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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第七章
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お兄ちゃん

 経験をしたことのないほどの高さからの急降下を終え、私は地面へと着地した。

 着地したというより、兄に抱えられて降り立った。

 地面につくと兄はまだこちらを見下ろしているヤのつく人たちを見上げつつ、さらにそこから遠くへと離れた。


「はな、して……!」


 数分間兄の小脇に揺られていたが、車も通らないような静かな道路に出て私はそう抵抗する。

 兄は私を両の脚で立てるように、ゆっくりと下ろしてくれた。

 そんな兄を押しのけ、歩き出す。

 ふらふらと力が入らない。


「おい、志津香」

「……」

「危ないぞ?」

「……」

「そっち、家じゃないぞ?」

「学校に、行かないと……私の写真が、ばら撒かれる……」

「一人で行ってもどうしようもないだろ」

「だったらどうすればいいのよっ!」


 腕を捕まれ、振り払うように私は叫んだ。

 兄は特に困った様子も見せず、こちらを見下ろしている。


「なんで、来たの?」

「……ごめん。でも、今回は暴力は奮ってない」

「本気で言ってる? 殴っても蹴ってもいないから、許されるって? あいつらが許してくれるって?」


 兄は自分の詭弁(きべん)を理解しているのだろう、反論せずに肩をすくめる。


「……志津香が、危なかったから、つい」

「ずっと見てたの?」

「……」

「私があんなことしてるって、やましいバイトして、人を騙して情報盗んで、そして騙されて、もっと大きい借金背負わされてるのを、知ってたんでしょ?」

「あと、あの北田ってやつを好きなことも」

「っるさい!」


 茶化すつもりはないのだろう。

 しかし兄が天然で付け足したそれが無性に腹が立つ。

 私は兄をにらみあげた。


「面白かった?! 今まであなたを責め続けた私が、騙されて痛快だった!?」

「……」

「謝ればいいの!? 怒られればいいの!?」

「……」

「なにか言いなさいよ! そうよ! 全部私のせい! あなたが引きこもったのも! お母さんが心を病んだのも! そして――」


 お父さんが――。


「お父さんが――」


 死んだ――。


「死んだ……ことも……」



 その時、私の心の防壁が一気に瓦解するのがわかった。



 気づいた時にはもうすでに遅く――。

 ずっとずっとせき止めていた涙が――。

 溢れ――。


「うっ……あ、わた、し……お父さ、ん……」


 私が、殺した。


「わだじが、っ、ごろ……しで……」


 ごめんなさい。


「ごめん、なざい……ごめっ、っ……」


 嗚咽(おえつ)が、涙と共に溢れ出てくる。


「全部……わだしのぜいで……!」

「やめろ」


 身体が、引き寄せられる。

 兄の強い腕力が、私を否応なしに引き寄せる。

 その力は強く。そしてその寄せた胸板はとても厚い。

 ヘッドライトを付けた車が一台、横の車道を駆け抜けた。

 すぐに沈黙が戻る。


「……離、して……」

「志津香が自分を責める必要はない。お前は間違ってない」

「いいから、離じて……!」

「嫌だ」


 兄は私を離してはくれない。彼の声が、胸板を通じて振動となって伝わってくる。


「あなたに、あなたなんかに何がわかるの……!」

「わかる! ……だって俺は、志津香の兄ちゃんなんだから」


 胸を強い刺激が襲った。

 なんだろう。不快なのに。嫌なはずなのに。

 そんなセリフ、死んでも聞きたくなかったのに……。


「家族に良いも悪いもあるかよ。迷惑もクソもあるかよ」

「……でも……!」

「俺は家族と一緒にいたいから戻ってきたんだ。母さんも、父さんも……そして志津香も。俺は、向こうの世界にいたときだって、一日だって忘れたことはなかった。俺がいるべき場所は、家族のもとだったんだ」


 兄は私をゆっくりと引き剥がす。

 そして両肩を掴んだまま、涙と鼻水で汚れた私の顔を見下ろす。

 その瞳は、とても力強くて。


「だから俺を頼ってくれ志津香」


 その声は、とてもたくましくて。


「7年間お前が一人で家族を支えてくれてたなら、今度は俺が家族を支える番だ」


 その言葉は、私の心を激しく震わせる。


「安心しろ。お兄ちゃんが守ってやる」


 それはずっと私が追い求めていた。

 かつての頼もしいお兄ちゃん。

 ずっとずっと背中を追い続けていた。追い続けたかった。

 止んだと思っていた涙の奔流が、また胸の奥から溢れ出る。


「う、ああああああああああああ……!!」


 兄の胸に、その大きな体に顔を埋める。

 こうして自分から誰かに頼り寄り添ったのはいつ以来だろう。

 

「おね、がい……」


 こうして弱音を誰かにぶつけることができるのはいつ以来だろう。



 もう止めることはできない。

 もう止める必要はない。



「助けて……お兄ちゃん…………!!」


 兄はもう一度、強く私を抱きしめてくれた。

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