表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/18

プロローグ ピリオド

「そういう、こと」


 涙の代わりに微かな頬を伝って落ちる、それはまるで紅玉の軌跡。

 そんな綺麗の滑りが、悪意の洞から溢れ出たものだなんて、とても思えない。それくらい、彼女の血は純だった。


 いや、おどろおどろしさ、というものが五臓六腑にまで行き渡っているものこそがホラーであるならば、その口裂け女の少女はいささか恐ろしさに欠けていたのかもしれない。

 人との間で愛を知り、踊ればたちまち花となる。

 誰にだって通じる言葉でさえずれば、無関係な物事に表情を変えたりもした。


「でも関係ないよね」


 果ての寸前、少女はくるり。

 まるでその紅いジャンパースカートは終幕のカーテンレール。ブラウスは意味を失った漂白の色だった。反してその小さな顔を覆っていたマスクは、役目を失い血に塗れている。それはそれは、らしくない。

 彼女は怖気のための舞台装置ではなく、もはやまるでひとつのキャラクター。関係を期待される一個。

 怪人としては、そろそろ失格であったのかもしれない。


「……生きていれば、死ぬ。ただそれだけ」


 口裂け女は、裂き尽くされた全身を痛みに捩った。

 生きて死に、だから退場する。そんなことは自然の流れ。

 そう、たとえその命が愛によるものでなくても、愛することが許されなくても、愛を残せなくても、生じたものが消えるのは定めだった。


「嫌だなぁ」

『そっか』


 でも、だからこそ、抗ったのに。

 口裂け女の少女はまるで笑ったように、裂かれ切った口を歪めて、切り裂きジャックの前でそれは無様な末期を晒す。

 やがて、最後のあがきで彼女は健やかでさえあれば空さえ駆けられるだろう引き裂かれた足を動かし、昏い水たまりを踏んだ。

 そうして少女、ハナコは終に至る。


「ああ……」


 切り裂くものが振りかざす鋭い凶器を、切り裂かれたものはどうしたところで避けられない。切り裂きジャックの前で、口裂け女の少女は、あまりに容易い切り取り線。

 故に、その命はジャックの心ひとつでどうとでもなり、そしてたった今その気持ちは動いていた。

 嗜虐に歪んだその瞳のどこにも愛はなく、またもハナコの期待は裏切られる。


『さようなら』


 光る銀閃。赫々と、ハナコのその身は刃を受け入れた。


「ぐぅっ……」


 霞みきった目の前に見えるは、その歪んだ命のピリオド。空白に至る闇がすべてを覆う。

 ハナコは他人に何度も味あわせたものである、どうしようもない死という諦観を前にして、想うことがある。

 張り裂けそうになるほど、叫びたいことがあった。


 ああこんな間違いが、もし伝えていいならば。



「でもそれは口が裂けても――」



 いえないことば。



 はじまり、はじまり。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