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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第七章
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親友

追い込むときはとことんと。

ツイッター▶︎飯倉九郎@E_cla_ss

 扉が開くと、お風呂上がりでお化粧を落とした愛ちゃんが迎えてくれた。


「お志津?」


 愛ちゃんは自宅に私が来るとは思ってもみなかったらしく、珍しくきょとんと驚きに固まっていた。


「……ようこそ、我が城へ」


 私の暗い表情を見て察してくれたのか、愛ちゃんは何も聞かずにそう家の中へと入れてくれた。

 結局、行き場をなくした私は何かにすがるように愛ちゃんの家を尋ねた。

 愛ちゃんなら何も言わずに、受け入れてくれると思ったから。

 愛ちゃんの家は小さな会社を経営していて大きい。幸い、愛ちゃんは母屋と繋がっている離れに住んでいて、玄関は別になっている。だからチャイムを鳴らした私を出迎えてくれたのが愛ちゃんだった。

 離れと言っても小さな納屋みたいなものではなく、立派な一軒家だ。私の住まいよりも大きい。


「じゃあそこおっちんして」


 離れの中、リビングのような空間に通された。そこはテレビやテーブルなどがあり、小さなキッチンと簡単な調理器具が揃っていた。昔ながらの家屋の外観に反して、中はカラフルなクッションや置物などが散乱しており、まるで愛ちゃんの頭の中を部屋に落とし込んだかのようだった。

 私は言われたとおりソファへと腰を下ろす。


「まーさかお志津がうちに来るなんて……あのあとなんかあったの?」


 夕刻、カフェで愛ちゃんとは別れたきりだった。

 唐突に走り去った私を、心配してくれていたのだろう。


「……うん」

「そかそか。ま、いろいろありおりはべりいまそかりだよね、世の中」


 意味はわからない。

 こんなときでも愛ちゃんのお調子者は健在で、笑えないけど少し気分が紛れる。

 愛ちゃん湯気が立つマグカップを両手に持ち、私の隣に座った。マグカップの一つを私に寄越す。


「まさかのコンポタージュ……」

「ごめん。それしかなくて。あと賞味期限も切れてるけど」

「……ありがと」


 温かいだけで癒やされる。

 私はまだアツアツのコンポタージュを口に含ませた。


「それで、なにがあったの?」


 愛ちゃんがそう優しく尋ねてくる。


「……ごめん」


 でも、私には何も言えなかった。

 言えるわけがない。

 愛ちゃんに話しても何も解決はしないし、何より軽蔑されるのが怖かった。

 愛ちゃんにだけは。親友にだけは。


「そっか。じゃあお志津、映画見る?」


 愛ちゃんがゲーム機をいじりだすと、テレビ画面ではNetflixが立ち上がり、様々な映画やドラマが映し出される。

 ふと、あ、その映画見たかったんだよね、なんて思う。

 思える。


「今の私のオススメはね〜、これかな。ウォーキング・デッド! ゾンビとの戦いと思いきや、人と人が血で血を洗う争いを見せるの! 私の推しメンはニーガンよ。敵なんだけど、カリスマ性抜群なの!」


 画面ではそのニーガンと呼ばれた男性が、バッドでアジア人男性の頭を滅多打ちにしていた。

 見るに堪えない光景に目をつむる。


「ごめんごめんご。これはさすがに空気読めないよね。もっとこう、爽快感のあるやつ……あ、これはどう? プリズン・ブレイク! 私の推しメンはケラーマンよ! 脱獄した主人公たちを執拗に追う嫌なやつなんだけど……ってこれも違うわね」

 

 愛ちゃんの趣味を心配してしまう。

 愛ちゃんはどうにか私を元気づけようとふさわしい映画やドラマを探してくれているようだった。でも愛ちゃんのマイリストに入っているのはどれもこれもホラーやサスペンスばかりで。

