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第2話 BWV599 ② 


 時間の感覚がないまま無意識の中を漂う。あれほど自分を苛んでいた痛みと苦しみからも解放され、心地よい微睡の中にいる。ここには争いや悩みすべてがない。自分以外のすべてがない場所に真の静寂がある。ここに居れば心地よい世界に永遠といられるのだろう。だが肉体の覚醒とともに精神は引っ張れて現実へと回帰していく。


 意識が鮮明になってきた。自分はどうなっているのだろう。何にせよ状況の確認をしなければならない。




「……ァ」


 体を起こすと痛みで思わず悲鳴が出そうになるも、声が出ない。体が強張って動かしづらいことに気づく。戦闘中は気が付かなかったが、相当疲労していたようだ。脳内物質が苦痛を和らげていたのだろう。



「起きたのかい」



 しわがれているが鋭い語調で声がする。首をやると何者かの後姿が見える。老婆だ。背筋はピンと伸びスラリとした体躯であり、視界がかすんでいた最初は妙齢の女性に見えた。手先もよく動き、何か作っているのか、しきりに手を動かしている。



「俺様ハ……」



 どうやらベッドに寝かされているようだ。肩や横腹には清潔な包帯が巻いてあり、治療がなされている。いつの間にか服まで変えられている。しかし縁もゆかりもないはずの自分のためになぜこんなことをしたのだろう。そんなことを考えるや否や老婆が何かを持ってやってきた。警戒していると老婆は鼻を鳴らして言った。


「服を脱ぎな。治療を始める。」


 老婆の持った盆を見ると真新しい包帯と椀に入った茶色の軟膏のようなものがあった。先ほど作っていたのはこれだったのかと一人納得する。今更自分をどうこうするとは考え難いので、素直に服を脱いだ。




「治療はアんたが?感謝スる」


「頼まれたからね。」


ぶっきらぼうに老婆は返事をする。包帯を器用に剥がし、軟膏を塗っていく。傷がまだ治っていないからかかなりシミて、苦い顔をする。


「頼まレた……?いったイ誰が」


 老婆は治療を終えるとにべもなく盆を持ってテーブルに行く。無視されたことに憮然とするも、機嫌を損ねてはまずいので黙り込む。すると玄関からノックの音が聞こえた。




「入りな」


 老婆は少し大きい声でそういうと、3人が入ってきた。そのうち二人は覚えがある。


「ちょうどいい。聞きたいことがあるならそいつらから聞きな」


「よかった!目が覚めたんだ!」


 どこかで面識があっただろうか。明るいオレンジ色の豊かな少し癖のある長髪、淡い黄色の瞳を持った少女が溌溂とした声で嬉しそうに声をかけてきた。かわいらしい少女だ。話したことがあれば忘れないはずだがと思案していると矢継ぎ早に話しかけてくる。




「私メイエルハニカ!メイエルって呼んで!心配だったんだよあんなひどい怪我してたんだから」


「ドうも。おかげサまで目が覚めたぜ」


「よかった!ほらトアルとティリも何か言ってあげて!」


 残り二人の来訪者に目をやる。果物を拾ってやった子供たちだった。何となく事のあらましが読めてきた。




「……よかったじゃない」


 濃い赤毛の少女が腕を組みながら言う。気が強そうな凛とした顔立ちをしている。素直ではないが安堵したように言う。


「げ、元気になったみたいで安心したよ」


 灰色の髪で目が隠れた少年が嬉しそうに言う。内気そうだが穏やかな少年だ。


「ありがトよ。もしかしておまえたちが婆さんに頼んでくれたのカ?」


 そういうと少年が照れながら頷いた。思い返せば逃げている途中に最後に見たのはこの少年だった。感謝の言葉を伝えると頬を掻いて笑った。メイエルハニカも嬉しそうに笑った。




「あなたもこの前この子たちを助けてくれてありがとう!院長として礼を言わせて!」


「構ワない。たいしたコとはしてない」


「この子たちを面倒見てる身からしたらすごく助かったの。この町は気を付けないとすぐ危ないから…..」


 そして思い出したように怒り出す。


「あれだけ裏道は通るなって言ってたのにトアルはもう!」


「本当にダメなんだから……」


「ハハハ……ごめん」


 少女が呆れたように少年にいう。少年はどんよりと肩を落とす。この少年がトアルという名前らしい。となると少女がティリだ。恩人が怒られているのを見ているのも何なのでフォローを入れてやる。




