ここが私の家
「シノ!」
竹井山に事務所をかまえる『カレカノ』に戻ると、事前に連絡がいっていたのかエレベーターが開くや否や、社長が出迎えてくれた。
そしてあろうことか私を抱きしめる。
「しゃ……社長?」
「よかったわ。家にもいないって言うし、あんな写真も送られてきたから心配で心配で……」
「……ご迷惑、おかけしました」
なんでだろう。私なんかただのバイトなのに。
まだ一、二回しか会っていないのに。
この人は、どうしてここまで。
「お~シノじゃん!」
「シノちゃん~!」
「見つかったんですね、シノさん!」
奥の扉から、異常をかぎつけたバイト仲間たちがぞろぞろと出てくる。
そしてみんなが私を囲むように集まった。
「みんな嶺を心配して探してくれてたんだ」
「そう、だったんだ……」
満面の笑みで私を迎えてくれる仲間たち。
それはあまりにもキラキラでまぶしくて。
胸が、熱くなる。
「シノ。私たちは何があっても味方よ。一緒に戦いましょう」
社長がそう言って私を見つめる。
ふと、『二軒目』の店長がフラッシュバックする。彼の、最後に私を非難した時の、怒りに満ち満ちた顔が。
あの人は、こんなこと言ってくれなかっただろうな。
大好きだったけど。家族だと思っていたけど。でも、今わの際ではバイトはバイトとして切り捨てるような人だった。
孤独で寒々しかった心が、急速に温められる。
凍り付いた心が、氷塊していく。
私は世間知らずだったんだ。世の中はもっと広くて、いろんな人がいて、そしてこんな私でも受け入れて仲間と呼んでくれる場所がある。
再度周りの仲間を見渡す。
元カレにこっぴどく振られた人。
離婚してシングルマザーとして働く人。
孤児院出身で、大学費用を稼ぐ人。
会社が倒産して借金を背負ってしまった人。
たくさんの人がいて、たくさんの不幸があって。私の不幸はその中のほんの小さな一つで。
みんな頑張ってる。
私だけじゃない。
「俺たちは、家族だから」
北田くんを見る。
彼は私の肩を優しく抱き寄せる。
ああ、そっか。
私の家族は、ここにいたんだ。
「私……頑張りたいです。もう一度、ここから」
「その言葉を待ってたわ! シノにはバリバリ働いてもらうわよ! 覚悟してて」
「はいっ」
もう一度、ここから頑張っていこう。
まだ死ななくていい。
まだここじゃない。
もう一度、みんなで。
「はいはい。それじゃあ無事シノも見つかったことだし、みんな解散しなさい」
社長がそう言うと、みんなはぞろぞろと奥の待機室に戻っていく。本当に私のためだけに待ってくれていたようだ。申し訳ない。
「よかったな嶺。明日からバリバリがんばろうぜ」
「……でも、どうしよ。私、今まで以上に借金が増えちゃって……このままじゃ返せない」
「そっか……。よかったら、ここ別の仕事も斡旋してるんだけど、そっちも紹介しようか?」
「別の仕事?」
「うん、そうなんだ。これまでは嶺もバイト目的だったから声かけなかったんだけど、ここで働いてる人たちの中には、別の仕事も請け負っている人がいるんだ。俺も実はそうなんだけど、それなら今の三倍からうまくやれれば十倍は稼げる」
「十倍……それって、どんな仕事なの?」
「百聞は一見に如かず。よかったら今から案内するけど来るか?」
何の仕事だろうか。
十倍ももらえるとなると、相当危険な仕事に違いない。
気軽に頷けない。足がすくむ。
「でもそれなら一年も頑張れば借金は返せるし、大学生の時にはもう自由の身だ。受験勉強を平行でやるのはしんどいけど、でも未来を勝ち取るためには今頑張るしかないと思うんだ」
「……そう、だね……うん。見てみたい」
「わかった。じゃあ着いてきて」
北田くんに導かれ、奥の待機室に向かう。
そこではまだ十人程度のメンバーの人たちが待機していて、その中にはミレンさんや仲良くしてくれる女の子たちもいる。
「あれ、どしたのシノノノ」
「嶺も奥で働くことになったから」
「まじ!? わ~お仲間!」
ミレンさんがふりふりと私に手を振ってくれる。それに合わせて他の女の子たちも笑顔で私に手を振ってくれた。
「みんなやってるの?」
「ん、ああ。この時間に待機してるメンバーは、実はさっき言った別の仕事をしてる人たちなんだ」
「そうなの……知らなかった」
「口外は禁じられてるから。でもみんながやってると思うと、少し気が楽だろ?」
「うん。なんか大丈夫な気がしてきた」
この待機室はいつも私が待機している場所で行き止まり。でも北田くんはさらに奥へと向かっていく。
すると、上から大きなスクリーンが下りてきた。
「こんなのあったんんだ。全然気づかなかった」
「普段は使わないからな。夜だけ下ろすことにしてるんだ」
そう言いながら、北田くんは傍に置いていたリモコンを手に取った。
そして天井についていた映写機に向かってそれを向ける。
すると、モニターに映像が映し出され――。
「……え……」
そこでは。
同年代の女の子たちが。
色とりどりの服を着て。
「これ、って……」
「ああ。いわゆるJKリフレってやつだよ」
北田くんは爽やかに笑ってそう言った。




