策士策に溺れる
現れた男は、私の父親程の男性だった。
場所は府内で一番の繁華街で、外国人観光客でごったかえすところ。このサービスの利用者には珍しく、男性は待ち合わせ場所にスタバを指定していた。私が入ったときにはコーヒー片手に、新聞を読んでいた。
「あーこっちこっち。よろしくね」
余裕のある表情でそう挨拶してくれたのは、根波田さんという隣県にある建設会社の社長だった。スーツというわけではないが、小綺麗な恰好をしていて不快感はない。髭も生えているが無精髭というわけではなさそうだ。
「シノです。今日はよろしくお願いします」
「丁寧にありがと。こっちこそよろしくね」
終始丁寧な様子でそう対応され、恐縮する。
ロリコンでこういったところで遊ぶのが好きだと聞いていたけれど、一見そうは見えない。薬指を見ても、立派に家族を養い育てる父親に見える。
「大体こういうのは隣県に仕事で来た時に遊ぶんだよ。地元だと家族とかに見られる危険性もあるから」
「……失礼ですが、ご家族もいるのに、どうしてこんな遊びを?」
「それ聞く? あはは、まあいいんだけど。とかく癒しかな。活力って言ってもいい」
「活力?」
「そう。歳食ってくるとね、どうしても考え方とかが古くなってくるし、周りの人間関係も固定されちゃって刺激もなくなってくる。だからこうやって無理やり若い子と繋がりを持って気持ちをリフレッシュしておくと、思考が柔らかく保たれて生きてるって感じがするんだ」
「そう……ですか」
「今絶対言い訳だと思ったでしょ」
「いえ、そんな」
「いいのいいの。でもね、これでも家族は愛してるんだ。見て」
そう言って根波田さんが差し出したスマホの画面には、可愛らしい二人の娘の写真が写っていた。
「可愛い」
「でしょ? もう可愛くて可愛くて」
そう破顔して笑う。
それはきっと偽りじゃなくて。
それくらい、見たらわかる。疑心暗鬼で生きてきたからこそ、人の顔から判断できる心理については一家言ある。
「シノちゃんは好きな人いないの?」
「え……どうなんでしょう」
「それってもういるってことだよね。ほら、今思い浮かべた人」
びくりと心臓が跳ねる。
まるで心を覗かれたようで。
「顔真っ赤にして……いいねー青春。僕には疑似恋愛が限界だよ」
「そうですよ。今は根波田さんの彼女なんですから」
「そうだった。じゃあ行こうか」
スタバを出て街を歩く。最近の流行り病の影響からか、観光客の姿は少なく感じる。
その後のデートはとても落ち着いたものだった。
余裕のある大人のエスコート。
もはやデートというより、父と娘の休日のようだった。根波田さんはお金に余裕もあるのか、あらゆる場所でよいものを与えてくれ、私を、彼女を満足させてくれた。
一緒にいる様子は本当に心を許した家族のようで。
父のようで。
「おっと、電話だ」
立ち寄った服屋さんで、好きなもの選んでいいよと言われて遠慮気味に私が衣服を物色していた時、根波田さんはそう言って電話を取った。
「はい。うん、うん、あーそれ、じゃああとでメール送っといてくれます? そう、確認しとくんで」
その言葉に、一気に現実に引き戻される。
自分の今日の役割を思い出す。
「根波田さん、仕事ですか?」
「ん? ああごめんね。今契約進めてる会社なんだけどね、これでいいかー、あれでいいかーって逐一確認してくるの」
「心配性なんですね」
「まあ大きな案件だからね。慎重になってるんだと思う……ってこんな話より、いい服あった?」
「やっぱり申し訳ないです」
根波田さんがポケットにスマホをしまうのを観察しながら答える。
でもこんな良い人から、情報を勝手に抜き出すなんて。
そう考えてしまう自分の頭を振って弱気を吹き飛ばす。
出戸さんも言っていたが、根波田さんの取引先が代わるだけで、根波田さん自身に迷惑が掛かるわけじゃないらしいから。
今やり取りしてる相手も、同業者らしいし、同情の余地はない。
私はあのスマホから情報を抜き出して、そして借金をチャラにするんだ。それだけでいい。そのあとのことは知らない。
今日、ここで、すべてのマイナスを返してゼロにする。
そして再スタートするのだ。
普通の女子高生として。
「根波田さん、よかったら根波田さんも何か買いません?」
「え? 僕はいいよ」
「でも、このスキニーパンツとか、似合うと思いますよ」
「えーちょっと若すぎでしょ」
「そんなことないです。最近は若い見た目のお父さんも多いですし、娘さんとかもその方が嬉しいと思いますよ」
「……そうかな?」
「絶対です」
「ん~」
「彼女のお願い、聞いてくれないんですか?」
とどめの一撃のつもり。
しかしそれは意外と効果があったのか、根波田さん少しきょとんとした後大きく笑い、
「だったらしょうがないなー」
そう言って私が差し出したスキニーパンツを手に取ってくれた。
「その代わりシノちゃんも選んでよ」
「わかりました……じゃあこれにします」
私は適当にそばにあったミニスカートを選択する。
え、短っ。
「いいね~! じゃあ買いに行こうか」
「え、し、試着しないんですか?」
「試着? あーそっか、シノちゃんはサイズ合わせないとダメか」
「はい。これちょっと短いかもなので」
