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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
最終章
76/85

もう負けない

「ふぅ」


 赤い魔女が、つらそうに深く息を吐いた。


「フォトンが薄すぎるわね……ていうか無い」

「それもありますし、多少重力が少し違いますね。身体が重いです」


 黄色い武闘家が手をグーパーさせる。


「フォトンばかりに頼っているからそうなるんだ。身体を鍛えろ」

「うふふ。天下の奇術師も異世界では能無しね」

「奇術師言うな」

「大奇術師様」

「異世界との戦争になった時を考えて、専用の部隊を準備しておかなくてはなりませんね」

「私も思っていたところです。いざという時、なにもできない可能性もありますから」

「……世界殺しはすべての世界を殺す」

「なんや……なんなやお前ら」


 その声に、ようやく七色の彼女たちは、まだ地に足を付けている人物がいることに気がついた。

 出戸だ。

 銃を失った彼は遠くへと避難していたらしく、校長が立つお立ち台の上でへなへなとしゃがみ込みお尻をつけた。


「こっちは、大の大人百人も揃えてるんやぞ……しかもチャカ持ちや……そやのに、なんで……」

「残念だけど、銃は思っているほど無敵じゃない」


 兄が一歩前に出る。


「所詮直線上にまっすぐ飛ぶだけだからな。引き金を引くタイミングと方向さえわかれば容易に避けられる」

「ていうかフォトンさえあればシールド張れるし」

「あとただ撃っているだけで、ほとんど外れている」


 言っていることの理屈は理解できるけれど。

 彼女たちの感覚は、常人のそれとはかけ離れている。

 私や出戸に理解できるはずもない。

 銃が、トドメの一手にならないなんて。


「終わりだ。出戸」

「は、はは……なにが終わりや? だからなんやねん! 俺らボコってなんの解決になるんや! ええで、俺も殺せや! でも志津香(しつか)ちゃんのしたことも、借金もチャラにはならんのやで! 俺になにかあったてわかったら、うちの組が総出でお前ら殺しに行く! 正面切ってやない! 日常生活を監視して、気を抜いてるところをグサリや! 毎日怯えて暮らすことになる!」

「他者の威で脅すか。ここまで情けない人間は初めてだな」


 金色の騎士が至極不満そうにぼやいた。

 彼女はどうやら見た目通りの堅物らしい。


「仲間使うの恥ずかしがっとって極道やってられるかボケ! 綺麗事じゃこの世の中生きてかれへんねん! それはお前の妹が一番ようわかっとるやろ!!」


 そう。

 綺麗なだけじゃ生きていけない。

 正義はいつも正解じゃない。

 だから私は悪事に身を染めた。

 それが正解だと信じて。

 でも。

 

「そうよ。綺麗なだけじゃ生きていけない。私はそれを嫌っていうほどわかってる」


 グラウンドに座っていた私は、足についた砂を払いながら立ち上がった。


「でも汚れてみて、道を踏み外してみて、わかった。それはもっと正解じゃないってことを」


 愛ちゃんも、北田くんも、みんなみんな。

 そうすればなんとか生きられるかもしれないけれど。

 そうしないと生きられないのかもしれないけれど。


「私はもう道を踏み外さない。例え生きられなくても、例え苦しくたって、私は正しい道を生きていくわ。私は死んでもあなた達を否定する! 来るならこい! 私は、もう、負けない!!」


 吐き出して、息が続かない。

 必死に息を吸い込んで、心臓の高鳴りを抑え込む。

 ずっと言いたかった言葉を。吐き出せた。

 なにも状況は好転していないけれど、どうしてか私の心は透き通っていく。


「言うやんけ、志津香ちゃん……俺は、そんな事言われたら、ボッ、き……して、まぅ……」


 出戸の滑舌が、突如悪くなった。

 さらに徐々に彼の視線が私から外れて、右へ、左へと動き出す。

 様子が、おかしい。


「あれ、手下、ひゃく、人……なんで、連れて、きたンや……こんなに……」


 へたり込んでいた出戸が、ゆるりと立ち上がる。

 だがもはや彼の動きは人のそれではなく。

 まるで中から誰かに操られているような。


「ソウタ」

「……ああ」


 赤い魔女がぼそりと言い、兄がわかっていると返す。

 それを機に、兄と七色のプリンセスたちが、解いていた構えをとりなおす。


「俺がこっちの世界に戻ってきてから、ずっと僅かにフォトンの残滓(ざんし)を感じてたんだ」


 ぶつぶつと独り言を話す出戸から視線を外さず、兄が語りだす。


「でもそれは俺がこの世界に戻ってきた時に身体や衣服にまとわりついていたもので、大した意味はないと思っていた。俺はその残滓に期待して、ただ異世界への追憶に取り憑かれているだけなんだって」


 それはあの時、兄が私に話してくれたことと同じ。


「でも何日経っても僅かなフォトンの感覚は消えなかった。地球の大気に溶け込めば、僅かなフォトンであれば一瞬にしてほぼゼロに等しい値まで消えてなくなるはずなのに」


 出戸が、今度は上空を見上げてブツクサとなにかを唱え続けている。


「でも今、その正体がわかった」

「……どういう、意味?」

「俺と一緒に、この世界に入ってきた向こうの存在がいる」


 全員が、出戸を見る。

 するとずっと独り言を言いながら小刻みにふるえていた出戸の身体が、ぴたりと止まった。


 そして、その瞬間。


「アガ、ご、オボおおオオオオオオオオオッッッ!!!」


 出戸の口から黒い閃光が飛び出した。

 それは先程のシンディのときと同じように、はるか上空を穿(うが)ち、闇夜よりも黒い黒が空全体を覆った。

 深夜の街を照らしていた街頭や、街の灯りが、ぽつぽつと消え始める。

 あたりは一瞬にして光を失った。


「あれは……」


 白い天女プランが目を見開いて上空を見据える。

 

「そんな……嘘……あいつは」


 天を(とざ)す黒が、次第に寄り集まっていって形をなす。


「あれは倒したはずでしょ……?」


 天を覆うような巨大な体躯をした、凍てつくように黒い翼を広げた、その存在は。

 ――ドラゴンは。


「邪竜の根源……デアドラゴン……!!」


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