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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第七章
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幸せな

「お母さん、ゆっくりね?」

「ちょっと、介護老人じゃないんだからやめて」


 母が家に帰ってきた。

 例の事件から精神を病み、そこから体調を崩して休養していた。ただ母の入院は主に念の為という意図が大きく、決して介護を受けるレベルのものではない。

 ないんだけど、なんだか丁重に扱ってしまう。

 そもそも病院でほぼ毎日会っていたし、健康的な食事をしていたからか肌の色も良い。


「母さん、おかえり」


 タクシーから降り、母と一緒に家に入ると兄が出迎えてくれた。


「今、晩ごはん作ってるから、ゆっくりしててよ」

「そんな特別扱いしないで。居づらいわ」

「いーからいーから」


 私が後ろから背を押して母を家に押し込む。


「久しぶりの我が家ね。なんだか泣きそう」


 母は部屋を見渡しながら感慨深げに言う。

 特に母が入院する前から変わってはいないのだけれど、母には特別なものに見えたのだろう。


志津香(しつか)、牛乳買ってきてくれたか?」

「少しくらいホッとさせてよ。はいはい、買ってきたわよ」

「サンキュー。あ、そこ宅配届いてたから置いといたぞ」

「ありがと。多分ネットで買ったやつ」

「何買ったんだ?」

「部屋の芳香剤をね。この家古くて変な匂いするから、定期的に買ってるの。まとめて買うと安くて」

「なんだ。そんなことなら消臭剤、作ってやろうか? 強力なやつ」

「え、そんなことできるの?」

「俺は消臭剤で異世界で無双したからな」

「たしかに中世とかだと重宝されたかも」


 なんて適当な会話をしながらリビングのソファに視線をやると、座っていた母が微笑ましくこちらを見つめていた。


「どうしたの? 早く着替えたら?」

「ううん。いつの間にか二人共仲直りしてて、私嬉しくって」


 言われてからハッとする。

 最近はこうやって当たり前に会話していたから、特に変だとは思っていなかった。


「そ、そんなんじゃないわよ!」

「志津香〜、牛乳〜」

「机に置いてるから勝手に使って!」

「うふふ。なんかまるで、昔に戻ったみたい……お父さんがいたら、喜んでくれたわ」


 そう最後は掠れるような小さな声で言って、母は窓から外を見つめていた。


「じゃあ私も明日から頑張らなくちゃね!」

「お母さんはもう少し休んでよ」

「だめよ。朝川さんにご迷惑かけっぱなしだし、今月の振り込みもそろそろでしょ?」

「それなら大丈夫。多少蓄えはあるし。それに私も新しいバイト始めたし、この人も今や契約社員なのよ?」


 調理場に立つ兄を視線で指す。


「契約社員? そうなの? すごいわね! なんの仕事なの?」

「ああ、そうなんだ。仕事はBLぼ――」

「あーーーー! 確か本屋さんの倉庫作業よね?」


 正直に話そうとする兄を遮って、代わりに言う。


「お母さんまた倒れちゃうでしょ」

「すまん」


 小声で兄とやり取りして釘を刺す。


「そうなの。じゃあうちも少しは楽になるわね」

「そういうこと」


 それに実は、借金が帳消しになったのよ――そう言ってしまうべきか、迷う。

 決して望ましい手段ではなかったし、母にさらに心労をかけてしまうと思った。それに、私がしたことを、私自身が恥じているから。

 なんて話せばいいのか。納得してもらえるのか。納得できるのか。

 とにかく、いまではないことは確かだった。

 しばらくは様子を見ようと思う。母が元気になる日まで。

 そう遠くない未来で、喜びを分かち合えるように。

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