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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
エピローグ
82/85

居場所

 学校に戻ったら一時間目が始まっていて、私は人生で初めて職員室に呼び出された。

 そして怒られた。

 校内放送で呼び出されたときは、顔から火が出るほど恥ずかしかったけれど。

 怒られているときはさほど気分が悪くはなかった。

 少し、すがすがしいくらい。


「お志津も道を踏み外したわね」

「外してないわよ」

「良かったら今度盗んだバイクで走りださない?」

「まず盗まない」

「大丈夫よ。人に見られなきゃ手配度は上がらない」

「手配度ってなに」


 多分映画かゲームかの話だろうと思う。

 それはさておき、なんだか以前よりも打ち解けた気がする愛ちゃんとの学校を終え、私は放課後の帰路についた。

 ふと、私何しようかと思い至る。

 バイトも無いし。

 そういえば、『カレカノ』は営業停止命令になったらしい。噂じゃなくてネットニュースで知った。未成年を風俗で働かせていたとして捕まった社長の顔は、頬がこけ化粧も髪が乱れていて見るに堪えないものだった。

 当然、健全ではあったレンタル彼女の営業も断念しているところだろう。

 つまり、私はまた仕事を失ってしまったのだ。


「でもそっか。お金返す必要がないのか」


 なんとなく、根付いた借金返済根性でお金を稼がなければならないと思っていたけれど、実際問題、借金が無くなったということは、私はその辺にいる女子高生と変わらない。


「……普通の女子高生って何するの……?」


 カフェ? カラオケ? 友達の家? それとも勉強?

 普通を目指していた私だけれど、その普通がわからない。あいにく、私が唯一友と呼べる愛ちゃんは、普通ですらないから参考にならない。


「でも大学に行くなら、塾よね」


 今度お母さんに相談してみようと思う。

 そんなことを考えながら、私は自然とある場所へと向かっていた。それは洋風居酒屋『二軒目』。

 そこに訪れると、いつもなら点いている看板の電気が点いていないことに気が付く。

 正面に回る。


「……閉店のお知らせ」


 パソコンで打ち込んだA4サイズの張り紙に書いた文字を読み上げる。


「そっか……そっかぁ……」


 なんとなく予想はしていたけれど。

 そしてそれをほんの少しは期待していたけれど。

 でも実際にこうしてお店が無くなってしまうのを見ると、心にぽっかり穴が開いてしまったような気持ちになる。

 もうあの楽しい時間が戻ることはないんだろうかって。

 すると、ふとガラス越しに店内で人影が動くのが見えた。私は少しだけ悩んで、裏口に回り扉を開ける。案の定扉は開き、中へと入った。


「……え、郷田(ごうだ)さん?」


 見知った顔。

 そこには『二軒目』のバイトリーダーの郷田さんがいた。いつもと違い私服で店内を見渡すように立っていた。

 彼も当然、私を見て驚く。


「わっ、志津香ちゃん!?」

「はい。えっと、外から人影が見えて」

「ああ、なるほど」


 入ってきたのが私で安心したのか、郷田さんはいつも通り爽やかに笑った。

 やはりイケメンだ。


「お店、閉まったんですね」

「ん、みたいだね。俺も昨日店長からメールで教えられてさ。怪我が治ったら復帰するつもりだったから」

「その……」

「ああ、気にしないで。あんなことがあったけど、俺は志津香ちゃんやお兄さんを恨んでやいない。昔はよくケンカもしたしね。それに、いつの間にかあの窓が直ってるし、冷蔵庫とか調度品も新しいのになってるんだよね。志津香ちゃんなんでか知ってる?」


 ああそうか。郷田さんは、店長と出戸(でと)が繋がっていたことを知らないのか。

 芽木(めぎ)とシューエンがお店を襲撃した件が、仕組まれたことだということを。


「いえ。あれ以来、来てなかったので」

「そっか。でもま、ならちょうど良かった」

「どういう意味ですか?」

「ここ借りて、俺の店を持とうと思うんだ」


 郷田さんは気恥ずかしそうに言った。


「もう数年お金貯めてからって思ってたけど、でも店長がここ手放すからどうだって言ってくれて、ここが人生の勝負だって思った。中にあるものは全部使ってくれていいからって。こんなチャンスはそうない」

「居酒屋ですか?」

「いや、もう少しおしゃれにいきたいんだ。大学も近くにあるから、今時の若い人たちが来たくなるような。それでいて、大人たちも少しおしゃれな気分になれるみたいな、そんなお店」

「……素敵です。できたら教えてください。私、絶対来るので」


 本当に楽しみだ。

 ここが廃墟になってしまわないのがとても嬉しい。また新しい命が芽生えていく。しかもそれは全くの知らない他人ではなく、『二軒目』や店長の意思を継いでいる。

 ここにいいつか、戻ってきたいと思うから。


「え、志津香ちゃん働いてくれないの!?」

「へ?」


 帰ろうとした私に、郷田さんが制止するように言った。


「店長が、志津香ちゃんもそのうち復帰させようと思ってたから、俺の店でそのまま雇ってくれないかって言ってたんだけど」

「……店長が?」

「そう。店の形は変わるけど、仕入先とかシステムは『二軒目』のままでいくつもりだったから、オープニングスタッフに志津香ちゃんがいてくれると思って考えてたんだけど……もしかして別のバイト見つけちゃった?」


 郷田さんの誘いに、私は胸がきゅっと締め付けられるような気持ちになった。

 それはなにより、店長の顔が浮かんだから。

 最悪の別れをしたと思っていたけれど、裏切られたのだと思っていたけれど。


「……わ、私……働いて、いいんですか……?」

「し、志津香ちゃん、泣かないでもいいじゃん」


 やっぱり店長の優しく笑う顔が大好きで。

 私にとってのお父さんは店長で。


「……私、働きたいです……ここで、この場所で……」


 この場所は、私にとってもう一つの家なのだから。


「じゃあこれからもよろしくね。志津香ちゃん」

「はいっ」


 私には私の人生があった。それはいつも綺麗なことばかりじゃない。

 ううん。むしろ汚い部分ばかり。

 それは北田くんも一緒。

 そしてそれはお母さんも、お兄ちゃんも、愛ちゃんも、そして店長もきっと同じ。私は店長の汚い一面だけを見てしまって、絶望した。

 でもだけれど、それはただの一面で。

 やっぱり店長は、私の知っている店長なんだ。

 それは変わらない。


「これからもよろしくお願いしますっ」


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