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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
最終章
77/85

破壊者デアドラゴン

「この世界は終わった」


 誰もが暗黒のドラゴンを見上げる中、誰かがそう呟いた。

 黒いドラゴンは狭い鳥かごから開放されたかのように、自由に浸っているように見える。私の知っているドラゴンと違い、目や鼻が見当たらず、顔らしい顔がない。その形状だけがドラゴンだと示している。


「どうして、デアドラゴンが生きて……ここに?」

「おそらく、心臓は止めたけれど、身体の大部分はフォトンとなって大気中を彷徨(さまよ)っていたのね。そしてソウタが異世界――この世界に戻る際に開いた扉に気づき、逃げるようについてきた」

「なるほど。しかし失った身体はそう簡単に元には戻らない。だからフォトン状態のままこちらの人間に取り憑いて内側で快復を待っていたということね」


 いつの間に。

 そう思って振り返ると、そういえば兄が戻ってきた時、一番はじめに出戸の暴走する車から助けてもらったのを思い出す。もしかしたらあの時に取り憑いたのかもしれない。なんて考える。


「でで、でもどうして? デアドラゴンは異世界への僅かな隙間に気付いたんでしょうか? 大地に針の穴ひとつ空ける程度のものだったのに……」

「ずっと監視していたとか?」

「違う」


 紫の少女が会話を断ち切る。


「破壊者は、自分の身体の一部に引かれてやってきた」

「身体の、一部?」

「……あ」


 兄が素っ頓狂な声をあげる。

 そんな彼の手には、黒い剣セインツブラック。

 たしかデアドラゴンの遺骸から作り出したと言っていた。


「しまったこれか……」


 兄が頭を抱えると、七色のプリセスたちは、一斉にため息をついた。


「だから持って行くなって言ったのに……」

「いや、だってほら、こんなことになるなんて思わないだろ?」

(ことわり)の外に異世界のものを持ち出すなんて、なんて愚かなの稀人(まれびと)

「でもさあ、やっぱり思い出にさ……」

「各々、言いたいことはあるかもしれないですけれど」


 青いお姫様が仕切り直すように言う。


「今は目の前の窮地を脱しましょう」


 彼女の瞳には緊張感がにじみ出ている。

 彼女だけではない、私以外のみんなの表情はあきらかにこわばっている。


「そんなに、やばいやつなの?」


 堪らず問う。すると兄――ではなく白い天女のプランが口を開いた。


「破壊者。混沌。邪竜の根源……呼び方は様々だけど、そのすべてはあれを太古の昔からの邪悪だと示しているわ」

「私達の世界に生まれれば、嫌でも子供の頃に聞かされるおとぎ話がある。時が来ればデアドラゴンが世界を滅ぼし、新たな世界が作り出されると」

「そして一年前、私達の世界にその周期が訪れた」

「デアドラゴンは生物ではなく現象だと呼ばれています。争いしのぎを削っていた世界が、すべての人間がデアドラゴンの出現に世界の終わりを感じ取りました」

「だけど、今回だけは違った。ソウタが……白いドラゴンに乗った勇者が、世界の終わりに立ち向かった」

「激しい戦いだった。世界の人口の半分が死んだと言われているわ……そしてまだその傷跡は癒えていない」

「破滅の輪廻が……この世界に訪れる」

「……でも、でも一度勝ったなら、また勝てるんですよね?」


 私の続けた問いかけに、誰も肯定はしなかった。


「相手も弱っている可能性はある。でも、こちらもフォトンがまともに使えない」

「大丈夫だ」


 否定的な意見が連なる中、しかし兄は、それらをかき消すように言った。


「この世界は……俺が守る」


 その言葉に、緊張に顔を固めていた彼女たちは、少しだけ顔をほころばせた。


「俺たち、でしょ」


 その横に、白い天女が立った。

 兄と彼女はうなずきあう。

 そして、黒い天空を睨み上げた。


「行くぞ……! 圧倒する!!」


 大地を蹴りつけ、七色の虹が一閃、黒い天空に向かって飛び出した。

 だがその虹の閃光に反応して、デアドラゴンの口から黒い閃光が放たれた。まるで爆破のようなその黒い閃光は一直線に兄たちに向かう。兄たちはそれを散開するようにして避ける。

 黒い閃光がグラウンドに衝突した。

 そのあまりの爆風に……私の両足は全く耐えきれずに吹き飛ばされる。


「……うそ」


 グラウンドに、400メートルトラックそのものをくり抜いたように巨大な穴が開いていた。

 底は見えない。

 天空では黒いドラゴンの周囲を、七色の閃光がチカチカと飛び回っている。遠くてよく見えないが、激しい攻防を繰り返しているように見える。


「頑張って……頑張って……!」

「し……つか……ちゃ~ん……」

「ひっ!」


 驚いて足元を見とると、同じように吹き飛ばされたのであろう出戸が、まるでゾンビのように私の足首を掴んでいた。

 その顔は青く痩けていて、まるで生気を抜かれたかのようで。


「げ、はは……ははは……パンツ青色か……げはは……」

「は、離して!」


 出戸の手を蹴るが、まるで錠に掴まれたかのようにその手は離れない。


「かね、金返してやァ……借りた金やろォ……?」

「……私は……私だって……!」


 戦うって決めたんだから!!

 人体を蹴りつけることへの抵抗を外し、遠慮のない力でその手を蹴りつける。

 すると鈍い音がして、出戸の手が離れた。すぐさま出戸の顔に向かって足を踏み込んだ。


「地獄から、やり直せ!」


 ゴズン――インフロントキックで蹴りつけると、出戸の顔がひしゃげて身体が転がる。

 するとその体はグラウンドに開いた穴に吸い込まれるように落ちていった。


「はあ……はあ……ひ、人殺し……じゃないわよね……人じゃないし!」


 再び爆発音。

 大地が揺れる。

 またドラゴンがどこかを壊したのだろうか。


「そういえば……」


 思い出して校舎を見上げる。

 と、校舎に掛かっていた垂れ幕が風に揺られた激しく動いている。

 そしてそこに吊るされた北田くんも。


「……もうっ! バカバカ! お人好し!!」


 放っておくわけには行かない。

 私は急いで校舎へと駆け出した。

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