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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第六章
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ラブホテル レッツプレイ

 まるでファンタジー世界がそこには広がっていた。

 一瞬、異世界にでも迷い込んだかと思った。

 必要以上に豪奢なエントランスに入り、いくつもの部屋の写真が並ぶ巨大なスクリーンを前に立つ。


「どの部屋がいい?」

「え、いや、どこでも」


 そんなことより早く選んで。どうせ何もしない。

 あからさまにこちらを視ている監視カメラから顔を隠す。未成年だとばれたら厄介だ。


「じゃあ、今回はここかな」


 そう楽し気に、根波田(ねはだ)さんは一つの部屋を選んだ。するとスクリーン上の矢印が光りだし、私たちを誘導する。

 私たちはその電光掲示の誘導に沿ってホテルの中を歩いていく。まだ一人も他の人間と出会ってすらおらず、ラブホテルという閉鎖的な空間の中での、来客への執拗なまでの配慮がうかがえる。


「よく、こういうことされてるんですか?」

「まあたまに。声かけてみて、嫌がったら帰る。僕も歳だからね、20代ほど盛ってはいないよ。って、シノちゃんは初めて?」

「はっ、初めて、ですけど……」

「そうなんだ? やったね」


 そうこう話しているとある一室の前にたどり着いた。

 その扉の上の電灯がちかちかと点滅している。

 入る。

 中は思っていたよりも、見たこともない未知の世界ではなかった。確かに色合いは派手ではあるけれど、基本的に旅行先などで泊まるホテルなんかと違いはない。

 強いて言えば入ってすぐの壁に券売機のような機械が埋め込まれていたことと、異様に大きなベッドが鎮座していたことが真新しかった。枕元には何やら怪しげなものも置いてある。


「どうしたの、緊張してきた?」


 立ち尽くす私を見て根波田さんが笑った。


「い、いえ……」

「カバン、そこ置いたら? 先お風呂入る? それとも一緒に?」

「それは……」

「やっぱ緊張してるね。大丈夫だって、無理矢理はしないし」

「そういう意味じゃ……」

「まあ10代だとそんなものなのかな。セックスなんてたかがセックスだよ。大事な人と大事な時に、なんて20歳越えたらピュアすぎて笑えてくるようになる」

「……」


 やばい。初めての空間とそこが持つ異様な空気感にあてられたらしい。頭がうまく回転しない。そう必死になんと応対したものかと思考を巡らせていたら、根波田さんが目の前に立っていた。

 そしておもむろに私に手を伸ばしてきて、私の体を抱きしめる。

 驚きのあまり、体が動かない。


「大丈夫。安心して」


 そう、トーンを落とした声でささやく。

 そしてあろうことか、私のお尻を両手でぎゅうとつかみ出した。


「ちょ、ちょっと待って!」


 反射的に相手を跳ね除ける。

 電気のように走った不快感に体が考えるよりも先に動いた。

 少し困ったように驚く根波田さんの顔をまともに見れず、


「さ、先にお風呂入りますね!」


 それだけ言って傍にあった扉を開けて中へと入った。

 小さな脱衣所があり、洗面台にはたくさんの美容グッズがそろっていた。その傍の扉を開けば、私の部屋ほどはありそうな大きな浴室が広がっている。


「シノちゃん、カバンと服は?」

「だ、大丈夫です!」


 何が大丈夫なのかはさておき、ひとまず動機息切れを落ち着かせる。

 キューシン、キューシン。


「落ち着け志津香」


 小さく言って顔を軽く叩き、気持ちを落ち着かせる。

 ここは戦場だ。私は戦に来ているんだ。

 一秒たりとも気を抜くな。


「とはいえ、ポーズは大事ね」


 そう思い、私は先程買ってもらったスカートを脱ぎ、一枚ずつ衣服を脱いでいく。

 生まれたままの姿になったら、浴室へと入る。本当であればこの広い空間を有意義に使いたかったが、そんなことをしている場合ではない。髪の毛や顔は濡らさないよう首から下だけシャワーをかけてさっと流す。

 少ししたらシャワーを止めて、脱衣所に備えてあったタオルで体を拭き、もう一度服を着なおす。一度脱いだ衣服を、お風呂に入ってもう一度着なおすというのはなかなかに気持ちが悪い。

