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焼きあがった肉をギオレドに渡していただきますと手を合わせる。
その行動に首を傾げたギオレドに意味を教えると真似して手を合わせた。この世界にも国によっては食事の前に神に祈りを捧げることもあるが日本のように食材やそれに携わった人への感謝という意味で言う国は確かなかったはずだ。変に思われるかもしれないが僕はこの慣習を気に入ってるし自分で神に祈るのもおかしな話だ。
幸いギオレドにそういった習慣はないようで素直に受け入れてくれた。
よし、それでは早速食べるとしよう。
熱々の串焼き肉にかぶりつく。
久しぶりのまともな食事だ。しかし硬くて臭みも強く、調味料もないので正直美味しくない。
ゴムのような噛み応えで中々飲み込めず無意識に顔をしかめる。顎が痛くなりそうだ…。
「使うか?」
僕があからさまに美味しくなさそうに食べていたからか、ギオレドが小さな麻袋を取り出してそこから白い粉状のものを自分の肉にふりかけて僕に渡す。
これは、塩だ。
「いいの!?というか、こんなものまで持ってたんだね。」
「…意外か?俺にもいろいろあったんだよ。」
そう言ってぷいっとそっぽを向かれてしまった。
聞いちゃいけないことだったか…。
塩を肉にふりかけてギオレドに返す。乱暴に受け取ってまたそっぽを向かれてしまった。
塩のおかげで幾分か食べやすくなった肉を頬張りつつ、彼をじっと観察する。
手入れのされていないバサバサの赤髪、勝気なアーモンド形の黄色い瞳。
裾の長いワンピースのようなボロボロで汚れた服。よく見れば首と手首に長く何かつけていたような痣があり、右の足首には金属でできた枷のようなものがはめられ、それには叩き切られたような鎖が残っている。さらに、水浴びの際見てしまったのだが身体中に最近のものではない鞭で打たれたような傷跡があった。
見た目から想像されるのは…奴隷。
「なんだよ。じろじろ見てんじゃねぇ。」
「ご、ごめん。」
睨まれてしまった。不躾に眺められていい気分なわけがない。
素直に謝って視線を逸らす。
…短い付き合いになるだろう僕には関係のないことだ。
「食ったならとっとと行くぞ。」
「え?どこに?」
「街だよ。こんな血生臭ぇとこ魔獣が寄って来るに決まってんだから早めに離れねえと。」
なるほど、とギオレドの言葉に納得する。
出会った魔獣がベアーゲルくらいなのでまったく警戒していなかった。
「街の場所知ってるの?」
「知らねえ。」
ズバッと言い切るギオレドの言葉に思わずずっこけそうになる。
「知らねえけど親父は迷ったら川を探して川沿いを下ってけって言ってた。」
確かに、そうすればいつかは人里に着くはずだ。
地球ではむしろ危険とされていた気がするがそれは登山で遭難した際その理由は悪天候によるものが多いためとのことだった。
現状には当てはまらないし、鬱蒼とした森に戻って闇雲に歩き回るよりは確実だろう。
ここはギオレドについていくことにしよう。
燃え切った焚火に水をかけてしっかりと消火し、まだ乾いてない服を着て僕とギオレドは歩き出した。
歩くうちに日が沈みすっかり暗くなってしまった。
拾った薪を収納に入れていたらしいギオレドが手際よく焚火を焚いてくれた。
さらに毛布を取り出して使えと渡してくれる。
「ありがとう。ほんとになんでも持ってるね。助かるよ。」
毛布を受け取って笑いかけると何故かため息を吐かれる。
「はぁ…お前、俺のことまったく警戒しねえな。」
「警戒?なんで?」
「馬鹿か。こんな薄汚いガキ普通疑うだろ。山賊の手下かもしんねえし、そうじゃなくても物取りかもしんねえ。お前が寝た隙に短剣で刺し殺しちまうかもしれねえぞ?」
こちらを試すようにじっと僕の目を見据えるギオレド。
どう答えるべきかと一瞬悩み、僕は口を開いた。
「恥ずかしい話本当に僕何にも持ってないんだよね。
だからそういった人に狙われるなんて微塵も思ってなかったっていうのが本音。だけど、理由はもう1つあるよ。」
僕は一層笑みを深める。
「まだ君と出会って少ししか経ってないけど、僕は君が、ギオレドくんがいい子だと思ってる。」
「いい子…?」
何言ってんだこいつという顔をするギオレド。
気にせず僕は言葉を続けた。
「ベアーゲルの囮にしようとしたことを謝ってくれて、お願いしたことを素直にやってくれた。塩といい毛布といい、僕を気遣ってくれてる。どうしてこんないい子を疑う必要があるの?」
「…変なやつ。」
恥ずかしくなったのかギオレドはそう呟いて毛布にくるまりこちらに背中を向けて横になった。
そんな様子を微笑ましく思いながらいつの間にか大分小さくなった焚き火を木の枝でつつく。
僕は寝ずの番でもしようかな。