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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第五章
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お小遣い

 狩里(かり)さんはしばらくネチネチと会社への不満から社会への不満へと拡大しつつ愚痴を言っていたが、少しすると落ち着いてくれた。

 ただ本当にこんな田舎町でできることと言えば、散歩くらいだった。視界にはコンビニが一軒と、業務スーパーが一軒。あとは車のディーラーが数軒あるくらいで、あとは田んぼとぽつぽつと住宅が建っている程度。


「そそそ、それで、シノちゃまはゲームとかする?」


 この狩里さん。今年で35の無職の方らしい。

 普段は家でゲームをしたりネットを見たりして過ごしているとのことで、何とやらのゲームランキングで10位に入ったことがあるらしい。

 まったく凄さがわかんないけど。


「あれですか? e‐スポーツっていうやつ」

「は? あんな奴らと一緒にしないでよ。僕は片手間であくまで趣味としてやってるだけ。ゲームにガチになるやつなんて馬鹿だよ馬鹿」

「そうですよね。じゃあそのホラーゲームはどれくらいやってるんですか?」

「ホラーゲームじゃないよ。サバイバルホラー! 4対1で戦うのんだよ? 聞いてた?」


 狩里さんは慣れてきたのか、徐々に横柄になってきている。

 彼の中で私は無知な愚か者なのだ。

 結局未だに目を合わせてもらえないけど。


「プレイ時間はだいたい600時間くらいかな?」

「ろっ――、へ、へ~すごいですねっ」


 瞬時に頭の中で計算してしまう。

 時給850円として、51万円。喉から手が出る程欲しい金額だ。


「もちろん今年だけでね」

「えーっと、こ、今年はまだ前半なのに、すごいですね!」


 混乱してわけのわからない褒め方をしてしまった。落ち着こう。


「まぁゲームにそこまで時間かけてらんないからね」

「他に何されてるんですか?」

「FXだよ」

「えふえっくす? 株とかですか?」

「違う違う。外貨をトレードして確実に儲けられるの」

「確実に……」

「そ。もちろん、そのためには知識と経験が必要だけどね? もし興味があるなら教えようか? シノちゃまならタダで教えてあげるよ?」

「えーっと、私にはまだ早い、ですかね?」

「そうかもねー。でも言っとくけど始めるなら早めにね。成功する人間はすぐ動くんだよ? 5年後周りより上に立っていたかったら、今から始めることをオススメするよ。正直、会社行って上司にコキ使われながら安月給で生きていくなんて旧時代的だよ。ナンセンス」

「じゃあ狩里さんは毎月いくら稼いでるんですか?」

「え? それは……ほら、毎月まちまちだけど、そうだな~、月1000万とか?」

「1000万!?」

「そ。僕くらいになればね」


 絶対嘘だ!

 月収1000万の男が、軽自動車のレンタカーで1日最大500円の格安パーキングに停めないでしょ!

 しかも全身GUだし!

 さっきちらっと見たお財布マジックテープのバリバリだったし!

 もっと言うと今回のデートプランも初回割にフリー割まで使って、紹介サイトのクーポンまで使って最安値で登録してきたし!


「本当に、尊敬します」


 でもこれは仕事。私も少しずつ慣れてきた。

 尋ねて、気持ちよく話しをさせてあげて、褒める。この基本ルーティンを繰り返すだけ。

 決して相手は否定してはいけない。求められているのは、すべてを笑顔で受け入れるお人形。そう先輩たちにも教わった。


「で、でしょ! シノちゃま僕に惚れないでよ~?」

「どうでしょう? まだ出会ったばかりなのでわからないです」

「も~焦らすな~」


 あえて答えをはぐらかす。ミレンさんのテクニックも自然に使えるようになってきた。

 そんな感じでただひたすらに歩いていると、次第に農道を抜けて車の多い通りに出た。目の前を大きなトラックなどが行き来している。


「そそ、そう言えば、喉乾かないですか?」


 え、なんで急に敬語?