 私はどうにも重い頭を傾け、愛ちゃんの肩に乗せる。

 コーンポタージュを飲んだからか、体の芯から温まり少し心が休まる。


「ちょ、ちょちょ、お志津?」

「ごめん。少しだけ」

「……照れるな~」


 そう言いつつも、愛ちゃんはソファに深く座り直し、私が持たれやすいようにしてくれた。

 まるで彼氏彼女みたいでおかしい。

 でも、これが落ち着くんだ。


「今日はうち泊まってく?」

「……うん」

「先お風呂入りなよ?」

「……うん」

「ってまるでヤリモクの男みたいね」

「……知らない」


 隣でくだらないことを言い続ける愛ちゃん。

 でも今だけはそれがとても心地よい。

 喋る度に振動が伝ってくる。それはまるで睡眠に誘うオルゴールのように落ち着いてしまう。

 まぶたが、少しずつ、落ちてくる。


「……」


 その時、ふと私の視線がテレビの横のアクセサリー置き場に止まった。

 そこは愛ちゃんが付けているイヤリングや指輪など、可愛らしいアクセサリーが小さな木でできたカゴの中に散りばめられていた。

 その中のひとつに目が留まる。

 それは十字架にドラゴンが巻き付いたペンダント。同じカゴに入っている他の可愛らしいアクセサリー類とは明らかに趣向の違う。


「ねえ、愛ちゃん」

「ん? 待って。私初めてだし、まだ気持ちができてないかも」

「愛ちゃんって、十字架(クロス)とか付ける?」

「へ? 十字架(クロス)? 付けないよそんな中学生男子みたいなの。ださい」

「そう、よね……じゃあ、龍とかは好き?」

「龍? 何のはな――」

「じゃああのペンダントは誰のもの?」


 最後に私が問いかける前に、私の言いたいことに気がついたのか愛ちゃんの言葉が止まった。心地よい振動を届けていた体から顔を離し、愛ちゃんを見る。

 愛ちゃんは、テレビ画面を見つめたまま固まっている。

 私はソファから立ち上がってテレビ横のカゴの中から龍の巻き付いた十字架(クロス)のペンダントを取り出す。

 それはずっしりと重く、よく見れば傷だらけで。


「これ、誰の?」

「……お志津、私……」

「愛ちゃん、これは、誰のなの?」


 改めて愛ちゃんを見据えて問いかける。

 愛ちゃんはひどく悲しそうな表情で私を見上げていた。

 こんな顔、見たのは初めてだ。


「……ごめん。それ、お志津のお兄さんの……」


 一転、体の芯から冷めるのがわかった。

 やっぱりそうだ。

 兄が、無くなったと喚いていた例のペンダントだ。こんなダサいデザインのペンダントを、愛ちゃんが持つわけがない。こんなにダサいのに。


「私の家に来たときに盗んだの?」


 私の問いかけに、愛ちゃんは沈黙する。


「どうして沈黙するの? ちゃんと、答えてよ。違うって言ってよ」


 あの日、うちに遊びに来たとき、愛ちゃんは嫌がる私を押し切って、兄の部屋へと入った。そこで押入れを開けた拍子に、兄の隠し持っていた巨大な剣が倒れてきたんだ。そのあとペンダントが無くなったって兄が騒ぎ出して、巨大な剣の柄にペンダントをかけていたと言っていた。

 でも私はそれを見なかった。

 あの時、すでに愛ちゃんが盗んでいたんだ。

 ううん、違う。ペンダントを盗もうとして、それで剣を引っ張って倒しちゃったんだ。


「なんのために?」


 こんな、それこそ中学生男子が好みそうなペンダントに、二束三文の価値もないだろう。

 金やプラチナでできているわけでもない。

 異世界のものらしいけど、そんなもの証明はできないし、何の価値もない。


「そういえば、愛ちゃん。あの時私の家に無理矢理来たがったよね? そして兄の部屋に入りたがった。初めから計画してたってこと?」

「……」

「待って。愛ちゃん最近、私の兄のこと全然話さない。あの時まではしつこく話にしてきたのに……」


 あの日を境に、愛ちゃんは兄への興味を失くしたようだった。

 いろいろなものが、繋がっていく。

 違和感にも思わなかったことが、明確な疑問として浮上してくる。

 点と点が、浮かび上がる。


「愛ちゃん何か言ってよ!」


 うつむき続ける私の親友に、理由を問いただす。


「えっと、ね。お志津。怒らないでほしいんだけど」

「話して」

「北田の、ためだったんだよ」

「北田くんの……?」


 予想外の答えに、困惑する。


「そう。北田がね、お志津のこと好きで。そんで私は二人の間を取り持とうと思って……」

「それは、知ってる。でもだからって人のものを盗むの?」

「違う。別に欲しかったわけじゃないの。ただ、北田から、お志津のお兄さんのことを少しでも知りたいって言われて……ほら、お志津お兄さんとうまくいってないでしょ? だから、北田なりにお兄さんのことをよく知っておきたいって。二人が仲直りする方法がないかって」

「だから、それとこれを盗むのになんの因果関係があるのよ?!」

「お兄さんがどこに行っていたのかとか、何をしていたのかとか……それがわかる手がかりになるかなって……でも北田からはそんな修学旅行のお土産みたいなのだと何もわからないって言われて、だからそこに置いてたの……返さなきゃって思って忘れてて……」

「……そんなこと……」


 その時、私の中に僅かな可能性が浮かび上がった。

 それは本当に僅かな。

 しかしその浮かび上がった可能性が、一瞬にして、薄れかけた点と点とを細い線で繋ぐ。

 繋がっていく。


「愛ちゃんが……愛ちゃんが警察に通報したのね?」

「え? 通報? 何の話?」


 とぼける愛ちゃんの顔が、とてつもなく怖く感じた。


「待って、お志津。一回落ち着こ? 座って、話したい」

「やめて……」


 彼女が吐く言葉一つ一つが、汚れて感じられた。

 さっきまでは温かく優しかったその声が、仕草が。


「愛ちゃん、も、出戸と繋がってるの……? 同じように、私を……」


 すべて嘘。嘘だ。

 全部嘘なんだ。

 

「お志津……」

「近づかないで!!」


 愛ちゃんだけは味方でいてくれると思ったのに。

 ずっと堪えていた涙が、溢れ出そうになる。

 温まった身体が、真冬のように冷たくなっていた。


「親友だと、思ってたのに……」


 私は逃げるように愛ちゃんの家を飛び出した。

 後ろから叫ぶ愛ちゃんの声が少しずつ遠くなる。今、出戸や誰かに連絡を取っているのかもしれない。今の私の様子を見て、笑っているかもしれない。

 もう何も信じられない。

 誰も――。

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