「そのことに関しテはぶつかった俺様も悪かった。謝罪する」


「ううん。僕が悪いんだ謝らないでよ。それより……」


 トアルは言いよどむ。


「僕のせいだよね…..?君がチンピラたちに襲われたの……」


 しゅんと落ち込み、うなだれる。




「裏道で死んでたのを見たよ。相当危なかったんだよね……?」


「いーやホかのカス共もボコってたからな。きちんと処理しナかった自業自得だ」


「それでもごめん……」


「何言ってんだ。お前のおかげでこうして無事なんだからな。お前が運んでくれたのか?」


「……ありがとう。僕じゃなくて知り合いに運んでもらったんだ。僕はただ連絡しただけ。アルミラにはティリが頼んでくれたんだよ」


 ティリは頬を赤らめて顔をそらす。メイエルハニカは笑顔で話を聞いている。黙って作業をしていた老婆が口をはさむ。


「仕事だからね。」




 どうやら老婆の名前はアルミラというようだ。すかさずメイエルハニカが手を挙げておどけながら話す。


「ハーイ!あなたが寝ている間は私が面倒見てあげました!」


「こりゃドーも。礼は高くつきそうだゼ」


 子供たちは笑う。どうやら気を使ってくれたようだ。仕事というからには対価があるのだろう。メイエルハニカ達は建て替えてくれたようだ。であるからか違う話題を振ってきた。




「それじゃあ体をふいてあげよう!」


「もう起きたかラ大丈夫だ。気持ちだケ受け取っておこう」


「気にしなーい!今までも私が拭いてあげたてたんだから!」


 そう言ってメイエルハニカは力こぶを作ってウィンクする。


「そうだったノか。面倒ヲかけたな」


「面倒なんてこの子たちで毎日かけられてるから大丈夫!それじゃあ脱ぎなさーい!」


「アーれー」


 口調こそ元気だが、手つきはこちらを気遣ってか優しい。体をふく力も丁寧だ。心根のいい娘なのだろうと短い時間であったが思えた。




「あなたはどこから来たの?この辺じゃ見ない顔だけど……」


 体を拭きながら疑問に思ったのか出身を聞いてくる。自分のような見た目の人間はこの町では見なかった。


「あっ……!別に差別しているわけではないんだよ!いろいろな子をうちの孤児院は受け入れているから!いやなら言わなくても……!」


 しまったという顔で焦った口調で弁明する。それに苦笑しながら語る。




「いやいイ。実は俺様も自分がだれか。どこから来たかこの町に来てから思い出せネーんだ」


「ええっ!記憶喪失ってこと!?」


 トアルとティリは気の毒そうな顔をしている。アルミラの作業の音だけが部屋に響いている。メイエルハニカは悲しみと驚愕が混じっているような表情だ。自分の即興カバーストーリーにショックを受けているようで、後ろめたさがある。


「生きてるかラ何も問題はない。安心しロ。金ハ返す」


「いいよお金のことは……!それが問題じゃないでしょ」


「そういうわけにもいかねェ。さっき言った通り自業自得ダ。あんたに払ってもらっては筋が通らネぇ」




 メイエルハニカは悩んだように口ごもる。おそらく金に困っていないということはないのだろう。治療はけっして安くはないだろうし、見るからに裕福そうには見えない姿だ。こちらが強く返済の意思を見せると恩義と現実の間での迷いが見えた。心苦しさに蓋をするため最後の一押しをしてやる。


「俺様もこの町での生き方がわかんねーから仕事のことや常識を教エてくれねーか?その礼だと思って受け取ッてくれ」


「うーん……そういうことなら……無理はしなくていいからね?」


「別に子供たちを躾けるのとおんなじよ。ついでに教えてあげる」


「わからないことがあれば僕に何でも聞いてね?」




 ティリが遠回しに助力の意思を見せる。トアルもサポートしてくれるようだ。久しぶりに感じた思いやりに心が温かくなる。感謝の意を伝えるとそれぞれ違った反応を返したが、人情を感じさせた。三人とも性格は違うが皆が人がいいのだろう。


「そうだ!あなたの名前はなんていうの?思い出せる?」




 メイエルハニカの言葉に少し考えこむ。記憶喪失の設定であるならばどこまで自分のことを話したものか。名前は考えていなかった。本名を名乗るにも魔法みたいな怪現象のある世界だ。知られることで何か悪影響があるかもしれない。すぐ返事を返さない自分に3人とも心配そうな顔をする。さっさと決めないと不信に思われてしまう。すぐに考えつく偽名となるとこれだった。適当だがまぁいいだろう。




「俺様ノ名前はキーだ」




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