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5

ふ、と目を覚ます。

念のため見張りをしようと思っていたのにいつの間にか眠ってしまったらしい。

あたりはまだ薄暗い早朝。遠くの方で鳥の囀りが聞こえる。

ギオレドは先に起きたらしく川で顔を洗っていた。

その背中に向けて声をかける。


「おはようギオレド。」


「おお、起きたかキース。すぐ出発できるか?」


「できるけど、そんなに急がなくてもいいんじゃない?朝ごはんは?」


「食糧は貴重なんだぞ、節約するに越したこたぁねぇ。それに俺は一刻も早くどこかも分かれねえこの森から出てぇんだよ。」


分かったら準備しろと急かされる。

早くこの森から出たいというのは同感なので大人しく従う。

準備、と言っても顔を洗うくらいなのでそう時間もかからず出発した。


1時間は経っただろうか。朝日が眩しく照らす中、漸く人工物らしいものが見えてくる。

それは簡素な橋だった。案外新しいその橋から整備された、とまでは言えないが人や馬車が行き来しているだろう街道が続いている。

やっと街にたどり着ける目処がたった喜びを分かち合おうとギオレドを振り返る。

しかし、ギオレドの表情は曇っていた。

彼の視線を辿ると橋の横に建てられた道標があった。こちらは橋と比べて随分古びていて文字は読めないくらい擦れている。


「なあ、キース。街の前に寄りたいところがあるんだが、付き合ってくれねぇか?」


ギオレドの声は震えていた。懇願するように見上げてくる少年を突っぱねてまで街に急ぐ理由はない。


「いいよ。ここの道知ってるの?」


「…ああ。知ってる。父さんと何度も来たよ。」


目を伏せて苦し気に笑う。

この口ぶりから彼の寄りたい場所が何なのかなんて容易に想像できる。

「そっか。」と曖昧に返事をしてギオレドについていく。

橋を渡って街道を進む。進むうちに周りの木は減っていき、さらに歩けば開けた場所に出た。


そこは、焼け落ちた村だった。

どの家も木製だったようで原型を留めた家は一軒もない。

ギオレドは真っ直ぐ奥に進み、他と同じように燃え切った家の前で足を止めた。


「父さん、母さん、ただいま…。ただいま…ッ!」


ギオレドは道すがら摘んだ野花を供えてボロボロと涙を流す。

強がって大人ぶってはいるが、やはり彼はまだたった十一歳の子供なのだと実感する。

それにしても随分手ひどくやられているな…。家がどこも黒焦げに焼け落ちていて一帯を見渡せるくらい障害物がない。

キョロキョロとあたりを観察していると、さらに奥にある丘が目に付いた。


「ねえ、ギオレド。」


「…なんだよ。」


「あれ。」


声をかけると空気読めと言わんばかりに睨まれたが気にせず丘を指さす。

そこには幾つも十字型の木の杭が立てられている。__お墓だ。

お墓だと認識するや否やギオレドは駆け出した。僕はゆっくりその後を追う。

追いついた時にはギオレドは先ほどと同じように蹲って泣いていた。

僕もお墓に向かって手を合わせる。

せめて安らかに。僕にはそう祈ることしかできないのだ。


泣き声が止み、ギオレドを見やれば蹲った体勢のまま眠ってしまっていた。

泣き疲れてしまったのだろう。その小さな身体を抱え上げて木陰に運ぶ。

そっと横たわらせて頭は僕の太ももに乗せる。俗に言う膝枕だ。

硬くて寝心地がいいとは言えないけど何もないよりはいいだろう。


「ん…。」


「あ、起きた?」


しばらくしてギオレドが目を覚ました。

赤くはれた目をこすってぼんやり僕を見上げる。


「きーす?」


大人ぶってとげとげしい態度だった彼が母親に甘える子供のようにあどけなく僕の名前を呟く。

少し驚いたがとろんとした瞳に寝ぼけてるんだなと納得して微笑みかける。


「おはようギオレド。もう大丈夫なの?まだ眠っていてもいいんだよ。」


鮮やかな紅の髪を優しく撫でつけると嬉しそうにはにかんでもっととねだるように手に頭を押し付けてくる。

可愛いなあ…。舞華も昔こんな風に甘えてたなあと感傷に浸りながら撫で続けていると、やはりまだ眠いのだろう、ゆっくり瞳を閉じる。

が、すぐにハッと目を開けて、かと思えば転がるように僕から離れてしまった。


「わ、忘れろ!!!!」


完全に覚醒したらしくゆでだこのように真っ赤な顔で叫ぶ。

そんな様子も微笑ましくて暖かい視線を送ればそんな目で見るなあああと顔を覆って蹲ってしまった。


なんとか宥めることに成功し、ギオレドは僕の隣に腰掛けた。

まだ少し赤い頬を誤魔化すように視線を逸らしている。


「この村で何があったのか、とか聞かねぇの?」


ポツリと呟かれた言葉。

沈黙に耐えかねてか、純粋な疑問か。その意図が分からずいたずらっぽく聞き返してみる。


「聞いてほしいの?」


「…別に。なんとなく。」


再び沈黙が流れる。


「…正直言ってこの惨状と君を見れば何があったかなんて想像に難くないよ。」


彼の膝を抱いた腕にさらに力がこもるのを感じた。

だよな、と弱弱しく呟く彼の顔を覗き込み、言葉をつづけた。


「だから、話したくないなら言わなくていいし、話した方が楽になるなら聞かせてほしい。」


真っ直ぐにそう言えば彼はポカンと固まり、次の瞬間にはくしゃりと笑った。


「変な奴。」


何度目かの変人扱いに笑みで返した。

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