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第10話 ルルアガの首領ラシオン


 前日購入した防具はなかなかのものだった。鍔迫り合いになった際に手甲で受け流し、ビーボーイのチンピラがよろめいたところを剣の腹で頭をたたく。鞘も新調したので木製の頑丈な鞘を抜いて、逃げようとしているチンピラの足に当てると転倒し、先ほどと同じように剣の腹で思い切り殴った。



「イルーシャ!防具いけっぞコれ!」


「頭の妙ちきりんな帽子はっ!知らないっ!けどねっ!」



イルーシャはチンピラが振り回す剣を巧みに短剣で受け流し、躱す。チンピラが焦れて大降りになった瞬間を見計らって、背中から短剣を取り出して首元に投げつけながら懐に飛び込み、腕の関節を締め上げながら首筋と胸を刺した。



「ヒューっ!やルーっ!」


「糞の色した頭を間抜けな帽子で隠しやがってぇーーーっ!!!」



 キーがイルーシャを囃し立てると、新手のチンピラが切りかかってくる。キーは素早く剣で防御し、わざと身を引いていく。チンピラは自分が推していると勘違いしたのか脂ぎった笑みを深める。するとキーは突然剣に力を入れてチンピラの剣を自分の身から話チンピラの鼻に思いきり頭突きをかます。


「ぐおぉぉおぉぉおぉおっっっ!!!……糞土人共がぁっ!!!」


「ひょんな戯言が命取りだ。死んじまうナぁお前ぇ」


鼻血を吹き出しながら悲鳴を上げるチンピラをキーは袈裟切りにする。吹き飛びながら夥しい血をまき散らしてチンピラは絶命した。キーは剣に付着した血を振り落とし、鞘やチンピラたちの武器を回収するとイルーシャに顔を向ける。



「ホら。なかなか使いでがアるだろ?ナぁ」



「使い手によるんじゃない?見事だったわ」




 赤褐色の肌をした商人は荒れた店の前でイルーシャに何度も頭を下げている。周りにいる同じ糸の肌をした人々は商人を励まし、口々に感謝の言葉をイルーシャに語っていた。イルーシャはいつものようにルルアガの構成員たちが来ると縛り上げたビーボーイのチンピラたちを運ばせていった。


「一段落したわね。今日もありがとう」


「このナイスな相棒のおかげサ」


 イルーシャが報酬を渡すとキーは帽子をたたいてから受け取った。イルーシャは微妙な顔をする。


「なんだソの顔」


「私に言ってくれれば安くルルアガから防具を融通してあげたのに」


「今更そんなこと言うトか嘘じゃん???」



 イルーシャは物悲しそうな顔をして同情の目をキーに向ける。キーは


「ちなみにこの帽子下取りしてくレたりすんの???」


 イルーシャは無言で首を横に振る。


「嘘だろ……?」


「まぁそんなしみったれた話はやめましょう」


「お前がしみったれた話にしタんだが?」


「キー。この前ルルアガに協力してほしい話は考えてくれたかしら?答えを聞かせてほしいわ」



 イルーシャはキーの言葉に被せながら真剣な表情で以前提案したことをキーに答えを迫った。キーは頬を膨らませる。しかしすぐ平常に戻り、答える。


「了承すル。詳しイ話がしたい」


「あなたがそう言ってくれて嬉しいわ。今からよければルルアガの本部に招待したいのだけれど」


 イルーシャはほっとした様に言う。土壇場で拒否されないか気がかりだったのだろう。イルーシャから見ればキーはこの町では何のしがらみもなく、ほとぼりが冷めるまで何もかも捨てて雲隠れする道もあることを懸念していたのだろう。キーはそんな血も涙もない人間ではなかった。それはルルアガの人間にとっては幸いだったであろう。


「いイぜ。もとより今日はそノつもりだ」


「決まりね。早速だけど行きましょう」




 ルルアガの本拠は以前護衛した娼館の近くにあった。広大な敷地の中央にレンガ建ての正方形に近い館があり、分厚い門には意匠を凝らした獣のような生物が描かれ、その威容を訪問者に向けている。


 門を通り抜けると数人の構成員が待ち構えていた。イルーシャが片手を振ると頷き、キーに一礼する。会釈を返して進んでいき階段を上って最上階まで行く。


「そういエばお前は結構お偉いさんなのか?」


「そうね。ラシオン直属の幹部よ」


「そりャ凄い。どンな仕事をしてるんだ?」


「娼館や商店街の護衛をして上納金をもらうってだけよ。ルルアガはそれしかやってないわ」


 イルーシャはキーに褒められてまんざらでもなさそうだ。機嫌がよいからかルルアガの情報まで口に漏らしたが気づいていない様子である。


「そうカ……。それを統括するラシオンってドんな奴なんだ?」


「見た目はいかついけどいい奴よ。そう警戒することはないわ」



 それだけ言うと無言で進んでいき、最奥部の部屋についた。イルーシャが複雑な紋様の施されたドアをノックして声をかけて入ると、ソファーに座っていた男が悠然と立ち上がった。キーはイルーシャに導かれてラシオンの対面にあるソファー前に立つ。



