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目覚めるとギオレドはボロ衣を纏い手足と首には重い枷が嵌められて馬車に揺られていた。
周りには同じように鎖で繋がれた子供たちがいた。
知った顔もあれば、まったく知らない子もいた。
「目が覚めたんだね、ギオレド。」
そう声をかけてくれたのは同じ村で生まれ育った女の子、アンリだった。
アンリによるとギオレド含む子供たちは奴隷商に売られ、今は買い手の集まる奴隷市に運ばれているらしい。
「私たちこれからどうなるんだろうね…。」
アンリの声は震えていた。
ギオレドにとってアンリは年上でおしとやかで優しいお姉ちゃんだった。
俺にはアンリ姉ちゃんを救う力も、かける言葉もない。
ぎゅっと拳を握ってアンリから目を逸らす。
それ以上二人が話すことは無かった。
「おい降りろ。」
随分長い時間馬車に揺られ、漸く着いたらしい。
身体中が痛み、お腹もすいた。
大人しく従い重い鎖を引きずって降りる。
泣いて抵抗する子もいたが容赦なくぶたれて引きずり降ろされていた。
大きなテントに連れてこられて商品として並べられた。
入れ替わり立ち替わり人が出入りして少しずつ買われていく。
客の中には獣の耳や尻尾を持つ獣人までいた。
「この小僧と娘を。」
ついに、ギオレドが買われる時が来てしまった。
肥え太った醜い男はギオレドとアンリを指している。
どこかの貴族だろう。目を見張る金額を容易く払い二人を連れていく。
人間であるならそこまで酷い仕打ちはされないかもしれない。
そんな希望はいとも簡単に裏切られる。
「クソッ!!クソッ!!僕の方が優秀なのに!!なんであんな奴を当主に!!」
容赦のない鞭打ち。
時には蹴られ、殴られ、魔法をぶつけられた。
地下牢で鎖に繋がれて身動きの取れないギオレドはストレス発散のための道具にされていた。
ここに来てから約二年が経とうとしているらしい。
らしい、というのは閉じ込められていて食事も不定期で時刻を確認する術がなく、治療に来てくれるアンリから聞いたことだからだ。
アンリは身綺麗にさせられ夜の相手を命じられていた。
彼女の心の支えはギオレドだけだった。
だからこっそり牢を訪れて傷を癒した。
アンリは光属性の使い手で、幼いながらに治癒魔法を習得し、村では将来有望とされていた。
ギオレドが冒険者になって怪我をして帰って来ても私が治してあげるからねと微笑んでくれたことを今でもよく覚えている。
もう死んでしまいたいと何度も考えたが、ギオレドがいなくなればきっとアンリはこの生活に耐えられないだろう。
ギオレドもまたアンリを心の支えに生きていた。
いつまでも続くのだろうと諦めていた日々は突然最悪の形で終わりを迎えた。
いつも通り鬱憤をギオレドにぶつけていた貴族の男。
「チッ。もう泣きも叫びもしない。つまらん。そろそろ新しいのを買うか。」
呟かれた言葉に息を飲む。
解放されるのか?と一瞬淡い希望を抱くが、すぐに消し去る。
次の場所がここよりマシとは限らないし、用済みとして殺されるのかもしれない。
何より頭に浮かぶのはアンリのこと。
貴族の男はギオレドの頭を踏みつけて喋りだす。
「くくっ。なあ小僧。いいこと教えてやるよ。お前と一緒に買った女なあ、腹にガキができたんだよ。
生まれても面倒だし随分成長して俺好みでもなくなったからお前と一緒に売ることにしたんだ。嬉しいだろう?」
ゾワ、と背筋が粟だった。
この男が態々そんなことを言うだなんて何か裏があるに決まっている。
何をする気だ?
「今晩楽しみにしてろよ。」
そう吐き捨てて男は行ってしまった。
その言葉の意味はすぐに分かることになる。
アンリがいつものように傷を癒しに訪れてくれた。しかし、癒す前に背後から現れた男たちに手を掴まれる。
「きゃっ、何!?離して!」
アンリの抵抗も空しく簡単に男たちに囲まれた。
ギオレドはその後アンリを襲った行為が何なのか知らなかったため、ただただ姉のような存在が暴行を加えられて苦しんでいるとしか認識できなかった。
やめろと叫んでも止められず、朝まで続けられたその行為。
耳を塞いで目を閉じればちゃんと見ろといつの間にかいた貴族の男に強制された。
「あはははは!いい悲鳴だ!!やはりこうでなくてはな!!」
その日のうちにギオレドとアンリは始めと同じようなボロ馬車に揺られていた。
アンリは膝に顔をうずめてしくしくと泣いている。
「アンリ姉ちゃん…。」
そっと声をかけてみる。
「ギオレドにだけは、見られたくなかった。」
擦れた鼻声で呟かれた言葉が理解できず、どういうこと?と聞き返す。
少しだけ顔を上げたアンリ。
チラリとギオレドの顔色を窺ったアンリはまだ幼い少年から軽蔑や羞恥の色はなく、ただただ心配していることが読み取れた。
「そっか。ギオレドはまだお子ちゃまだものね。」
「ええ?ますますどういうこと?」
少しほっとした様子のアンリに首をかしげるギオレド。
二人で逃げ出すことができたらどんなに幸せだろう。
なんて、祈ってしまったせいだろうか。
ガタンと大きく揺れて御者の悲鳴が聞こえた。
「な、なんだ!?!?」
それと同時に馬車のスピードが増し、そして傾いた。
浮遊感が襲い、落ちているのだと悟る。
「ギオレド!」
アンリがギオレドを守るように抱きしめる。
すぐに強い衝撃と馬車が砕ける音が響いた。
「う…。」
「アンリ姉ちゃん!」
アンリの腕の中から抜け出す。
脚がありえない方向に曲がり、頭から血を流している。
「ギオレド…大好きよ…。どうか…生きて…。」
そう微笑んでアンリは目を閉じた。
何度名前を呼んでもアンリが目を覚ますことは無かった。
ああ、なんて無力なんだろう。
無力な自分を守るために大切な人たちはいなくなっていく。
失って、泣きわめくことしかできない俺なんかのためにどうして。
アンリの最期の言葉。が頭に響く。
どうか生きて。
ずるい。そんなこと言われたら後追うこともできないじゃないか。
生きるんだ。アンリに救われた命を無駄になんてできない。
涙を拭ってギオレドは立ち上がる。
本当はアンリの亡骸を埋めてやりたいがそんな体力も時間もない。
人が死ぬとその人物が収納魔法で保管していたものが出てくる。
アンリは奴隷だったから何も収納していなかったが、御者の周りにはいくつかの物資が落ちていた。
それを拝借してギオレドは歩き出した。
アンリの分まで生きるんだ。そう意気込んで。