セブンプリンセス
向けられる山ほどの銃口。
それは完全な殺意の塊で。
「キュゥ、キュウ……」
すると、静かに呼吸していたシンディが、小さくうめいた。
そして大きく息を吸う。
「キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウッッッ!!」
シンディが、天高く吠えた。
それは金切り声のようにうるさく、しかし美しく。
シンディの体が再び閃光となり天を穿つ。
「今度はなんや!!」
この世界に生きる私達にとってそれはあまりに超常現象で、私達には起こる全てを唖然を観察することしかできない。
あっという間に空は再び白く覆われる。
「面倒なことなる前に、殺せ!!」
これ以上の悪夢はゴメンだと言わんばかりに、いくつもの発砲音が光の向こうから放たれる。
私は反射的に身を縮こまらせたが、兄が私を守るように抱き着いてくれたのがわかった。
発砲音が鳴り響き、光が鎮まる。
痛くない。
撃たれたことにすら気づいていない可能性もある。
不安になって兄を見る。兄は驚いたように自分の背後、私の正面を見据えている。
そこにいたのは。
「ったく。貴様はいつ会っても争いごとの中にいるな。死神」
それは黄金の髪をはためかせる凛々しい騎士だった。
彼女は眩く金に光る剣を振るう。
「やはり稀人は大きな力は災いを呼ぶ。異世界に返して正解」
それは赤い魔女のような帽子をかぶった小さな女の子だった。
彼女は白く透き通った杖を肩に乗せている。
「でも……本当に我が夫、猛き男神の故郷、異世界はあったのですね」
それは青いドレスを纏った気品高きお姫様だった。
彼女は不釣り合いな2本の白銀の短剣を両手で逆手に持つ。
「ほほほ、本当に異世界に来たの!? 旅券とか持ってきてないんだけど!? 大丈夫かなアラガミ様!?」
それは黄色い武闘着のようなものを纏った、快活な拳闘士だった。
彼女は混乱したように両拳をあちこちへと向けて構えている。
「あーもうやだ。久ぶりの再会だってのに色気もなにもあったもんじゃないわ。ね、ハニー?」
それは緑色の瞳を瞬かせる、妖艶な女性だった。
彼女は自分の背丈よりも高い槍を地面に突き立てている。
「……すべては輪廻。すべては調和。世界殺しの許に集まることは遥か昔から予定されていたこと。驚くことではない」
それは紫のローブを纏う、希薄な存在感の女の子だった。
彼女は分厚い本を両手で大事そうに抱えている。
彼女たちは。
色とりどりの彼女たちは。
見るからにこの世界の者たちとは異なる彼女たちは。
説明を求めて兄を見る。すると兄ははるか上空を見上げていた。
まだ何か来るのか。
そう警戒して私も上を見上げると、天を白く染めていた光が収束し、一つの点となった。そしてそれがまっすぐにこちらに向かって降りてくる。
それはまるで舞い降りる天女のようで。
状況を忘れてその姿を誰もが見上げていた。
そしてそれは次第に人の姿とわかるようになり、それは――彼女はグラウンドに両足をつける。
「久しぶりね。セカンドエレメント」
開かれた小さな口から紡ぎ出された声は、思っていたよりもしっかりしていて、それでいて美しい。
それは真っ白な着物のような衣装を纏った、切れ長な目をした女性。私と同じくらいの歳だろうか。
彼女はまさに光のようだった。
「……プラン……」
「その名で呼ばれるのも懐かしいわ……」
――と、プランと呼ばれた白い少女が、突然兄の頬を打った。
銃声とは違う、もう少し小さくも痛快な乾いた音が場を支配する。
打たれた兄は、きょとんと驚いている。
「プ、プラ――」
ぱしんっ。
ぱしんぱしんぱしんっ。
合計5度、プランは兄の頬を左右交互に打ち付けた。
「な、何するんだ――」
兄がようやく反論しようと口を開くと、しかしその開いた口がぱっかりと止まる。
プランの瞳に、大粒の涙が溢れていた。