「ラシオンだ。ルルアガの首領をしている」


「キーだ。会えテ光栄だ」



 ラシオンはまだ年若い堂々たる体躯を持つ偉丈夫だった。キーがウルゴルヌーマで見た中でも一番ではないかと思うほど立派な体格だ。隆々たる鍛え上げられた筋肉をほとんど曝け出した精悍な色男であり、低温の美声と相まって男の色気を醸し出している。奥には無言で目を瞑った女が控えている。ラシオンの側近か情婦であろうか。ラシオンは笑顔で握手を求め、キーは答えた。


アシンメトリーの銀髪に水色のアイメイクを施した琥珀色の目をしており、燃えるような赤褐色の肌を持っている。初めて見る組み合わせだ。髪は染めているのだろうか?だが目の色は代えられないだろう。ハーフにも見える。薄手の胸部と腹部が盛大に露出した色鮮やかな民族衣装を着ており、腰にはパレオのような布を巻いている。青い幾何学模様の入れ墨を顔に至るまで全身に刻んでいる。そういえばルルアガの構成員はみな同じような姿をしていたなと思いだしつつ、ここまで派手な男を見たのは初めてで驚くも、キーは笑みの中に感情を隠す。



「いつも依頼で世話になり感謝している。座ってくれ」


「失礼スる」


 こちらにそれなりの好印象を持っているのか声色は軽快だ。短い時間であるが率直な人物に見えた。勧められるがままキーは座り、微笑みながら少し挑発的に答える。



「こちらこそ仰山と引き立てテもらって光栄だ」


 ラシオンはニヒルに口角を上げる。男から見てもセクシーな魅力がある。


「できる人間には多くの重要な仕事を与えたい。利害の一致の結果だ」


 ラシオンの言葉を聞いてキーは切り出す。


「これからも重要な仕事を与えてクれると?」



 ラシオンは鷹揚に頷く。何時の間にか退出していたイルーシャが盆を持ってやってくる。それぞれの近くにお茶の入った高そうなグラスを置いて、部屋の片隅に下がる。ラシオンにのどを潤すことを勧められると遠慮せずに頂く。色は黄緑だ。飲んでみると緑茶よりはすっきりとしていて、紅茶よりも渋くなく、ハーブティーよりもまろやかだ。なかなか好みかもしれないとグラスを置く。それを見るとラシオンは話を切り出す。



「それも契約条件を大幅に改定してだ」


「詳しく聞いてモ?」


「まず依頼は依頼斡旋所を通さず、直接契約する。次に報酬だが概ね1.5倍とし、出来高によって上乗せする。これについては別途基準を設け、契約書と共にイルーシャから連絡させる。」


「……」


「また依頼にはうちの人間を同行させる。依頼失敗時も違約金についてはそちらの明確な利敵行為がなければ発生しないものとする。発生した場合は今までと同様に報酬の半額を違約金とする。」


「フむ」


 キーは顎に手を当てて黙って考え込む。



「もちろん依頼は都度出すが断ってくれてもかまわない。何か質問はあるか」


「まず依頼失敗時にツいて聞きたい。同行したルルアガの人間の安否も依頼に含ムのか?」


「それは含まない」


「事前の依頼内容以外のルルアガの財産に損失があッた場合は責任を負う必要はなくていいんだな?護衛する店のすべての財産を守れと言われても不可能だ」


「そうだな……依頼する人物、財産は事前に依頼内容を明確にしておく」


 ラシオンは腕を組みながら思考を巡らせている。



「ほかに質問はあるか?」


「サウインの依頼斡旋所かラは何人俺様と同じ契約を結んだのか?」


「……今のところはお前だけだな」


「サウィンの依頼斡旋所からは味方になりうる人間と敵になりうる人間はどの程度いると踏んでイる?」


「……」


 キーはラシオンの目を見つめながら生真面目そうな鉄仮面をつくっていたが、内心は自分の都合のいいように話を進めそうで悦に浸っていた。ラシオンは目をキーからそらして答える。


