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第27話 赤き風のサティーン


 ビーボーイ首領であるデュエムを無名の男が倒したという事実にウルゴルヌーマでは激震が走った。最近町を賑わせていた強大な戦略級魔法と思われる現象により、空が貫かれた事件に続き、町全体を賑わせるニュースが短い間に立て続けに起きた。

 よって犯人捜索や勢力図が大きく塗り替えられたことによる他組織との抗争などが誘発された。そしてウルゴルヌーマ最強の組織を自他ともに認めるドラゴニオもその限りではなかった。




 ウルゴルヌーマ中央部での凄惨な縄張り争いは、都市成立当初から一日たりとも休まることがなかった。しかし血塗られた歴史の中でも一際この日は多くの血が流された。


 血で川ができるという表現がまさに適当だ。体の一部が削り取られたような死体が散乱し、凄惨な光景が広がっている。その中心にはこの地獄に相応しい、血のような髪と目をした男が、女と見紛うばかりの麗しい顔に似つかわしくない凶悪な表情を浮かべている。


 暗がりの中で目を凝らすと、血濡れの手でじたばたと足をばたつかせる男の襟首をつかみ空に浮かべている。しかし隆々とした剛腕から繰り出される握力で首を握りつぶすと、針ネズミのようなファー付きのノースリーブコートに返り血がかかり悪魔のような姿に見える。




 そんな男の周りには取り巻きたちがおり、平身低頭しながら話しかけている。


「グレイジャスさん!今日も全殺しですか!?」


「ったりめーだろうが!!! な゛ぁ!?ドラゴニオに逆らうやつは全部殺すんだよ!!!」


 ドスのきいた声で叫び、血にまみれることも気にせず血の川を音を立てて歩く。グレイジャスと呼ばれた真紅の男の取り巻きも、負けず劣らず野卑なものたちばかりで同じように進んでいく。




「そういやオジキが言ってましたね。なんでもデュエムの野郎が死んだらしいですよ?」


「あーん?あの野郎が?殺したのはどいつだよ?」


 グレイジャスが首だけ振り向いて興味深そうにする。取り巻きは思い出すように考え込み、答えた。




「なんでもルルアガの奴らじゃなくて……たしかその協力者のキーって名前でした」


「へぇ」


 グレイジャスは好戦的な笑みを浮かべ、獣のように歯をむき出しにする。




「食いでがありそうだ」






 ビーボーイの屋敷の捜索は数日賭けて完了した。案の定というべきかビーボーイの残党の襲撃が散発的に会ったが、指揮官のいない統率にかける素人集団などルルアガにとっては物の数ではなかった。


 中にはちらほらと魔導士がいたが、ラシオンを前面に立てて、キーが後衛で砲台の役割を担うことで恐れるに足りなかった。そこに単身で貴族お抱えの魔導士に勝利したというベニオが時折加わるのだからビーボーイの残党にとってはたまったものではなかっただろう。




 ウルゴルヌーマで資金力や組織力で最高格だったビーボーイは、当然数日そこらで殲滅できるものではない。しかし主だった戦力は電撃戦によって壊滅させていた。現在は小康状態と呼ぶべきつかの間の平和があり、ラシオンが次の目標を定めるまでキーは時間が空いていた。


 またデュエムに勝利したことからデュエムの屋敷にあった財宝の3分の1を取り分としてキーは手に入れていた。金貨にして数十万枚はくだらない価値があるといわれ、ラシオンに勧められその中から現在欲しいものを見繕っている最中である。時間も金もあることから勝利したこと、また生存報告を兼ねて世話になった数々の知人に挨拶しにキーは街道を闊歩していた。






 ここのところいろいろあったので懐かしく見える道のりである。孤児院までの道で特に変わったことはないように思えた。キーにとっては僥倖である。孤児院が見えてきた。会いたかった顔ぶれが見えてくる。キーは思わず手を振りながら近づいていった。


