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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
最終章
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異世界人VSヤのつく人たち

 銃声に、一同はようやく口論を取りやめ、その音のした方を見る。

 出戸ら、ヤのつく人たちだ。

 そうだった。彼らと揉めていたのだったとようやく思い出す。

 出戸は銃口をこちらに向けながら、


「右からベッピンさんベッピンさん一つ飛ばしてベッピンさん……ってアホか!? どっから沸いて出てきた!?」


 出戸の質問に、全員が示し合わせもせずに空を指す。


「知ってるわ見とったわボケェ!」

「なんだお前。横柄だな。何が言いたい」

「その言い方なんや白いのお前ェ!」

「異世界人とはみな横柄な生き物なのだろう。ソウタもひどい」

「あら、彼は横柄なのではなく、偉大なのです。見下げているのではなく、あなたたちが見上げているのですよ?」

「ん~ていうか、自由? 無頓着?」

「わわ、わかります! 心が広くて、でもちょっぴりくだらないところにこだわるんですよね!」

「サイコパスよ」

「全員で喋んなや!? 誰がどれや!? わけわからん!! ってそこのお前は何しとるんや!?」


 出戸が銃口を向けた先。そこには兄と、その腰に抱きつく紫色のローブを纏った女の子。

 彼女は変わらない無表情で兄を見上げている。


「久しぶり。世界殺し」

「その呼び方はやめてくれって言ってるだろ……」

「じゃあ前みたいにお兄ちゃんと呼ぶ」

「あ、待てそれは――」


 兄が紫の少女の口を塞ぎ、私を見る。

 え、なにこいつ、こんな幼気な子供に「お兄ちゃん」って呼ばせてたの?

 きんもっ。


「マイペースか!? この状況わかっとるんかお前ら!?」


 奪われた主導権を取り戻そうと、銃をちらつかせる出戸。

 しかしおそらく、異世界から来た彼女たちにはそれがなにかはわかっていない。


「何あれ?」

「わかんない。すごい音がしたけれど、飛び道具かしら?」

「骨董都市ソンブラで似たようなものを見たことがある。おそらく昔から使われてる建築時に使う工具だろう。強いて言うなら鈍器か」

「ドンキで売っててたまるかッ! ちゃんと裏から手に入れた本物の銃じゃ!!」

「ウラ……あいつは死んだはず」

「ウラは一人の人間を指す呼称ではないわ。集団を示す名よ……最近は聞かなくなったけれど」

「あ、それはソウタさんと私達が倒しました」

「誰やねんそいつ! 裏言うたら裏ルートや! 表裏の裏!」

「おそらく闇市のことじゃないかしら? 正規品ではない、本来なら一般の人の手に渡らないものが売られている」

「そうやそれや!」

「待って……でもヤミイチも死んだはずじゃ……」

「ヤミイチは一人の人間を指す呼称ではないわ。あれは代々引き継がれる称号で――」

「ええわっ! それさっきやった!! 天丼かますなボケ!!」

「テンドン……テンドンもたしか……?」

「いちいち引っかかんなやお前! 赤い帽子! お前やぞ流れ乱してんの!!」


 もう誰も収集を付けられそうにない。

 そして誰がどの発言をしたのか、もう私にもわからない。

 勝手にやってほしい。


「もう知らん! 百聞は一見にしかずや!」


 苛立ちに任せて出戸が引き金に指を置く――と、もはや聞きなれた発砲音と共に、銃弾が射出される。

 私は反射的に目をつむってしまったが、どうやらそれは七人七色のプリンセスたちの間の地面へと着弾したようだ。

 とぼけていた表情を一変、彼女たちは鋭い目つきに変わる。


「……速い」

「どや、ビビったか?」

「見たことのない兵器ね……当たったら致命傷よ」

「ようやく理解してくれたか〜。緑のねえちゃん、さすがや。これ終わったらうちで働かへんか?」

「残念。黒い仕事はもうやめたの」

「ほな、言うこときかすまでやァ」


 再度引き金が引かれる。

 だがしかし、その瞬間緑色の貴婦人の間に、黄色い武闘家が割って入った。割って入ったという結果しか私には見えてない。気がついたら移動していて、銃弾は後方で倒れているチンピラの一人に当たった。