「よくて半々だろうな。多くが日和見だと思うが……」


「ベニオのおっさんハどうなる?」


「うちの娼館の常連だから敵にはならないと思う」


「俺様と同じ契約は結ばなカったんだな?」


「…………あぁ」


「ソうか」



キーはこれまでの話は大方予想の範囲内であった。とはいってもキーにとっても不幸な話ではあるがルルアガの状況はよくないことが容易に見て取れた。またラシオンをはじめルルアガはあまり交渉事が得意なものがいないように思える。キー自身気質からあまり交渉が得意でないことを自覚していたが、それにしても契約の内容も固めていないように思えるし、ラシオンやその側近も感情が表に出すぎている。そんな彼らを眺めながらキーは落としどころを探りながら最大限自分の利益を得るためにあることを提案することにした。




「最後に依頼を受けなクても、出された依頼を達成すれば報酬は貰えるように提案したいのだが」


「どういうことだ?」


「ルルアガにとっても得な提案ダ。俺たちは一蓮托生なワけだ。もし依頼を達成できる見込みガなくとも、俺様はルルアガに有利な行動をしたい。万が一依頼を達成できたら報酬をもらいたいっテことだ」


「……」


 ラシオンは渋い顔をつくり、視線をテーブルの上のグラスに向ける。


「これから戦争で人手が足りナくなるだろう?保険はあッていいと思うぜ」



 ラシオンはしばらく瞠目し、長考する。先ほどまでの自信と快活さが嘘のように消えている。後ろに控えている女は心配そうに眉尻を下げて声をかけたそうにどこかそわそわしている。キーの位置からは見えなかったが、その時イルーシャは冷や汗をかきながら口を出すべきか迷っていた。そしてラシオンは重い口を開ける。



「そう……だな……」


「ラシオン!?」



 イルーシャは声を上げるがラシオンは手のひらを向けて制した。


「うちの内情はもうこいつには知れているみたいだ。大した奴じゃねぇか」


 ラシオンは辟易しているようにも称賛しているようにも聞こえる語調で苦笑する。


「恐悦至極ダ」


 キーはわざとらしく照れたように慇懃無礼に返答する。イルーシャはそれに不快そうにする。


「こんながめつい奴とは思わなかったわ……」


「そういうな。このよく回る舌を俺たちのために生かしてもらおうじゃねぇの」


「だが俺様も本気なノはわかっただろ?もちろんでキる限り尽力する」


「頼りにしてるわ悪徳商人さん」




 ビジネスの話が終わると、ラシオンはグラスの中身を一気に嚥下する。交渉の疲れが取れてリラックスしたのかラシオンは親し気に話しかけてくる。


「この町では苦労したんじゃないのか」


「それナりにな。イルーシャのおかげで生き延びることがデきた」


「話には聞いている。災難だったな」


「それからもイルーシャには世話になりっぱなシだ。この場を借りテ礼を言おう」


「調子のいいことね」


 キーが褒めたからか、ラシオンの前で褒められたからかはわからないが、イルーシャの棘は鳴りを潜めていた。ラシオンも奥にいる女も嬉しそうにしているのは気のせいではないだろう。


「マジで感謝してるんダぜ?お前がイなければ死んでたか、ペットまっしぐらだ」


 キーはおどけて言うが、目は笑っていない。ここにいる者たちはキーの言うことを冗談として受け取るものは誰一人いなかった。ラシオンは少しばかり訪れた沈黙を裂くように話し始めた。



「この町は実力こそがすべてだ。だがこうして差別はあって、人を人と思わねぇような馬鹿げたことはまかり通ってる。ビーボーイみたいな人身売買組織は俺たち新大陸出身の人間を捕まえて売るために狙ってんだ。キー。お前もどこの民族の出かは知らねぇがお前みたいな見た目の奴はここらじゃ見たことがねぇ。ビーボーイが狙うわけだ」


 ラシオンの言葉をイルーシャ達は真剣に聞いていて、頷き肯定している。キーも共感できるものがあり、他人事とは思わずに耳を傾ける。


「俺たちルルアガは奴隷貿易でこの大陸に来た後に命からがら逃げることに成功し、ウルゴルヌーマで身を寄せ合って生まれた共同体が始まりだった」


 ラシオンはソファーからたち、窓際に向かう。窓の外にはウルゴルヌーマ中央部にある巨大建築物の数々が見える。


「俺たちはこのウルゴルヌーマでしか人間らしく生きていくことはできねぇ。ここにいられなくなればよくて奴隷。悪くて実験動物かマンハントの獲物だ。ビーボーイの奴らは新大陸でシャブや酒を使って詐欺よりタチ悪い手段で奴隷を調達してやがる。絶対許せねぇ」


 ラシオンは話しているうちにだんだん噛みしめるように怒りを抑えるような表情になり、拳を固く握りしめ、震わせている。そして深呼吸をしてキーに向き直る。


「だからこそ俺たちは仲間たちが二度と傷つかねーようにビーボーイを倒さなきゃならねぇんだ」


 奥にいる女とイルーシャも懇願するような顔つきでキーへ向く。




「俺たちと戦ってほしい。」




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