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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第七章
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よーい、スタート

「お志津! おまたおまたのおまたじゃくし!」


 今日は学外での模試である。

 少し離れた駅まで赴いて、そこにある大きな専門学校の中で行われるらしい。

 模試は受験生にとって勝負の場なんだけれど、それでもまだ受験モードに入っていない高校2年の私たちにとっては、ひとつのイベントのようなものでしかなく。学外で行われるこのイベントに、すれ違うクラスメイトたちの顔もどこか浮かれ顔だった。

 そして当然、穂田(ほだ)愛ちゃんも。


「ごめそごめそ。朝出るの遅れちゃって」

「寝坊?」

「うーん、ちょっとね」


 そう顔を上げた愛ちゃんの顔を見て悟る。


「愛ちゃん……お化粧してたんでしょ」

「えっ」

「胸元もいつもよりボタン一つ開いてる」

「えへへ~。だってせっかく学外なんだし、おしゃれしたいし? いろんな学校の人が来るらしいから負けてらんないわ」

「何で勝負しに来てるのよ」

「いい男捕まえて嫁ぐのも、女の立派な生き方でしょ?」


 そうかもだけど。

 でもそっち路線で決めるには早くないかな。

 今の時代、共働きも多いんだし、自分でもある程度稼げるようにならないと。

 少なくとも私は働きたい。


「てか愛ちゃん、ほんとにうちのあれはもう冷めたのね」

「うちのあれ?」

「あれよ、ほら、こないだ戻ってきた」

「……あー、あー! お兄さんね! いやいや、お兄さんはお兄さんで狙ってるんだけどね? ただ一つに絞る必要はないっていうか、いろいろ候補を作ってもいいかなって」

「なにそれ、ひどい」


 まあ兄なので、どうでもいいと言えばどうでもいいんだけど。

 でも腐っても家族なわけで。


「いやいや、待って。ちょ待ってよお志津! 違うの! ほら、正直あんまり相手されてないし、できちゃったらできちゃったで、お志津も困るじゃんのすけ?」

「じゃんのすけって……じゃんのすけだけど」


 ともかく、飽きたんだなとわかった。

 女心は秋の空というけれど、愛ちゃんは基本的に惚れっぽくて冷めやすい。


「そんなことより、お志津はどうなのよ?」

「どうって?」


 模試の会場が見えてきたところで、愛ちゃんに肘で小突かれる。

 正面を見遣ると、かたまった男子生徒たちが会場に入っていくのが見えた。

 その中に、北田くんの姿をとらえる。


「どどど、どうってなによ」

「お志津恋愛処女でしょ?」

「は、はあ!?」


 その言葉を親友から聞かされることになるとは。

 フラッシュバックしてしまった。


「今まで好きな人なんていなかったでしょ?」

「いないわよ! 今もいない!」

「う、そ」

「もうやめてって!」


 熱くなる顔を冷ますように手で仰ぐ。


「違うの。まだそういうんじゃなくて……」


 なんていうか。


「好きとかそういう感情は、わからなくて……でも自然と目で追いかけちゃうってだけで……」

「お志津」

「な、なに?」

「か~わ~い~い~!!」


 むぎゅりと抱き着かれる。

 いちいちコミュニケーションが濃い。

 ていうか香水くさい。


「は~な~れ~て~!」

「無理! 愛おしすぎてフル勃起!」

「朝から何言ってんの!?」

「私に任せて! ねっとりじっくり愛撫してあげるから!」

「何の話してるのよーーー!」


 朝からお盛んな愛ちゃんであった。

 そのままちょっかいを出してくる愛ちゃんをあしらいつつ、会場に入る。エレベーターであがり、狭い廊下を進むと、指定された教室が見えてくる。

 途中様々な制服を着た他校の生徒も見かけたけれど、ここは私たちのクラスメイトだけの部屋のようだった。なれない場所で緊張していたけれど、少しだけほっとする。

 受験票に書かれた自分の番号を探し、その席につく。

 学校の机と違って白くて冷たさを感じる。

 でもなんというか、新しい世界みたいで気が引き締まる。

 すぐに試験管と思われる人が3人ほど入ってきて、感情のこもらない声で説明をはじめる。高校受験の時と同じ感じだ。

 ある意味で、成績だけがものを言うシビアな世界。

 私は、今日からここで戦っていく。

 みんなと同じ、舞台の上で。


「それでは秒針が12になったら始めます」


 試験管が時計を見下ろす。

 全体に緊張感が走る中、私はふと何かが動くのを目の端にとらえた。

 斜め前方を見ると、北田くんが鉛筆を試験管に見えないようにふるふると振っていた。気づいた私と目が合う。

 彼は口パクで何かを言った。

 それはきっと、「がんばろうな」と言っているのだとわかった。

 それだけで、まるで神様の加護を受けたかのように凛と強くなれる。内側から、やる気があふれ出てくる。

 秒針が12に近づいていく。

 私は正面を見据え、小さく深呼吸した。


「やるぞ」


 試験を始めるチャイムの音が鳴り響いた。

 よーい、スタート。


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