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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第六章
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サムズアップ

 繁華街をしばらく走ると、ショッピングセンターなどが立ち並び夜だというのに眩く光る交差点に出た。人通りも多く、根波田(ねはだ)さんに見つかることもないだろう。

 そこから地下に入り、家の最寄り駅まで直通の地下鉄へと乗り込む。

 電車の扉が閉まって動き出し、私はようやく一息つく。


「……濃すぎた」


 今日は本当に。

 人生初のラブホテルもそうだけど、男の人にあんなことされるのもそうだし、なにより最後狩里(かり)さんが登場したのが濃い。

 天下一品のこってりよりも濃い。

 濃すぎて、胃もたれだ。

 残すから残飯として廃棄処分してほしい。きちんと高熱処理してもらって、灰にして。

 ていうか狩里さん、ストーカーよね。

 始終私を監視してたってことよね。

 めっちゃ怖いんだけど。

 社長に言っといた方がいいかな。もう二度と会わない方が良い気がする。このままだと日常生活にまで入り込んできそうだ。

 電車に揺られながら、スマホを取り出す。きちんと動画が撮れていることを確認し、それをメールに張り付けて出戸(でと)さんに送る。

 ――と、送信ボタンを押す手前で止める。

 良心の呵責(かしゃく)がないわけではない。このボタン一つで、私が知らない何かが変わってしまうのだ。誰かが迷惑を被り、誰かが悲しい思いをする。

 すでに私は根波田さんに迷惑をかけているわけで。あの人自体は悪い人ではないはずだ。ホテルの中までついていった私が悪い。

 私は悪にまみれてしまった。

 いつのまにか。

 でも言い訳はできない。

 自分の自由を、未来を勝ち取るために、何かを犠牲にしなければいけない。

 それをわかっていて、この件に応じたのだから。


「何をいまさら……」


 えいや、とボタンを押す。

 送信中を告げる輪っかがぐるぐると回り始め、進捗を示すゲージが左から右へと溜まっていく。

 そして、「送信完了」の文字が出た。


「……」


 しばらくすると、メールが届く。

 見るとそれは出戸さんからで、本文にはサムズアップの絵文字がぽつんと置いてあった。どうやら動画は無事届いたようだ。

 すぐに二通目のメールが届く。


「ご苦労さん。ほな約束通り」


 と、添付されていた動画を見る。

 すると、先日私に見せた借用書を出戸さんがライターで火を点けていた。紙はあっという間に燃え尽きて、それはただの黒い灰となった。

 こんなにも、あっさり。


「はあ……」


 何かが抜け出るように、大きなため息が出る。

 思っていたよりも、解放感なんかはなかった。

 人生が変わった感じはしなかった。

 私を苦しめていたものが、ただのあんな紙切れ一枚で、そんなものが燃えたところで実感が湧くはずもなく。


「そうよね。これから、よね」


 変わるんじゃない。変えるんだ。

 私は今、ようやくスタートラインに立てたのだ。

 恥ずべき汚点ができたかもしれないけれど、でもここからそれを挽回していけばいい。いかなきゃいけない。そしてもし、万が一、謝罪できるチャンスがあれば、迷惑をかけた人たちに謝ろう。

 立派な大人になって。

 そこまで考え至って、すぐにまぶたが重くなった。

 目を開けているのも、しんどくて。

 全身が、休むことを、望んで……。

 意識が……途絶えた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 決心のところで  そいつの持ってる携帯をうまいことパクッてほしい。なんでかは知らん方がええ。  とりあえず携帯盗んで――スマホちゃうでガラケーな――その中にあるメールを見てほしいねん…
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