 脱衣所を出ようとして、洗面台の上にある美容グッズに目が留まる。


「せっかくだし」


 泥棒みたいで気が引けるけれど、アメニティの類は持っていっても罪はないだろう。

 こんな状況でそんな貧困魂を発揮させる自分に我ながら感心する。

 サササと、アメニティ類をカバンに押し込んで、脱衣所を出た。


「お待たせしました」

「うん……ってあれ、バスローブじゃないの?」

「え? あ、あー、恥ずかしいので」

「そうなんだ……変わってるね」

「根波田さんが入っている間に着替えます……」

「そう。ならいいけど。じゃあ次は僕が入ってくるね」


 入れ違いで脱衣所に入る根波田さんを見送り、ほっとベッドで一息つく。

 ふかふかだ。

 なんとなく点いていたテレビを見た瞬間、あまりの光景に目を疑った。


「なななななな! なにこれ!!」


 流れていたのは、いわゆるエッチなビデオだった。

 内容は……説明できない。いや、説明したくない。

 慌ててチャンネルを探す。テーブルに置いてあった3つくらいあるリモコンの1つを取るが、テレビは消えない。2つ目も消えず、3つ目でようやくテレビが消えた。


「なんでこんなにリモコンがあるのよ」


 興奮する心臓を抑えながら倒れるようにベッドに横になる。

 枕元にあった小さな袋が気になって中を取り出してみると、それは白くて長い棒状の何かだった。なんとなくスイッチを入れると、先端が激しく振動し始める。


「マッサージ器かな」


 癒しグッズも満載なようだ。


「ってこらこら」


 物珍しさに浸っている場合じゃない。

 自分の目的を忘れるな。部屋を見渡すと、ソファに警戒心なく根波田さんのカバンが置いてあった。

 浴室からシャワー音が聞こえるのを確認しつつ、カバンを漁ると、あっさりと先程と同じスマホを発見する。同じようにパスワードを入力して中を見るが、当然だがメールアプリは顔認証機能があって中を覗けない。


「どうしよ」


 どうにかして根波田さんの顔を手に入れなければいけないけれど。

 それはやはり、眠っている時しかありえなくて。

 でも眠るといえば、それはもう行為を終えたあとで。


「ぶるぶるっ」


 一瞬行為を想像してしまい、頭を振るって吹き飛ばす。

 清潔感があるとはいえ、あんなおじさんとキスもしたくない。


「かといって、睡眠薬なんてないし」


 すると、浴室からシャワーを止める音が聞こえてきた。

 まずい。もう時間がない。

 志津香。ここが正念場よ。ここを切り抜けられないで、どうするの。

 何か。何かひらめきを。

 その時ふと、根波田さんのカバンから飛び出た長財布が目に入った。それを取り、中を確認する。万札が何枚も入っていて、カードはゴールドだ。

 カードを盗んで来いだったら、どれだけ楽だったろうか。


「保険証に免許証、事務の会員証にスーパーの会員証……」


 どれも使えそうにない。そもそもこれを確認することにどんな意味があったのか。


「志津香ちゃーん。もうちょっと待っててね」

「は、はーい」


 脱衣所からの声。

 もう体を乾かし始めているところだろう。


 ――その時、一瞬のひらめきが頭をよぎった。


 私は半信半疑で先程の長財布を取り出し、中からさっき見つけたある物を引き出した。

 そう、免許証を。


「もしかして」


 メールアプリの顔認証のところまでいき、そして免許証にあった顔写真にインカメを向ける。すると――


「入った」


 心臓が尋常じゃないほどに跳ね上がる。

 思い付きだったが、まさかこんな方法で顔認証が突破できるとは思わなかった。

 それと同時に、脱衣所からドライヤーの音が響いてきた。

 慌てそうになる心を落ち着け、メールを閲覧していく。


「…………あった」


 出戸(でと)さんから聞いていた会社の名前があった。

 それを開き、内容の吟味などせず、片っ端からそれを自分のスマホで撮影していく。写真ではなく動画でだ。


「多いわね」


 予想以上にメールが多い。

 ずいぶんとやりとりをしているようで、きちんとは読んではいないけど――読まない方がいいと出戸さんに忠告された――膨大な金額がいくつか散見された。

 ドライヤーの音が止まる。

 まだ、メールは残っている。


「もうちょっと……」


 脱衣所のドアノブが動いた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「へ?」

「あの、その、今ちょうどバスローブに着替えてて……」

「いいじゃんどうせ脱ぐんだし」

「でも、その、ほら、やっぱり雰囲気は大切にしたいなって」

「…………そっか。だよね。終わったら声かけて」

「はい」


 危ない。

 なんて綱渡りだ。

 もう破裂しそうな心臓をなんとか抑え込み、残りのメールを撮影していく。

 終わった。

 もう、件のやりとりに関するメールは見つからない。

 私はスマホを閉じて長財布と一緒にカバンにしまいなおす。


「まだー?」

「い、今下着脱いでて」

「ひゅ~。いいね~。腰が動いちゃう」


 変態オヤジだ!

 少しはいい人だと感心していたのに、幻滅だ。何が家族を愛しているだ。嘘つき! ケダモノ!

 私は自分のカバンを取り、こっそりと部屋を後にする。しかし靴を履き外に出ようとした時、扉が開かないことに気が付いた。


「そんな……どうして」


 何度も扉を引っ張るが開かない。

 意味が分からない。


「横の精算機でお金払わないと出られないんだよ。知らなかった?」


 どくり、と心臓が脈打った。

 振り向くと、上裸の根波田さんがこちらを見つめていた。

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