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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第二章
8/85

うまっ

 奇妙な香りが鼻孔をくすぐり、目を覚ました。

 いつもと変わらず、窓のカーテンの隙間から朝陽が漏れこんでいる。

 いつもと同じ朝。いつもと同じ部屋。いつもと同じ平日。

 しかしいつもと違う匂い。

 すんすんと鼻を鳴らす。

 その匂いの元を辿る。部屋を出て、一階に下りる。匂いが増すと共に、何かを焼く音が大きくなってくる。

 母が朝ご飯を作っているにしては、音が大きい。目玉焼きではこんな音はしない。

 少し焦りつつダイニングキッチンを覗きこむ。

 その瞬間、巨大な炎が巻き上がった。顔が熱い。

 その火は、まるで中華料理屋の厨房のようにキッチンに立つ兄が持つフライパンから。


「なにしてるの?」

「お、志津香(しつか)、おはよう」

「なにをしてるのって聞いてるの」


 兄は火を消し、フライパンの中のものを豪快に皿に盛りつけた。野菜炒めだろうか。

 そして反転し、テーブルへと向かう。


「なにって、朝ご飯作ってるんだよ」

「朝ご飯……?」


 テーブルを見ると、いつもはプレート一皿とマグカップ程度しかないテーブルの上に、溢れんばかりの料理が並べられていた。

 そのひと席には母がにこやかに座っている。


「見て志津香。お兄ちゃんがこんなに素敵な朝ご飯を準備してくれたのよ。志津香も早く座って」

「えぇ……」


 渋々席につく。

 目の前には油でテカテカに光る料理の山。

 肉肉肉肉肉……とちょっと魚と野菜。見ているだけで胃もたれしそう。


「朝からこんなに食べられないよ……」

「あはは。ちょっと作り過ぎちゃったかな」

「いいじゃない。ラップすればしばらくは持つわよ。せっかくお兄ちゃんが作ってくれたんだから」

「それ、関係ある?」

「いつも隊の分作ってたから、量の加減がわからなくて」

「隊って?」

「ああ、俺がテスタミヤン皇国から預かっていた部隊だよ。全部で多い時は20人はいたかな。精鋭揃いだったんだけど、大食いな奴らばかりで毎日総出でご飯を作ってたな」

「へ~隊長さんだったのね。一番じゃない。すごいわ」

「ん~一応立場的には一番上だったけど、俺なんか新参者で、仲間にはもっとすごい人がたくさんいたんだ。その人たちに怒られながら教えてもらってばかりだったよ」

「その部隊? では何をしていたの?」

「特務隊だったから、何でもやったよ。普通の隊とは指揮系統が違って、皇様から直接指示が下ってくるんだ。言えないことばかりだけど、主に公にはできない問題を秘密裏に解決したり、敵国に潜入して内部を探ったりかな」

「そうなんだ~すごいわね~」


 横で軽快にやり取りをする母と兄。

 もはや母は兄の妄想に抵抗することはやめたようで、兄の与太話に付き合うことにしたようだ。確かにそういった受け入れてあげる治療法もあるのかと思う。

 そんな会話を横耳に挟みながら目の前の肉炒めのようなものを口に運ぶ。


 うまっ。

 え。

 うまっ。


 つい身体がぴくりと反応する。

 悔しいけど、美味しい。鶏肉かな。肉も柔らかく、濃すぎないタレとよく合っている。

 もう一口。もう一口。

 つい口に運んでしまう。まるでインスタント料理CMの女優のように食が進む。


「美味いだろ?」


 兄に問われてはっとする。

 私は前のめりになった姿勢を改め直した。油でてかった口元をさっと拭い、


「こんなことで役だったつもり?」

「え?」

「あなたが引きこもっていた時間と行方不明だった7年間、そのマイナスはどうやったって取り戻せないわよ」

「志津香……」

「こんな食材使って、そのお金はどこから出てきたの? またうちのお金じゃない。あなたは家に貢献してるつもりかもしれないけど、余計に家計を圧迫してるだけなの。わからない?」


 言い切って、唖然と私を見つめる母と、少し哀しそうに眉を八の字にする兄。

 一瞬の沈黙。


「ごちそうさま」


 それに耐えられず、逃げるように立ち上がった。

 そして二階の自室へと戻る。

 私は。

 嫌な女だ。


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