そして世界は崩壊する。
「それでは、自己採点を始めます」
模試が終わり、帰りに駅舎内のカフェに愛ちゃんと入った。
「え、嘘、いや! お茶するだけって言ったじゃん!」
「お茶しながらするの」
案の定、拒絶反応を示す愛ちゃんをあしらいつつ、本日の問題用紙を開いていく。
「ダメ、二回戦は無理。体力持たない」
「ん、普通の意味よね。変な意味じゃないわよね」
愛ちゃんの発言が、いちいちエロの方向に聞こえてしまってしょうがない。
反応しちゃう私も私なんだけど。
「ん~。え、うそっ、ここ2番なの?」
スマホで解答速報を見ながらうなる。
この設問、絶対自信があったのに……。そうか、そうなのか、設問自体がひっかけだったのか。なんて意地悪なんだ。
「あ、私それ当たった」
「嘘、愛ちゃんすごい」
「その引っ掛け、設問から怪しかったから多分2番かなって」
「え、適当?」
「うむ」
「……ほめた私がバカでした」
「でもなんとなくわかんない? 問題作った人の気持ち考えるとさ。私結構当たる……ほら、ほら」
そう言いながら、愛ちゃんは自分の問題用紙をめくりつつ丸を付けていく。
正答率は6割程度か。
「見て! すごくない?」
「なにそれ、全部勘?」
「もち!」
褒められるわけがない。
「愛ちゃん、ここに何しにきたのよ……」
「まあまだ二年だし」
「もう」
なんて言いつつ自分の解答をチェックしていく。
……。
…………。
あれ。
あれれ。
あれれのれっれ。
「どうしたの、お志津?」
やヴぁい。
私真面目に答えてたのに、正答率6割強だ。
「ど、どうしたのお志津? 顔が赤くぷるぷる震えてるよ? おこ? おこなの?」
「おこじゃない」
「ででで、でも……だ、大丈夫だよ。お志津はようやく受験対策始めたところなんだし? 私塾とかでもそれなりに模試とか受けてたから、なんとなくわかったんだし……ね?」
「……ごめん、気を遣わせちゃって……」
あまりの情けなさに力が抜ける。
私はこんなにもダメだったのか。
いい大学なんて、夢のまた夢じゃないか。
――と、私の頭の上に何かが乗ってくる。見上げると、それは愛ちゃんが手でなでなでしてくれているところだった。
「まあまあ、まだ先は長いんだし、今日はパーッとお茶して帰ろ?」
「……」
ずるい。
愛ちゃんは、いつも適当でうざいのに、こういう時に妙に大人になる。
そしてそれがとても温かく心地よい。
「うん」
「よし! じゃあ私もう一杯やってくる!」
「言い方」
席を立ち去っていく愛ちゃんを見送り、スマホに目を落とす。
するとそこには、北田くんからメッセージが届いていた。
自分の心が浮足立つのが明確にわかる。もはやそれは隠せぬ感情で。
恋を知らない私でも、それが明確になんであるかを理解させられる。
うきうきしながらメッセージを開く。
「……え」
思考が止まる。
北田くんからのメッセージは一言、「これ、違うよな?」だった。
そしてそこに添付されている写真を見る。
「なによ、これ……」
それは二人の男女がある建物に入っていく瞬間だった。
まるで週刊誌のゴシップ記事のように。
顔は斜め後ろからであまりわからない。第三者が特定するのは難しい。
でもしかし、そしてそれは見知った二人で、見知った場所で。
――私だ。
それは私と根波田さんがラブホテルに入っていく様子だった。
動悸が始まり、それが一瞬にして最高潮にまで達し、激しく鳴り響く。
「どうして……」
誰が、いつの間に、なんで……。
そんな犯人捜しを始めた瞬間、背後から愛ちゃんが戻ってくるのがわかる。
「どったの?」
「え、ううん、大丈夫」
「……そう。でもお志津、顔色悪いよ?」
言われて傍にあった円柱の鏡面を見つめる。
そこには私の顔が、円柱のせいでひどく歪んで見える。
これは……私?
本当に?
私、こんな顔してたっけ?
いつもの私って、どんなだっけ。
がしゃん、と音がして現実に引き戻される。
自分のティーセットが肘に当たって落としてしまったようだ。
可愛らしい陶器が床で粉々に割れている。
「ご、ごめんなさい」
「お志津、店員さんにやってもらお? 破片とか危ないから」
「ごめんなさいごめんなさい……」
「お志津!」
愛ちゃんの声が遠く聞こえる。
すると愛ちゃんが私の手を強くつかんだ。そして顔を私に向ける。
「どうしたの? お志津、大丈夫?」
悲しげな声。
私はそんな顔をしているのだろうか。
私の顔は、醜く写っているのだろうか。
「お志津!」
耐えきれなくなり、私はその場を飛び出した。
とにかく今は誰とも話したくない。
誰にも見られたくない。
私は……私は……。
汚れてしまったのだろうか。




