながら自慢話を続ける。
「キーもここに住もうよ!王様の家来になってさ!」
孤児の一人が笑いながら提案する。
「迷惑になるから遠慮シておこう。記憶を取り戻すたメにあちこち回ってみるつもりだ」
「男の人がいると助かるよ!いてくれると嬉しいな」
メイエルハニカはかねてから考えていたようにすげなく提案した。キーは暫し熟考した後、首を横に振る。
「記憶のことで色々調べたいことがあル。多少危険な橋もわたるツもりだ。また襲撃されてもおかしくナい。巻き込むわケにはいかない。」
場を沈黙が支配する。そんな空気を払拭するようにキーは明るく言う。
「折を見て顔ヲ出す。読み書きを教えテもらいたいのでな。土産でモ持ってくるさ」
「絶対にまた来るんだノ!家来は王様に献上品を持ってくるんだノ!」
「まず家来になってないんだよネ」
みんなが笑う。夜は更けていく。この世界にきてから一番賑やかな夕食だった。何時の間にか今まで感じていた孤独感は消え失せていた。キーの顔からはここ最近あった影が失せ、本来の明るさを取り戻していた。それほどこの孤児院は暖かかった。