「はァ?」


 確実に当てたと思っていたのだろう。出戸は不思議な出来事にはてなを浮かべている。


「どういうこっちゃ」

「ふぅぅ……」


 黄色い武闘家が、息を深く深く吐く。

 先程まで状況にきょどって年相応に慌てふためていていた彼女は、しかし今静かな闘気を醸し出しながら、澄んだ瞳で出戸を見つめる。

 そしてゆっくりと全身を動かして両手を前に出し、おそらく彼女の扱う武術の構えを取る。

 3発。出戸は黄色い武闘家に向かって銃弾を放ったが、しかしそのすべてが彼女に当たらず彼女の脇を抜けるように、再び後方のチンピラにヒットする。

 黄色い武闘家がしたことといえば、指先を少し動かしたくらいである。


「ど、どうなってんねん!」


 驚く出戸。私にもまったくわからない。

 すると今度は、出戸の持つ銀色の銃が地面へと叩き落された。

 別に誰も叩いてはいない。ひとりでに落ちたのだ。そしてそれはまた一人でに動き出し、赤い魔女の手元へと跳ねるように移った。

 彼女はそれを物珍しげに見つめる。


「恐ろしく速い兵器……ふぅん、フォトンは使ってないみたい。この世界の武器かしら……科学技術の発達した世界。(まれ)(びと)の言う通りこの世界にはフォトンはないようね。確かにあきらかにフォトンを感じない……私達が持ち運んだものだけ? いや、僅かに感じるけれど……」

「なにしてん! 返せ! 赤いの!」

「いいけど、返したってどうせ当たんないわよ。キサキくらい武を極めた人間なら、目じゃなくて空気の流れで動きを感じ取るから。指先一つで流れを変える」

「はァ!? 意味わからん!」

「なんでも極めるとね。意味のわかんない領域に入るものなのよ……って言ってもわかんないか」

「お前いまバカにしたなァ? 赤いのお前さっきから気に食わんぞ!」


 赤い魔女はぺろりと舌を出す。


「おい、お前ら!」


 出戸が声を張り上げると、後方で突っ立っていたヤのつく人たちが一斉に銃口を向ける。

 先程はシンディが大きな体で守ってくれたけれど。

 今は私達を守るものはなにもない。


「そこまで得意気になるなら、全部避けてみんかい」


 十、二十、三十……数え切れないほどの銃が私達を捉える。

 ここで戦争でも始めるのかと思うほどで。

 私には。私なんかには、今この状況を見守ることしかできない。

 状況に身を任せることしか。

 

「ソウタ」

「なんだよ、プラン」

「少し派手にやってもいいわね?」

「……いいけど、殺さないでくれ。あと建物も地面も傷つけない。ここはあっちとは違うんだ」

「それは私じゃなくて他の愛人に言って」


 プランが棘のある言葉を吐くと、それに反発するように周囲がやいやいとまた言い始める。

 もう雑音よ雑音。環境音として処理する。


「もう誰が指揮官でもないわ。それぞれ、思い思いにやりましょ」

「承知した」

「指揮するまでもないでしょ」

「もとよりそのつもりですわ」

「はい! がんばります!」

「一番倒した人が正妻ね」

「……」


 7色のプリンセスが、それぞれに距離を取るように数歩前に進む。

 そしてその真ん中に、兄が立った。


「まさかこんなところでみんなと肩を並べる日が来るなんてな……」


 兄が天に手をかざす。すると上空からまっすぐに何かが降ってきた。

 それは黒い剣――。


「セインツブラック」


 その名を愛おしく呼び、目の前に逆さに突き刺さった黒い愛剣を抜き取る。

 そしてそれを自身の目の前に掲げた。


「圧倒する」


 兄が、駆け出した。

 それを合図にしたかのように、7色のプリンセスたちが銘々に駆け出す。

 私はその場に一人取り残され、ただ呆然と自体を眺めていた。

 男たちの怒号と、そして銃声が幾重にも重なり合う。

 しかし色とりどりの彼女たちは、まるで水を得た魚のように戦場を駆け抜け男どもをなぎ倒していく。

 金色の騎士は豪快な剣裁きで切り捨てる。

 赤色の魔女は奇怪な魔法でねじ伏せる。

 青色のお姫様は優雅にそれでいて苛烈に攻め立てる。

 黄色の武闘家は目にも留まらぬ速さで拳を打ち込む。

 緑色の貴婦人は優雅に美しく槍で敵を薙ぎ払う。

 紫色の少女は本を開いてぶつぶつとなにかを唱える。

 色とりどりの閃光が縦横無尽に駆け抜け、それはまるで花火のように美しかった。


「……インスタあげよっかな」


 絶対バズる。確実にいいねがもらえる。

 明日には朝のニュースに引っ張りだこで、私の投稿にマスコミから「この動画を転載してもよろしいでしょうか?」なんて相談が山のようにくるのだ――と、そこまで考えてはっと思考を現実に引き戻す。

 思考が停止して、すんごいくだらないことしか考えられなくなってしまった。

 まばゆい花火が止み、私は意識を前方に引き戻す。

 気がつけば。

 そこにはチンピラどもは誰も立っておらず。 

 真夜中に現れた虹は、瞬く間に男たちを地へと伏せつけていた。

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