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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第六章
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父と娘

 その車は新しいのか、新車独特の匂いが車内に充満していた。

 助手席の座り心地は異常に良く、まるで高級ソファにでも座っているようだった。このまま長時間ドライブにでも出かければ、きっと私は途中で眠ってしまうと思う。

 隣が、心を許せる人だったら。

 そう、例えばお母さんとか。愛ちゃんとか。それとも……北田くんとか。


「久しぶり、元気してた?」


 しかし運転席座る男は。

 そんな存在とは程遠い、真反対にいる人間で。


「無視は酷いなあ」

「すみません」

「なんとなく思ってたけど、志津香ちゃん俺の名前忘れてない?」

「……すみません」

「はー、ひどいなあ! 出戸(でと)やん出戸!」


 そうだった。そんな名前だったと思い出す。

 正直、私の本能がこの人たちの名前などのプロフィールを覚えることを拒絶していた。

「あれ」「あの人」「あいつ」それで充分だったから。


「それで、今日はどうして……」

「いやーあれからいろいろあってね~。聞いてくれる? 聞いてくれるやろ? だってそれが仕事だもんね~?」

「……」

「実はあの後また親父にこっぴどく殺されかけてな~。腕は真逆に折れてるし、集金もできてないし、なにより堅気に手を出した挙句負けて帰って来るって示しつかんやろが~い! って怒鳴られてもうてさ~」

「そういえば腕、大丈夫なんですか?」

「なんや、心配してくれんの?」

「いえ、運転……」

「あーそっちか! ぎゃははは! 勘違いしてもうたわ! 腕な、きっれーいに折れてたみたいで、もっかい腕を逆に折ったら治ったわ!」


 なんだそれは、プラモデルか。

 多分、もしかしたら兄なら治りやすさも見越して腕を折ったのかもしれない。

 やつなら、それくらいのこともしでかしそうだ。


「ほんでまあしばらくは初心に返って事務仕事しとったわけ。親父のコーヒー入れたり、来客の対応したり。ホンマ辛かったわ~」

「それで、どうして……?」


 二度目の問い。

 正直お金なんていらないから、早くこの状況を終えたい。

 今なら狩里(かり)さんが天使カリエルにも思える。


「まあ落ちついて。悪い話しに来たんちゃうねん……っていやいやいや、そんなジト目で睨まんとってくれや! 勃起してまうやんけ! ほんまやって! そもそも志津香ちゃんとこの集金からは俺担当外されてん。今は別のやつが担当しとって、そいつはまあ大人しく規定日に振り込んでればうるさくはしてこん情けないやつやから安心してや」


 情けないって、それが普通だと思うんだけれど。


「最近はインテリ気取りが多くて困るわ~。大学出てるやつもちらほらおって、俺らめっちゃ肩身狭いねん。親父もそいつらばっか可愛がるから、チンピラ上がりの若い衆が不満募らせ取ってな。俺がなんとか抑えてるんやけど」

「その、本題はなんなんですか?」

「そう急かすなて。こうやって話し聞くのが仕事やろ?」

「車の中はサービス外です」

「こうやって1時間車乗って喋って家に送ってもらうだけで5000円ももらえるんやからええやん細かいこと言うなや」

「30%は会社に入るので」

「細かいわぼけ」


 確かに細かいと思う。 

 私もなんで今このタイミングでそれを付け加えたのか分からない。

 兄のせいでツッコミ癖ができているみたいだ。


「ほな本題行くで、ここでマジの相談や」

「相談?」

「そや、誰にも相談できる相手おらんでな、うちのもんと繋がってない志津香ちゃんしかおらんと思って、恥を忍んでこうやって会いに来た。実はこれもばれたら怒られるんや」

「そんなリスクを犯して、私に何をさせたいんです?」

「さっき言ったやろ? 俺志津香ちゃんの家の件に限らず、最近失敗続きやねん。そこにインテリ気取りどもが蔓延(はびこ)ってきて、どんどん座り心地が悪うなってる。あいつらの評価はうなぎのぼりやのに、俺の評価はだだ下がりや。そろそろ成果出していかんと、親父に殺される。俺は船なんて乗りたないねん」