「おーイ!俺様にマた会えて嬉しいだろう!会イに来てやったぞ!」


「キーだノ!お前どうしてたんだノ!?急に来なくなったから心配してたんだノ!」


「チと野暮用でな。トアルとティリには話してたんダが……。マぁ詳しくは後で話すわ」


「そうかノ!無事でよかったノ!みんなを呼んでくるノ!」


 ホムホッケは飛び回り、孤児院にとんでいった。キーも続いて孤児院にはいっていくと孤児たちが次々と絡んでくる。




「キー!今までどうしてたの!?」


「死んじゃったんじゃないかってメイエル心配してたよ?」


「理由があッたんだ。だが心配かけたコとは謝罪する。」


「ううん!こうして来てくれてよかったよ!」


「そうカよ」




 奥へ入っていくとメイエルハニカとティリの横には編み物が転がっていた。メイエルはティリを問い詰めており、ティリはバツが悪そうにしている。ホムホッケが飛び回りながら一生懸命窘めているが、メイエルの剣幕にたじろいでいる。キーは想像通りの展開になったことで足取り重く近づいていった。


 メイエルはキーに気づくと感極まったように目に涙をためるも、頬を膨らませて怒ろうとしているのか肩をいからせる。しかし結局涙があふれ出していつも来ているエプロンドレスの裾に顔をうずめて、肩を震わせてさめざめと泣く。ティリのキーへの非難するような無言の視線が痛い。しかしキーはどう声をかけていいものかとあたふたしている。




「なんで……?」


 メイエルハニカはしゃくりあげながら声を絞り出す。エプロンドレスが涙にぬれて、目をぬぐう位置を何度か変える。キーはそれを見てどうすればいいかわからず口があいてはとじることを繰り返す。


「なんで……私に言って……くれなかったの?」


 メイエルハニカは単語が途切れながらもキーに問う。キーは言葉を選ぶように瞬きを数回した後に静かに語りだす。



「お前に言うと絶対泣かレて……引き止められると思った」


「死んじゃってたかもしれないんだよ!?最後の会話ってすごく大事なの!」


 メイエルハニカはさめざめと泣きながらも


「この町で何人の知り合いが死んで来たと思ってるの?この孤児院を出た子だってそうだよ!あの時言い忘れてたこととか!伝えればよかったこととかいっぱいあるの!!!」




「すまナい。お前を思ってのこトだったが……間違ってイたのは俺様の方だった」


 キーは歯切れが悪そうに謝る。その場に沈黙が訪れる。メイエルハニカはそれきり何も言わない。ティリは瞠目しながら話を静かに聞いている。彼女も感じ入ることがあるのか、険しい表情だ。キーは沈む空気にいたたまれず、早々と要件の一つを口にしてしまった。




「アー……。これハ治療代だ。稼いダからすぐに返したかった。」


「そんなのいらないよ!!!何もわかってない!!!!!」


 メイエルハニカはエプロンドレスから顔を話して、顔をくしゃくしゃにしながら金切り声を上げる。息をさらに荒くして、泣き声はさらに大きくなってしまった。ティリは呆れたように信じられないといった顔で首をゆっくり横に振りながらキーを見つめる。キーは失言したことに気づき、慌てて深々と頭を下げた。




「……ァッ…………。本当に!!!ごメんなさい!!!!!」



「……絶対……許さないんだから」






 その後キーはティリに静かに、だがこってりと絞られた。仕事から帰ってきたトアルもメイエルの様子に驚いていたが事情を知ると、つける薬がないというように冷めた目でキーを見て孤児たちと家事の支度をした


 そんなこんなでキーは日を改めて孤児院にまた訪れるとティリに言伝を預け、帰路に就いた。とぼとぼと歩く背中は煤けて見え、デュエムと戦った時より疲れて見える。顔にもまるで覇気がない。