「よし。そうだね、だったらフィッティングしよう」
根波田さんは紳士にも私のミニスカートを持ってくれて、そのままフィッティングルームへと向かった。スタッフに声をかけ、フィッティングルームの一つへと通される。根波田さんはもう一つの部屋へ入ろうとし、
「じゃあね」
「ま、待ってください」
「どうしたの?」
「私が着替えるんで、見てもらっていいですか?」
「ん? あーそっか。そうだよね。カップルってそういうことするよね」
「はい。客観的に見てほしいっていうか」
「オッケーわかった。先に着替えてよ」
了承を得て一人中に入る。
カバンを下ろし、ロングスカートを脱ぐ。目の前の全身鏡に写った下半身だけ下着姿の自分はとても滑稽に見えた。モデルさんってどうしてあそこまで様になるのだろう。
そんなことを考えながら、適当に選んだミニスカートを着用する。
「さすがにないかな」
こういうスカートは普段履かない。
いくらなんでも短すぎるだろう。これじゃあ痴女じゃないか。
「シノちゃん? どう?」
外から声を掛けられ慌てる。
正直見られたくない。でも根波田さんを無理なく着替えさせるには、私がここで逃げるわけにはいかない。
私は何度か下着が見えていないか確認してから、カーテンを開いた。
「は~。様になるねえ」
根波田さんは私の足を見つめながら感嘆とうめいた。
恥ずかしい。そんなにジロジロ見ないで。
「足長くて綺麗だし、めちゃくちゃいいよ。今日それでデートしよ」
「え、いや、それはちょっと……」
「えーいいじゃん。お願い」
「足が寒くて」
「彼氏のお願い、聞いてくれないの?」
仕返しされた。策士策に溺れるとはこのことか。
「わ、わかりました。その代わり、根波田さんも早く着替えて見せてください」
「やった~! 活力がもりもり沸いてくるよ!」
そう喜々とフィッティングルームに入ろうとする根波田さん。
「ちょっと待ってください。カバン、預かりますよ」
「え、いいよ中で置いとくから」
「結構狭いんです。それに、ズボン履き替えるとしたら、結構動くだろうし」
「そう?」
「それに……私、ちょっと恥ずかしくて」
そう狙ったように椅子に座って股間をもじもじさせる。
ミニスカートのせいで、椅子に座ったときの▽ゾーンがとても危うい状態になっているのだ。つまりその上にカバンを乗せて隠したいという意思表示である。
我ながら、なんてくだらないことを思いつくのだろうか。
しかし怪我の功名とはよく言ったものだ。
根波田さんは少し▽ゾーンを見つめた後、
「そうだね。じゃあこれで隠してて」
そうカバンを渡してくれた。
「スマホとお財布も預かりますよ。スキニーだとポケットとても狭いですし」
「え、いや、これこそ床に」
「預かりますよ」
ここはパワープレイだ。
私は満面の笑みで根波田さんを見つめた。
「じゃあ、これ」
根波田さんは議論の余地もないと観念したのか、スマホを渡してくれた。
計画通り……!
そう心の中でにやける。
私はカーテンが締まりきるのを確認し、さらに根波田さんがベルトを緩める音を確認して預かったスマホに目を落とす。
「あれ、これ細すぎない?」
「スキニーはそんなものですよ」
「そうなのかな?」
適当な返事を返しつつ、スマホの中身を確認する。
実はパスワードは事前に確認しておいた。そこは抜かりない。パスワードがわからなくて見れないなんて初心者じみたミスはできない。
私の人生が掛かっているのだ。
「えーっと、メールアプリは……」
「どうかな、やっぱちょっときつくない?」
私がメールにたどり着く前に、無慈悲にもカーテンが開かれる。私は瞬時にスマホをカバンの裏側に隠した。
根波田さんは黒のスキニーパンツをはいていたが、確かにぴちぴちだ。もう、なんていうか、言葉にはしないけど、あれが、もっこりが、もうもっこりしていた。
あまりの狭さに悲鳴を上げているようにも見える。
根波田さんも気になっているのか、ちょいちょい股間を触る。
「そんなものですよ?」
「うそっ、これやっぱり変じゃない? だって、ほら、こんなに……」
「それがかっこいいんですよ」
「そうなの!?」
「はい。おしゃれでいて男性を感じさせる、そんな印象のコントラストが流行りです」
パワープレイその2だ。
根波田さんは、「そうかなあ」なんて首を傾げながらカーテンの向こうに消えていった。
セカンドフェーズスタート。
山ほどあるアプリの中からメールアプリを見つける。
「嘘……」
しかしその先、メールのアプリを開こうとしてつまづいた。
まさかここにまでパスワードが掛かっているなんて。しかもこれは顔認証のタイプのやつだ。思っていた以上に用意周到だ。
でも一つの会社を預かる長なのだから、情報を守るためにはこれくらいするのか。
どうすれば、どうすればいいの。
「なんか慣れてきたよ。いい感じ」
カーテンが再び開き、詮索タイムの終了を告げる。
私はベルトの音が聞こえた時点で、スマホを閉じてカバンにしまいなおしていた。
そして何知らぬ顔で根波田さんと向かい合う。
「本当に似合ってますよ」
私はそう、こちらを睨みつけるもっこりさんに向かって満面の笑顔を向けた。




