終焉
夜。それはもう日付が変わる頃。
私の通う高校の校門前に、大勢の人間がたむろしていた。
そのどれもが学生ではない。素行の悪そうな、いわばチンピラと呼べる人たち。
「おい」
その中の一人が、校門に近づく人物に気が付き仲間にそう声をかける。
その一人が、吸っていたタバコを地面に捨て、つかつかと近づいてくる人物に威圧を仕掛ける。
「おい、兄ちゃん。いま取り込み中なんだよ。家帰ってシコってねろゥッ――」
チンピラの身体が突如ぐらつき地面に崩れる。
「な、なんだっ!」
「やっぱり来た」
その中の一人、あきらかに周囲のチンピラとは様相の違う、肌が白く中性的で、とてつもなく女の子に近い男――芽木が不敵に笑む。
その視線の先には、全身を黒い衣服で纏った男。
「志津香ちゃんのお兄さん……嶺創太。飲み会の途中なのに全員呼び出されるからなんのことかと思ったけど……やっぱりお前が絡んでたんだね」
「……」
「無視かよ。まあ大事な妹を辱められたんだから当然か……シューエン」
芽木の隣にいた190センチを超える台湾人の男が一歩前に出る。彼はボクサーのユニフォームに身を包み、すでに汗だくで身体から蒸気のように湯気が出ている。
「ヨカッタ。準備運動をシテオイテ」
立ちはだかるシューエンを前に、ようやく兄はその足を止めた。
「シューエンはね。お前との殺し合いを楽しみにしてたんだよ?」
「オマエはずっと本気じゃなかったロ。俺にはワカル」
そう言って、シューエンは腰を少し落とし、両手を顔の前掲げて構えを見せる。
「殴っていてアンナに手応えが無いのはハジメテだった……おそらく、本気を出せバ、俺と同じくらいは闘えるハズ」
「……」
「俺は、騙されナイ。気を緩めて、手を抜いたりはシナイ!」
刹那――シューエンが目にも見えぬ速さで一歩前に飛び出て、拳を振るう。
「っ――!」
まるで銃弾のようなそれに、しかしその拳は兄の顔を横を貫く。
兄は一歩も動かず、じっとシューエンを見据えている。
「――!」
シューエンが更に動いた。丸太のような腕を振るい、二度、三度と拳を突きつける。
以前のすました様子とは違う、明らかな殺意のこもった拳に、しかしそれは一つも当たることはない。
あまりの速さに、周囲にはその攻防のレベルの高さは伝わっていないようだったが、あからさまにシューエンの顔に汗が滲んでいる。
「シューエン……?」
唯一、芽木だけがその異常に気が付き始めた。
「悪いな。前まではこっちの重力にまだ完全になれてなかったんだ。頭では避けているつもりなんだけど、身体が一瞬遅れて動く感じ。ラグみたいな」
兄はシューエンの拳を片手で払いつつ言う。
「確かに俺が本気を出せばあんたくらいだったろうな。こないだまでは」
何を感じ取ったのか、シューエンはその身を一歩後方にずらした。
「へえ、殺気は感じ取れるのか……普通の人間にしては悪くない」
兄が一歩、前に詰め寄る。
それと同時に、風を切るような動きでシューエンの横を通り抜ける。
「え……」
シューエンが、先の男と同じように地面へと倒れる。
手足はあらぬ方向へと曲がり、目は白目を向いてる。
それを見て、ようやく周囲はその異常に危機感を持った。
「なんだ……何したんだよ!」
「打撃を7回と、急所を3箇所。念の為に手足を全部折っておいた」
「は? はあ? 今、横を通り過ぎただけ……」
「見えなかったか? だったら今度は見えやすいようにしてやるよ」
ゴッ――兄が振り上げた足が、目の前のチンピラの顔を横から打ち付ける。チンピラはまるでゴム毬のようにその体を吹き飛ばし、傍にあった生け垣の中へと突っ込んだ。
見えはしないが、生々しい人体が壊れる音が鈍く響く。
「……また、またまたあ〜」
緊張が走るその場を、茶化すように芽木が言う。
「シューエン、遊びはもういいって! ハンデはそれくらいにして立とうよ」
「無理だって。少なくとも半年はベッドの上から動けない」
「シューエン!! こっちは高い金払ってるんだよ!! 起きて僕を守れよ!! おい!!」
「……芽木くん、だっけか?」
「なんだよ」
「芽木貴彦」
「っ……」
「やっぱりそうだ。中学の時同じクラスだった」
兄の言葉に、芽木は驚いたように目をむいた。
「覚えてるよ。確か。俺と一緒にいじめられてた」
「……ちっ」
「あの時から女の子っぽくて、それが理由で標的にされてたんだよな。俺は勝手に共感を覚えてた」
「お前と一緒にするな! 僕はあんなやつらの評価なんかこれっぽっちも気にしちゃいない! お前のように負けて逃げ出してもいない!」
「そうだな。俺は逃げ出した。7年間も逃避行をしてた」
「そうだ! 今更戻ってきてなんの用だ! お前のせいでお前の家族は壊れたんだぞ!」
「それについては言い訳もないよ。俺は、家族を壊した……そして今、妹の人生が壊されようとしてる。だから俺はそれを止める。家族を守るために」
「もう遅い! いま、中では出戸さんが指揮して学校中に妹の写真をばらまいてる! 明日になればお前の妹はネットで大評判だよ! 顔だして外も歩けないくらいのね!!」
「……そうか。君も、7年間辛かったんだな」
「はあ? お前なに言って……」
「誰かを見下すことでしか自分を肯定できない。誰かを頼ることでしか自分を守れない。お前より、志津香の方がよっぽど強くてかっこいいよ」
「――っ!! 僕は! お前のそういう達観したような態度が!! あの時から大っ嫌いだったんだ!!」
そう芽木は吠える。これまでの女性的な立ち居振る舞いではなく。
彼本来のオスとしての本能を呼び覚まされたように。
芽木の怒号を合図に、周囲で立ち尽くしていたチンピラが数名、一斉に兄に襲いかかった。だがそれは、もはや説明する必要もないまでに火を見るより明らかな結果だった。
数秒後、その場で地に両足を付けていたのは、私と兄だけだった。




