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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
最終章
79/85

白と黒

 その男からは、全身の生気を吸い取られるかのようだった。

 今すぐ北田くんを吊るす縄を手放して、逃げたくなった。

 その目に見つめられているだけで、吸い込まれそうで。


(おそ)れるか」


 その黒い男は、口元をゆがめずに笑い私に近づいてくる。

 ダメだ。今すぐ逃げ出したい。

 あんなドラゴンより、私にはこの人の方が怖い。


「案ずるな。それは正しい感情だ」


 一歩、一歩。

 黒い足が、私に侵食してくる。

 まるで、真空が近づいてくるような圧迫感で。


志津香(しつか)――!!」


 声。

 私の背後――校舎の下から誰かが飛び込んでくる。

 その白い衣服を光の装束を(まと)ったのは――兄。

 兄は両腕に抱えていた、緑と赤のチンピラを屋上の地面へと落とした。

 そしてその目は、目の前の黒い男を見据えている。


「久しいな。紛い物」

「スクワルト……!」

「浅ましいな。瞳に憎悪が隠しきれていないぞ」

「当り前だ……お前は、リヒトを殺したんだぞ!」


 睨む。

 睨み合う。

 この二人にどんな関係があったのか、それは察することしかできないけれど。

 間違いなく、良好な関係ではなかったのだろう。

 敵。(かたき)


「踏ん張って。私も手伝うわ」


 ふと、突然隣に白い天女が現れた。兄の纏っていた白い装束は失われている。

 プランが私の支えていた縄を手に取ると、するするといとも簡単に北田くんの体が上がってくる。そしてようやく北田くんの体を屋上に戻すことが――。


「って!」

「なな、なんで裸なの!?」


 北田くんがフル〇ンであったことを忘れていた。

 彼のそれがぷるんと揺れる。

 私は慌てて近くに落ちていた北田くんの服を上に被せた。

 ひとまず、これでひと安心だ。


「ここが、紛い物の世界か」


 黒い男――スクワルトが目尻にシワを寄せて周囲を見渡す。


「異世界。少し、光が多すぎるな」

「どうしてお前までここに……」

「今重要なことはそんなことか? 君はいつも核から()れる」

「うるさい! わかったような口を利くな!」


 珍しかった。

 兄が、まるで年相応の反抗期のように声を荒げているのが。

 それだけ感情的になる相手なのだろう。


「ソウタ、落ち着いて」


 そんな兄を制したのはプラン。白い天女。


「スクワルト」

「変わらず眩いなプラン。その恰好を見るに、覚悟を決めたか」

「おかげさまで。今やワコクを治める主となったわ」

「少し遠回りしたが、収まるべきことに収まったわけか。世界は私が言った通りになったわけだな」

「あなたの思惑も、ここに来た理由も興味ないわ。あなたの言う通り、そんな些末なことよりも、今は対処しなければいけないことがある」

「……破壊の輪廻か」


 スクワルトは漆黒の空を見上げて呟いた。


「あなたがいるなら、勝てる見込みが上がる。この世界を救えるかもしれない」

「……」

「こうしてここに姿を現したってことは、そのつもりがあるのでしょう?」

「……」

「あなたは根っからの悪じゃない。私はそう信じてる」

「……」

「あの時、私をかばってくれたことを――」

「慣れ合うつもりも、感傷に浸る気もない。貴様らの存在や言葉に、揺らぐものなど持ち合わせてはいない」


 だが――と、スクワルトは続ける。


愚蒙(ぐもう)の妄想でしかなかった多元宇宙論にひとつ、確かな発見があったわけだ。これは面白そうなことになりそうだ。それらを検分する前にこの世界を滅ぼされては困る」


 そう言い、スクワルトは兄に向って手を差し出す。


「なんだよ? 握手しようってか?」

「腰に持て余したものを渡せ」


 兄の腰には、黒い剣――セインツブラックが備えられている。


「それは元々私の得物(もの)だ」

「……」

「特級の犯罪者に、武器は渡せないわ」

自惚(うぬぼ)れるな。あの翼竜は、貴様らの手には余る。手抜きで制圧できる生物ではないだろう。どうせこの世界が終われば、次は我々の世界だ」


 プランは兄を見る。

 すると兄はその腰についたセインツブラックを手に取った。


「ソウタ! ダメ!」


 制止しようとするプランに、しかし兄はそれを無視してスクワルトに近づいていく。

 そしてセインツブラックを、スクワルトの手に差し出した。


「これが終わったら、あっちの世界に戻って大人しくしていると約束してくれ」

「少なくとも、以前のようなことはしないと誓おう。もはや意味もないしな」


 スクワルトはセインツブラックを手に取り、そしてそれを愛おしそうに眺める。


「ようやく戻ってきたか。フラウ」

「感傷に浸ってる暇はないんだろ?」

「案ずるな。ただの挨拶だ」


 兄とスクワルトが、横並びに立つ。

 するとプランが再び白い光の粒となって、兄の体に纏わりつく。瞬く間に兄の全身を白い装束が覆っていた。そして手には、セインツブラックと対になるように、白い剣が握られている。

 白と黒。

 その二人が見据えるは、邪悪なドラゴン。

 世界の破壊者。


「不思議な感覚だ。死んでも許さないと思っていた男と、共闘することになるなんてな。でもそんなに嫌じゃない。少し、(たかぶ)っている自分がいる」

「共闘? 違うな。君は私を支援していればいい。それが最も勝率が高い」

「はっ、言ってろナルシスト」


 二色の男が不敵に笑う。

 そして二人は、屋上から黒天に向かって飛び出した。

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