ラブホテル
時は刻一刻と過ぎていく。
あっという間に陽は傾き始め、楽しい時間の終わりを告げる。
根波田さんが購入した私との時間は6時間だった。昼の12時から、夜の18時まで。およそあと30分弱で終わってしまう。
私はまだ、メール情報を抜き出せていない。そして抜き出す隙も見つけられない。
「もうこんな時間か。早いねー」
「ですね。もっと二人の時間があったらいいのに」
「お、なにそれ営業? うまいね」
「違いますよ。根波田さん、楽しいですし」
スマホの中を覗くために隙を探る時間が欲しい、とは言えるわけがない。
「嬉しいなー。でも6時間で設定しちゃったしな」
「延長とかもありますよ」
「延長か……でも何かしたいことある? 晩御飯もさっき食べたし」
「それは……カラオケとか?」
「カラオケか、いいねー! でも個室はダメなんでしょ?」
「え、そ、そうなんですけど……でも私、歌いたいです。根波田さんなら、信頼できるし」
「そう? 嬉しいなー。じゃあ僕いいとこ知ってるよ。ゆっくり休みながら、カラオケできるとこ」
そう言って根波田さんが先導してくれるままについていく。
私は心の中でふうと額の汗を拭う。カラオケなら、トイレに行った隙なんかができるはずだ。その時にでもこっそりと……。
「ここだよ」
「え」
デジャブだ。
同じリアクションを、この間した。
「こ、ここって……その、ラブホテルじゃ……」
「そうだよ?」
「そうだよって……カラオケですよね?」
「知らないの? ラブホは中にカラオケがあるんだよ」
知らないけど! そうなんだ!
とはいえ、いくらなんでもここは……。
「あ、ごめん。延長で個室に乗り気ってことは、お小遣い希望の子かと思って」
「お小遣い希望?」
「そう。デート料金とは別に、ホテルでエッチしてお小遣いもらう人のこと……ごめん、違った?」
「ちが――」
――います。
そこまで言いかけて、言葉をせき止める。
これはもしかしなくても、最大のチャンスなのではないだろうか。ホテルに入れば、お風呂も入るし、スマホも手放すだろう。寝顔であれば、顔認証も突破できる。
でも。
でも――。
「どうする? 嫌ならちょうど18時前だし、このまま解散するけど」
返答にためらう。
この扉の向こうには、未知の世界が広がっている。未知数が渦巻いている。
でも、そこには確かに光があって。
私の人生を決める、唯一無二の奇跡はそこにしかなくて。
「お、お願いします」
私は感情をすべて押し殺し、理性だけでそううなずいた。