 帰る先は娼館である。ラシオンがこれまでの実績からキーの部屋を用意してくれた。キーが娼館の護衛についてくれることも狙っているのだろう。キーは気づいていないが女で縛るという事もおそらくは考えての事だろう。そんなことはつゆ知らず、キーは娼館に帰った。


 受付の女に一言告げると自室に戻ろうとする。受付の女は素っ頓狂な声でキーの様子に驚きの声を上げる。キーは事情を説明するとあきれ果てたようにする。


「キーちゃんそれはあんたが悪いよ。そのまま話を静かに聞いてやるだけでもよかったんんだ」


「面目ナいぜマジ」


「そうなったらほとぼりが冷めてからまた同じように話を満足するまで聞いてやるしかないだろうね。アンタは事を急きすぎたんだ。感情に折り合いをつけるまで時間が必要な時もあるよ」


「……ウす。反省っス」




 キーは身を縮こまらせる。受付の女は打って変わって優しく諭す。


「キーちゃんは強すぎるんだね。普通はねそんなに切り替え早くできるわけじゃないんだよ。周りに合わせてやることも必要なんだよ」


「……」


 キーは思い当たる節があるかのように苦い顔をする。しかし次に瞬きをした瞬間には決意した様に力強く言い放つ。




「まタ訪ねてみる。次はもっと気の利いた言葉を吐けるようにする」


「……頑張るんだよ」


 キーは礼を言うと受付の女は笑みをこぼす。キーもつられて破顔する。少しばかり談笑した後、キーは就寝の挨拶を口にして階段を上った。少し気分が軽くなった気がした。






 階段を上っていくとサルーレがいた。キーの部屋の前にいる。キーは少し驚きながらもどうしたのか尋ねるとサルーレは言いづらそうにした。キーは構わず話すことを促す。


「ネフェイが寝つけないらしくて……子守り歌を歌ってあげてたんですがなかなか……」


「そレで俺様の力を借りたいってことか。いイぜ今日は俺様も楽しい気分で床に就きたい」


「申し訳ないのですけれどもお願いできるかしら?その……お礼も致します」


「イらねーよ。丁度話し相手が欲しかったところダ」


「……感謝いたしますわ」


 キーはニカッと笑うと、サルーレも口が綻びる。そうしてサルーレの部屋へ向かった。部屋の位置を聞くとこの娼館の最上階にあるとのことだった。隅にある部屋を居住する部屋としているようだ。サルーレに続き入室する。部屋の奥に行くとネフェイが目を瞑ってベットに入っていた。近づいていくと音に反応し目を開いて悲しげな顔をする。するとキーに気づいたのか目を見開いて起き上がる。




「キー!?なんでいるんだよ!?」


「わたくしが連れてきたの。無理を言ってね」


「ネフェイちゃンが眠れないって聞いたからよ。居てモたってもいられなかったんだな」


「うるせーばーか……」


「こらっネフェイ?」


「……」


 サルーレが語気を強めて窘めるが、ネフェイは顔を背けて毛布を深くかぶる。サルーレは申し訳なさそうにキーに謝る。




「ごめんなさいねこの子ったら素直じゃないから……本当はキーさんが来てくれて嬉しいのよ?」


「知ってル知ってる」


 キーは安楽椅子に足を組んで座る。そのままネフェイに話しかける。




「寝られなイときはどうせ寝られないんだ。眠くなるマで何かほかのことをしていた方が建設的ってわけだ」


「……」


「サルーレ。こいツいつも暇なとき何してんの?」


「娼館や路地裏にいる友達と遊んだり……わたくしと一緒に歌を歌ったりしています。なかなか可愛らしい声で歌うんですよ?」


「へェ。聞いてみたイね」




 ネフェイは反応しないが布団をさらに深くかぶる。気恥ずかしいのかもしれない。キーはそれを見ると立ち上がり部屋から出ようとする。


「ちょうどいイ。久しブりにリュビトスの練習でもするかな」


「まぁ!ネフェイ?前に話していた異邦の演奏を聞かせてくれるのよ?」


「……」


「それじャ部屋から取ってくるわ」






 キーはリュビトスを拙く弾きながら歌う。決して洗練されているといえない演奏にもかかわらず、サルーレは楽しそうに体を揺らして聴いている。ネフェイもついにのっそりと起き上がった。


