モブ視点
その後のことは、申し訳ないが遠くから見ていたモブ視点でしか語れない。
金、赤、青、黄、緑、紫、そして白と黒。
八色の閃光が、巨大なデアドラゴンに纏わりつくように飛び交っていた。
度々爆発のような光が発せられ、大地が揺れる。
すると次第に、悠々と飛んでいたデアドラゴンにまるで余裕がなくなったかのような挙動が現れ始めた。
明らかに嫌がっている。
するとデアドラゴンが、黒い閃光を放射状に撒き散らし、それが校舎に当たり、私が立っていた屋上が傾いた。私の方に飛んできた黒い閃光は、スクワルトが片手で弾き飛ばして助けてくれる。
助けてくれたのか、たまたまなのか、それはわからないけれど。
とにかく、それが最後の抵抗だったのか、デアドラゴンは逃げるように上空へと飛び上がっていく。しかし先の放射状の閃光にやられたのか、赤や青の色とりどりの閃光は、まるで蛍の光のように力を失くして地面に落ちていく。
一つ。
また一つと。
デアドラゴンを追うように上がっていくのは、白と黒の光。
その片方、黒い閃光が激しく動き、デアドラゴンの片翼がちぎれ飛ぶ。今なにか叫んでたけど、遠くて全然聞こえない。
しかしそれでも強引に、デアドラゴンは上空へと上がっていく。
今度は白い閃光が追いかけるように飛び、そしてデアドラゴンの脳天に張り付いた。
あ、今度は兄がまた何か叫んでる。技名かな?
そうに違いない。言ってそうだもの。
でも聞こえないのだ。
とにかく、その瞬間激しい爆発と白い閃光が周囲を包み込む。
そして――。
目を開けると――。
空はいつもの夜空に戻っていた。
そしてぽつぽつと、消えていた電灯が点き始める。
「終わった……? 終わったの……?」
静まり返ったグラウンドに目を凝らす。
すると青と黄、それに白と黒の光がこちらに近づいてくる。それは屋上に降り立った。
赤い魔女や金色の騎士ら、数人は脇に抱えられて、青いお姫様と黄色い武闘家、そして兄とスクワルトは両足で立てるようだった。
満身創痍、その一言に尽きる。
「勝てたのね?」
「ああ」
兄が小さく笑う。
兄の装束に変身していたプランが、また人型に戻った。
「以前よりも手ごたえがなかったな」
「手応えなんてなくていいんだよ。そんなことより」
今度は兄がスクワルトに向かって手を差し出した。
スクワルトは少しだけ考えた後、持っていたセインツブラックを兄に手渡す。
「あ~駄目ェ……死ぬ」
緊張感を解くように、赤い魔女がぼやいた。
それを皮切りに、七色のプリンセスたちが思い思いに言葉を吐く。
そこには微かに笑顔もあった。
「……でもどうしよう。これ」
私はそこに割って入るように問いかける。
半壊した校舎。地底まで穴の開いた地面。
明日のニュースの見出しは、『天変地異!? 世界の終わりの始まりか』に違いない。
「ああ、これなら大丈夫。誤認結界を張ってくれてるから」
「誤認結界?」
「そう。結界に覆われた内側は、外から見たら何も変わっていないように見えてるんだ。景色も音も衝撃も、すべて外には伝わらない」
「結界便利すぎでしょ」
まあ今更そこに疑問は持たないけれど。
ようするに、スパイ映画とかで監視カメラの映像を一時的に切り替えるようなものだろう。だから警察も消防も来ない。
「でも、どちらにせよ明日学校に来た人たちにバレるじゃない」
「ああ、それなら。ヴィオ」
「はい」
疲れ果てて地面に伏せっていた紫の少女が、上体だけを起こして手を前方に掲げる。
すると、小さな地鳴りと共に大地が揺れ。
見る見るうちに、すべてのものがあるべき場所に戻っていく。
瓦礫は校舎の一部となり。
折れた木々はまっすぐに立ち。
そして砂はグラウンドに返っていく。
1分もしないうちに、学校は元の様相を取り戻していた。
まるで映像を巻き戻しているかのようで。
「ヴィオは生物以外の時間を戻せるんだ。これはヴィオにしかない特殊な能力で、フォトンのそれとはまた違う理のことなんだけど」
「…………いい。説明は不要。結果オーライよ」
過程はいい。結果よ結果。
これで今日あったことはバレることはないだろう。
私はもうそのフォトンやらなんやらを理解するのはやめることにした。
異世界のことを理解するには到底時間が足りない。
「みんな、本当にありがとう」
兄が、改まって七色のプリンセスに向かって言う。
「いいわよ。デアドラゴンをこの世界に連れてきてしまった責任は私たちが取るべきだし」
