勇者は無事召喚されました
俺、葉一は非現実的な現象に巻き込まれていた。
母に頼まれた買い出しの帰りに出くわした妹の幼馴染である勇斗(絶対妹に気がある要注意野郎)が所謂魔法陣の上に立っていたのだ。
途中で合流した妹と弟も混乱していた。
しかしただ事ではない事態に優しい妹は自身の幼馴染に向かって走り出してしまった。
慌てて俺もあとに続く。
次の瞬間目の前は白に染った。
眩い光に包まれそれが収まったかと思うと視界に飛び込んだのはたくさんの人間だった。
おそらく貴族だろう身分の高そうな者に、鎧を身につけた兵士たちが俺たちを囲んでいる。
1番前、つまり俺たちの目の前には威厳のある初老の男性。…仕立てのいい衣服に派手過ぎない貴金属や宝石の装飾品を身に着け、如何にもな赤いマントと冠。王様だ。
その隣に深くフードを被った背の低い老人。
ゲームや漫画に出てくるような大きな杖をついている。彼が儀式を取り仕切る魔法使いといったところか。
…テンプレだな。
「成功だ!異世界から遥々ようこそおいでなさった!勇者御一行よ!」
老人が両腕を上げて喜ぶ。
びくりと身を震わせた勇斗と舞華を庇うように背に隠す。
面積が広くてよかったかもしれない。贅肉ののった体に今だけは感謝だ。
「ねえ、勇者って勇斗のこと?御一行って?私たち、ただ巻き込まれちゃっただけだよね?ていうか、こんなの夢、だよね…?」
「混乱してるだろうが、今は落ち着け。兄ちゃんに任せろ。」
「大丈夫だよ、舞華ちゃん。何があっても僕が絶対守るから!」
可愛い妹にここぞとばかりにアピールする勇斗を一睨みして目の前の2人に向き直る。
「多分あんたらが言う勇者ってのはこっちの少年だ。
だが俺と妹はうっかり巻き込まれただけで非力な一般人だ。
魔王討伐か邪神討伐か、何をするにしても俺らにゃ力になれねえ。
だから、俺と妹は元の世界に返してもらえねえか?」
一息で喋り、あちらさんを伺う。
話の分かる王様であればいいが…。
「ふむ、だが君たちのように巻き込まれてこちらに来るものは必ずいる。しかもその誰もが強大な力を保有していたと伝承にあるのだ。
まあ、本当に君たちが力を持たぬ者であってもすぐにかえすことはできない。召喚と帰還の儀式は1000年に1度ずつしか行えぬからな。」
「お主はこちらの世界の知識があるようじゃな。
我々が勇者殿に望むは邪神の討伐じゃ。
お主らに力がないならば討伐が終わるまで王城で客人としてもてなそう。良いじゃろう?陛下。」
「ああ、問題ない。さて、では諸君らの力を推し量るところから始めよう。」
こちらを置いてきぼり。
勇斗と舞華はぽかんとしている。全然理解ができなかったのだろう。
ひとまず悪い王様ではなさそうだ。
推し量るとはどうやるのだろうか?定番で言うとゲームみたいにステータスが見れたり魔力量が分かる水晶がでてきたりするが…。
「じい、頼む。」
「仰せのままに、陛下。」
じいと呼ばれた隣の老人がフードを取り、杖を掲げたかと思うと光を纏い始める。
どうやら魔法で力量が分かるらしい。
『彼のものよ、その真価を我が眼に現せ【神眼】!!』
短い詠唱と共に老人はカッと目を開いた。
その目は金色に光り、何か神々しいものを感じる。
俺たちをまじまじと見たかと思えば急に腰を抜かしたように膝をついた。
「おお、おお…!!」
「どうしたのだ、じい。」
こんなことは普段ないのだろう、王様が駆け寄り、手を握る。
それでも老人の視線は俺たち__正確には勇斗にくぎ付けになっている。
「……これが、勇者殿の…。」
ついには感極まり涙を流し始めてしまった。
当の本人である勇斗もその隣の舞華も困惑している。
「どうか、どうかこの世界をお救いください。勇者殿…!」
それから十分は経っただろうか。
少しは落ち着いたらしい老人から話を聞く。
魔法の効果が終わったのだろう、その瞳は翡翠色に変わっていた。
「先ほどは取り乱し、見苦しいところをお見せしてしまったのう…。大変申し訳ない。
貴殿らの力…特に勇者殿の力に圧倒されてしまったのじゃ。」
「僕にそんな力が?」
老人の言葉にいまいち実感がわかないと首をかしげる勇斗。
「ああ、さすがは勇者殿と言ったところかのう。そして、貴殿らにも力があった。ただの一般人などではない、勇者の仲間に相応しい力じゃ。」
俺と舞華を指して朗らかに言う老人。
舞華は不安気に瞳を揺らし、さらに一歩俺の後ろに身を隠した。