「いい音楽ね。ネフェイもそう思うでしょう?」


「下手糞過ぎて起きちまった」


「つイこの間から練習中だからな!独学でここまで引けるようにはなったんだがナー」


「そうでしたの。それならネフェイ?教えてさしあげたらいいんじゃないの?」


「……母さんに言われたからだぞ。特別だ」


 ネフェイは部屋の隅から格調高い美しい形状のリュビトスを持ってきた。滑らかな手つきでキーの引いた曲を模倣する。その細く小さな指で奏しているとは思えないような巧妙な腕前である。




「……こう引きたいんじゃないのか?」


「メっちゃやるじゃーん!すぐわかんノかよ!?」


「……母さんの方がすごい」


「マジか!サルーレも弾けンのか!?」


「わたくしはリュビトスは大したものじゃないわ。歌なら一回聞けば大体はわかるけれども」


「すげェ!聞キたい!!!」


 キーは心底感動した様に褒めるとネフェイはプイと顔を赤らめて背ける。サルーレはおかしそうに口に手を添えている。キーがサルーレに演奏を求めるとサルーレは快諾し、ネフェイに演奏を頼んだ。




「ネフェイ?さっきの曲は弾けるでしょう?わたくしと合わせられる?」


「うん」


「それじゃあ始めましょうか。キーさん聞いてくださいね」


「ウーす!拝聴すルぜ」


 サルーレとネフェイの演奏が始まるとキーは吸い込まれるように聞き入った。歌姫と呼ばれる所以がわかった。サルーレの紅唇から天上の音色かと解するほどの美声が鳴り渡る。彼女たちは見るものすべてを魅惑する魔術的な美しい声と姿を持っている。一度この神がかり的な技巧を見せる美貌を認識すれば、だれもがたちまち囚われてしまうのだ。現実的ではないほどの演奏に自分の時間は塗りつぶされていくように思えた。

気が付くと演奏は終わっていた。キーは思わず拍手をする。サルーレは優雅にお辞儀をする。ネフェイは頬を赤らめて俯いた。サルーレは火が付いたようだ。キーに身を乗り出して新しい曲をせがむ。






「めっちゃすげェ!!!感動シた!!!ブラボーーー!!!イェーーーイ!!!」


「ご清聴ありがとうございました!キーさんもっと曲を教えてくださるかしら?わたくし達もこの大陸の音楽は一通り教えて差し上げることができましてよ」


「マジ?やるヤる!!!」


「ありがとうございます。そうね……さっきはキーさんに教えてもらったので私が昔よく歌っていた曲をまず教えましょう。ネフェイも協力してね?」


「わかった。キーこっちにこい。リュビトスの基本から教えてやる」


「先生オナシャス!!!」


「うふふ……みんなで歌いましょうか」






 もちろんキーはすぐに曲を覚えることはできず、演奏も目に見えて上達はしなかった。しかし3人とも自然と楽しく歌うことができた。次第にネフェイも笑い声を出していく。本当に音楽が好きなのだろう。キーが弾き間違えるたびに熱心に教えてくれる。正しく弾けるようになると本当にうれしそうにしている。サルーレはそれを見て笑っていた。


その日のことは忘れることはないだろう。その夜に最後に練習した曲。サルーレが歌姫と呼ばれるようになったきっかけであるという歌を歌いながら、彼女は踊りを披露していた。舞い遊ぶ彼女の姿は迦陵頻伽そのものであり、その至芸は大陸中の未来永劫に至るまで魅了するのではないかと思うほどであった。この日歌った曲をいつかまた聞く時、いつもこの日のことを思い出すのだろう。








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