「そうですわ。それに、我が夫の世界を見れましたし」
「いずれ世界間での自由な移動が叶う時が来るかもしれないわね。良し悪しは別にして」
「そうなれば、対異世界用の世界軍隊を組まなければいけないな。これは大きな仕事になるぞ」
「でもそれは、とってもいいことですね! 世界が一つになれるチャンスかもしれません!」
「共通の敵ができればあるいは……やーね、反吐が出そう」
「世界は廻る。繰り返す」
最後に紫の少女――たしかヴィオちゃん――がそう不穏なことを言った。
「それにしても、今回の敵はなんだったの?」
思い出したように白い天女が尋ねる。
「ああ」
兄は私を見遣り、
「うちの妹が、あいつらに脅されてて」
「「「「「「妹っ!?」」」」」」
ぐるりん、と七色の大きな瞳が私を向く。
え、なに。
「なんかいるなーとは思ってたけど、これがソウタの妹なのね」
「以前からずっと妹の話をしていたな。確かシツカと言ったか」
「ちょ、やめろって!」
「お兄ちゃん。私のお兄ちゃん?」
「ヴィオ、その呼び方はもうしなくていいから……」
「妹さんですか~。確かに似てますね……可愛い」
「ん~。でも少し地味ね。家族になるならもう少しお化粧の仕方を覚えてもらわないと」
「そんなことより帝室としての立ち居振る舞いを覚えていかなければ。義妹とはいえシュルベニアの一族になるのですから……いつこちらにこれそうですか?」
「待って待って!」
怒涛の勢いで詰め寄るプリンセスたちに、兄が間に入って守るように制止する。
「みんなには悪いけど、俺はこの先ずっとこっちの世界で生きていくんだ。もう向こうの世界には戻らない。家族を、守らないと」
兄の言葉に、一同は少しテンションを下げたように視線も下がる。
彼女たちと兄が積み重ねてきた時間を私は知らない。だけれど、この短い時間のやり取りを見るに、お互いの関係が濃密で特別であることは事実だ。
「デアドラゴンは倒した。もうこっちの世界は安全だ。だから――」
「あ――」
――と、白い天女プランが声を漏らす。
見ると、彼女の指先が白く光り始めた。
それはまるで伝播するように、七色のプリンセスたちに移り、それぞれの体が色とりどりに光り始める。
「時間のようね」
白い天女プランが諦めたように息を吐く。
「世界は異物を嫌う。私たちの世界から死神が拒絶されたように、この世界に私たちの居場所はないということか」
「残念。無念」
「シンディが無理矢理開けてくれた穴だからね。閉じる前に帰らないと」
「シンディは向こうに戻ってるといいけど」
「大丈夫よ。あの子強いもの。デアドラゴンのいない今、世界の秩序を保つための生物の頂点なのよ」
「我が夫」
青い姫が、兄に歩み寄る。
「世界が違えど、永遠の誓いを」
「ああ……みんなも」
「正直納得はいかないけど」
今度はプランが歩み寄る。
「忘れないわ。絶対に」
「また泣いてくれるのか?」
「な、泣かないわよ!」
プランはあふれ出そうになる涙を見せないように背中を向け、
「……馬鹿」
消え入りそうな声でそれだけ言った。
そして――。
「じゃあみんな。またきっと、いつか」
兄が最後にそう言い、プリンセスたちは小さくうなずいた。
七色のプリンセスは光の粒子となり、そしてその光は激しく天を穿つ。空が一瞬白く染め上げられ、そして気が付けば屋上に彼女たちの姿はなかった。
まるで先程までのことが、嘘のように。
「志津香、大丈夫か? 怪我とかしてないか?」
「……うん」
兄に引っ張られ、立ち上がる。彼は少しだけ笑って私を見ていた。
「じゃあ、帰ろうか。母さんが心配してる」
異世界というのが本当にあるのかと聞かれれば、私はわからないと言うだろう。
今見たものが非現実的なことであることは確かだったけれど、私は異世界とやらを見たことがないから、そうであると断言はできない。
目を開ければベッドの上で、いつも通り学校に行って、放課後に『二軒目』にバイトに行って、バイト終わりに借金返済の取り立てに合う。そんないつもの人生が戻ってくるような気もしている。
だから私は、まだ今この状況を受け入れることはできないけれど。
でもただ一つだけわかったことがある。
これが夢であろうとなかろうと。
私は。
兄が戻ってきてくれて嬉しいということ。
そして。
私はいくつになっても、お兄ちゃんが大好きだということだった。