いつも臭いから近寄るなと罵倒していたくせに、なんて野暮なことは言わない。
妹がそういうお年頃で、素直じゃない性格は理解している。強がりということも。
そんな妹が怯えてるんだ。兄として奮い立つのにこれ以上の理由がいるだろうか。
深呼吸をし、今の俺ならできると自らを励ます。
「力、というのは具体的にどういうものなんだ?それにどんなに強大な力があったとしても扱えなければ意味がない。俺たちは戦なんて知らずに過ごしてきたから急に戦えなんて言われたって力を扱う方法も戦う覚悟だってない。」
「ふむ。まずは力とは何かという質問に答えようかのう。
力、それすなわち"魂の器"。」
「魂の器…?」
魔力だとかの話が出ると思っていたため、予想外の単語に思わず聞き返してしまう。
「そう、魂の器。言うなれば生命力じゃ。
器が大きければ大きいほどその者の能力は強力なものとなる。
器は生まれ持つものが大きいが、環境でも大きく変わる。
強き魂に触れ続ければその分器が成長することもある。
つまり、勇者殿の魂に長く触れ合ったのであろう貴殿ら二人の魂も大きく成長しているのじゃ。
そして、先ほど使った【神眼】という魔法はその魂を直接目の当たりにできる魔法。
器の大きさに加え、適正魔法属性が分かる優れた魔法じゃ。
いままで見てきたどんな猛者よりも貴殿らの器は大きい。
さらに、歴代の勇者にしか現れない聖属性の魔法適正が三者共に現れておる。
その他にも貴女には水、風、光属性があり、貴殿には土、風、闇属性、勇者殿には全ての属性に適正ありと見えた。
人の持つ属性は基本1つであり、稀に2つ、この世界で最強と称され、奇跡とすら呼ばれる男ですら3つなのじゃ。
貴殿らは器の大きさ、魔法属性の適正、そのどちらもこの世界ではとびぬけて優れておるのじゃよ。」
「なるほど…。」
少し変わった言い回しなだけで、おそらくその魂の器が魔力量なのだろう。
しかし、いざそういった話をされるとワクワクしてしまう。
異世界に行けたら、と何度も妄想したことがあるオタクにワクワクするなという方が無理な話だ。
しかし、今は妹の気持ちが大切だ。
気を引き締める。
「俺たちの力については理解した。それで、その力の扱い方は教えてくれるのか?扱えるようになったとして必ずその討伐に参加しなければいけないのか?」
「その点は安心するといい。
魔法はじいが、剣はこの国の騎士団長であるダグラスという者が指導する。
勇者殿以外の君たちは参加するかどうかも指導が終わってから判断するといい。こちらからは強制しない。」
「やけにあっさりしてるな。本当にいいのか?勇者ほどじゃなくても俺たちは強大な力を持ってるんだろ?」
勇者に拒否権がないのは勇斗には悪いが致し方ないだろう。
多分、勇斗は断らないだろうしな。
「ああ、確かに君たちの助力があれば邪神討伐は滞りなくなせるだろう。だが、おらぬからといって討伐が不可能になることはないだろう。むしろ覚悟が決まらぬと足を引っ張られる恐れがあるほうが危険だと考えている。それに、どちらにしろこちらから数名手練れを供に向かわせるつもりだ。無理だと思うならば断わってくれて構わない。」
王様の言葉に舞華はほっとした様子だ。
随分と融通の利く異世界だな。警戒は怠らず、とりあえずは話に乗るとしよう。
「分かった。その言葉を信じよう。俺は葉一という。しばらくお世話になる。」
そう名乗って後ろの二人にも促す。
恐る恐る前に出て二人も名乗る。
「わ、私は舞華、です。よろしくお願いします。」
「僕は勇斗です。勇者なんて勤まるか分からないけど、精一杯頑張ります!」
軽く頭を下げる二人に王様は優しく微笑む。
「申し遅れてしまったな。私はこの国の王、ルーカス・アルフマリアだ。」
「わしは王宮魔導士のローガン・ベシャミルじゃ。よろしくのう。」
自己紹介が終わったところで王様が手を叩く。
すると壁際に控えていたメイドさんが三人前に出てくる。
「さあ、今宵は君たちの歓迎パーティーだ。それまで部屋で休んでいるといい。」
「お部屋までご案内させていただきます。侍女のアンと申します。」
「これから私共で身の回りのお世話をさせていただきますので御用のさいは遠慮なくお声がけくださいませ。私はシスです。」
「私はミリと申します。さあ、こちらへ。」
アン、シス、ミリ、に続いて俺たちは歩き出す。
しっかり者の弟がいない今、二人を守れるのは年上の俺だ。
絶対無事で帰ることを心で誓う。
俺たちの物語は始まったばかりだ。