彼女は、その涙を流すまいとぐっと堪えているようだ。
それがなぜなのか私には理解はできないけれど。
「プラン……」
「まずはこの場を制圧してからにしましょう。セカンドエレメント」
「なんでその呼び方……」
兄の投げかけを無視し、プランは衣服をひるがえして反転する。
そして並ぶ6色の異世界人に向かって歩いていく。
「皆さん。敵は明白です。いざ、まいりましょう!」
「待て」
勇んで踏み出したプランの服を、剣の鞘で引っ掛けて金髪の騎士が止めた。
「な、なんですか?」
「その衣装。その顔。遥か東国のワコクの女王とお見受けするが」
「……そ、そうですが?」
「我が夫とはどのようなご関係ですか?」
今度は青いドレスのお姫様が割って入ってくる。
「わ、我が夫?」
「ええ。私はソウタと永遠の誓いを立てております」
「そ、そうなの?」
兄を見ると、兄はまるで浮気がバレて修羅場に放り込まれた男のように表情を固めていた。
「いや、その、成り行き上で……」
「つまり、ソウタは我がシュルベニア帝国の次期国王であるのです」
「いいえ。彼はワコクの将軍であり、い、いずれは……」
「いずれは?」
「待て。私を無視するな。私が言いたいのはこの場を取り仕切るのが貴女でいいのかということでだな」
「お待ちなさい。であれば、世界でも最強と名高いシュルベニアの出である私が」
「いえ、貴女には夏のパレードでお会いしたが、ただのお姫様に軍を指揮させることはできかねます。ここは経験豊富な私に――」
何やら揉め始めた。
白、金、青。
三色の麗しい女性たちが、やいやいと言い合いを始める。
話の内容は……わかるような気もするが、もう理解もしたくない。
「やっほー、プランちゃん」
「ああ、ラーちゃん! あなたも来てたの?」
「うん。久しぶり」
今度は赤い魔女。
「ラー? ラーって、あの黒塔を落とした……大魔導士様!?」
今度は黄色い武闘家が叫ぶ。
「ああ、いや、あれも稀人……ソウタとプランと一緒にだけどね」
「すごいすごいです! 私キサキって言います! ランバンで武道を教えて広めています!」
「知ってるわ。第三の目でいつも世界を見てるから。あなたのアカデミーは生徒が何万人もいるから、修行中の光景は嫌でも目に留まるもの」
「あら、第三の目ってそんないかがわしい使い方もできるのね?」
割って入るは緑の妖艶な貴婦人。
「大丈夫よ。使い方は心得てる」
「そう。だったら迷えるジプシーたちに手を差し伸べてくれてもよかったのに」
「干渉はしない。世界のバランスが崩れるわ」
「綺麗事。だから私は奇術師が嫌いなの」
「奇術と呼ぶな……失礼だけど、あなたは?」
「残念。ほかの方々のような立派な肩書はないわ。所詮私はジプシーよ。ただ幸運なことに、共に死を誓い合った主がいるけれど」
と、緑の貴婦人は兄にウィンクして見せた。
「ちょっと待って! あなたもソウタと!?」
「あら、そうよ? むしろ私が一番先じゃないかしら?」
「聞き捨てならないですわね。公式に婚姻の儀を結んだのは私でなくって?」
「待て。私だって互いに死に至るまで背中を預けあうと誓い合った!」
「女の争いは醜いわよ。そうやって形にこだわるのは自分に自信がない証拠よ」
「わわ、私は、いつかうちの国に剣技を教えに来てくれると約束してて……もももしかしたら、そこで一緒に暮らしたりなんかもって……思ってたけど……」
白、金、青、黄、赤、緑、金、青、赤、白、緑、緑、金、赤、黄、白、青……。
待って待って!
処理しきれない!
新しい情報が多すぎる!
まずは自己紹介して!
十人十色の女性たちが、異世界の女神たちがこちらを放って口論する。
それは騒がしく。それでいて華やかで。
でもその一見間抜けな様子に、今自分が置かれている危機的状況に麻痺してくる。
あれ、私ここに何しに来たんだっけ。
「無視すんなやボケェーーー!!」
もはや聞き慣れすぎた関西弁が響いた。