 船。

 それが意味するところは分からないが、(ろく)なことでないことは想像がつく。


「あそこは俺の家みたいなもんで、親父も本物の家族やと思ってたのに……いつの間にか他人に居座られて、まるで俺がよその子みたいになってもうた……わかるか? 結構しんどいねんでこれ」


 わかる。そう返答はしなかったが、しかしその気持ちが私にはいたほど伝わった。

 丁度先日、私も同じ経験をしたからだ。


「それでな、頼みたいことってのがな。あ、ちょっと待ってや、志津香ちゃんシェイク飲む?」

「しぇいく?」

「そう。ほらマクナル」


 言われて前方を見ると、マクドナルドの看板が見えた。

 すると私が返答する前に、出戸さんはマクドナルドのドライブスルーに入って行く。


「すんまへん。シェイク二つ。あ、いま限定のやつで。そう、それ!」


 ディスプレイ越しに話す出戸さんは、普段私が見る取り立ての顔ではなく、普通にドライブスルーを楽しむおじさんだった。


「ありがとうな」


 そう笑顔で言って、出戸さんはシェイクを二つ受け取り、車を走らせる。そして1つを私に譲ってくれた。


「悪いです」

「ええねんええねん。今まで怖がらせた分やと思って受け取ってや? 期間限定のやつやで? 飲みたないん?」


 そう言われてシェイクを見つめる。

 飲みたかったやつだ。超美味しそう。

 でも、こんな男から……。


「ありがとうございます」


 負けた。

 期間限定シェイクの魅力は、過去の非道で残忍な思い出を凌駕する。

 

「んっま」


 シェイクを力いっぱい吸込んで、出戸さんはうなる。

 私も少し口に入れてみる。んっま。


「前の3種のベリーまっずかったもんな~。今回のマロンは大当たりや! これレギュラーならんかな?」

「え、そうですか? 前回の結構おいしかったような……」

「ほんまか!? 若い子はああいうのが好きなんやな~。おっさんにはわからんわ」

「でもそう言われれば、友達は微妙な顔してたような」

「ほら、そうやん! やっぱり志津香ちゃんがちょっと変わってるんやで!」

「そうなんですかね」


 それはそれで少しショックだ。

 貧乏舌なのだろうか。ファストフードで貧乏もなにもないけれど。

 隣で楽しげに話す出戸さんの横顔を確認し、少しだけ打ち解けてしまった気がする自分に落胆する。

 だが、仕事は仕事で、そう悪い人ではないのかもしれない。

 そうちょびっとだけ思った。


「私とこんなことしてていいんですか? プライベートな付き合いじゃないですか」

「ええねんええねん。仕事やったから遠慮なく取り立ててただけで、ホンマは仲良くしたかってん! 今回これ使ったのも、無理矢理こういう状況作らなまともな会話してくれへんって思ったからやで?」

「まあ、逃げてたでしょうね」

「やろ? 今は担当が別のやつやから、むしろ余計なしがらみが外れて、いくらでも仲良くできるんや。俺離婚して娘と会えへんからなー、娘とこんなことしたかってん」


 父が居れば、こんな風にドライブしながらシェイクを飲んで、楽しく日々を過ごしていたのだろうか。

 この人だって、生きていくために、誰かのために、この仕事をせざるを得ないんじゃないか。そう考えてしまう。

 傍から見れば、この人の仕事も、私の仕事も、そう大差ないのではないかって。


「それで、頼みごとってなんですか?」

「お、なんや前向きに考えてくれるんか?」

「は、話を聞いてみるだけです! それが私の仕事ですから」


 そう言うと、出戸さんは私を見て小さく笑んだ。

 それは今までの不気味な笑みとは違う。

 まるで父親のような。


「ほな、聞いてくれるか」


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