「そうですね。どこかカフェとか入ります?」

「で、でもこの辺ないしなー。そううだなー。あ、あ、近くに一軒だけあったよ。こっちこっちー」


 狩里さんの様子が少し変だ。

 いや、元から充分変ではあったんだけれど、急に態度が変わった。

 なんていうか、白々しいというか、台本を読んでる感じ。

 ひとまず言われた通り狩里さんに着いて行く。この辺りは見渡す限りには飲食店は無さそうだけれど。


「じゃあ、入ろっか」

「え……ちょっと待ってください。ここって」


 唐突に現れた建物は、その入り口に「休憩1980円、宿泊3980円」などと大きく丸い書体で書かれている。


「ホ、ホテルですよね?」

「え、ええ、え、そ、そうなの?」


 めっちゃとぼけるじゃん。


「でで、でもここならジュースとか飲み放題だし……」

「あの、さっきも言いましたけど、個室などに入ることはNGです」

「そんな硬いこといわないでよ。お、お金ならあるから!」


 言って彼は後ろポケットから財布を取りだし、バリバリっと音をさせて中を見せつけてくる。そこには1万円札らしきが5枚ほど、こちらに頭を向けていた。


「そう言うことじゃなくて。ルールですので」

「え、なんで? お金払うんだよ? バイトとは別に、お小遣いだよ? ここなら、すぐ女の子とエッチできるって聞いたのに!」

「は、はい?」


 この人は公の場で何を言っているのか。

 そこでふと、北田くんに教えてもらった「お小遣い制度」を思い出す。そういえば、お給料とは別に、お客様から直接お小遣いをもらえることもあると言っていた。それがこのバイトのうま味だとも。

 こういうことだったのか。


「狩里さん。これは規約違反になります。デートはここまでとさせていただきますので、デート料金の8000円をお支払ください」

「え、なんで? まだ時間30分はあるよね?」

「規約に違反している、もしくはメンバーに危険が及ぶ可能性がある場合は、メンバーの判断で即時終了していいことになっています。規約にも書かれています。もし異論などがある場合は直接会社へご連絡ください」

「そ、それでも割引とか使って1時間3000円でしょ?」

「最初の1時間のみ割引対象です。それ以降は通常料金の5000円になります」

「そ、そんなあ! 詐欺じゃん詐欺!」

「それはきちんと記載してありますので……」

「読めないくらいちっさい字でだろ!」

「そう言われましても……」


 なんだ、魔法が解ける時はこんなにも醜いものなのだろうか。

 

「いいから、ちょっとだけ! なにもしないから!」

 

 ぐいっと腕を掴まれた。

 そして身体をホテルの入り口に引き込まれる。


「やめて、ください!!」


 私は今までにないくらいの力で抵抗し、持っていたカバンを彼の頭に打ちつけた。そうしてようやく手が離れ、距離を取る。


「警察呼びますよ!」


 スマホを取り出し印籠のように向ける。


「なな、なんで! どうして!」

「どうしてって……あなた今自分がなにをしようとしているかわかってるんですか? 犯罪ですよ?」

「お金は払うって言ってるじゃん!」

「じゃあそのお金は誰のですか?」

「誰のって……」

「月収1000万円なんて嘘ですよね? さっき狩里さんの住所の近くを通った時に見ましたけど、決して裕福とは言えない外観でした」


 強く、(しつ)けるように言いつけると、狩里さんはうなだれるように顔を下げた。


「そのお金はどこから出てきたんですか? 誰のお金で遊んでいるんですか?」

「お、親が金持ってるから……」

「最っ低じゃないですか。ご両親はいくつまで貴方を育てればいいんですか? 35にもなった息子に、レンタル彼女を借りてしかもホテルに連れ込ませるために働いてるわけじゃないでしょう? そのお金はそんなことのために与えられたんですか? お母さんに面と向かってそれを言えますか?」

「そそ、それは……」

「私は環境に甘えて怠惰(たいだ)に生きる人は大嫌いです。人の成果を自分のことのように振る舞う人も大嫌いです。例え醜くても、周りに笑われても、もがいて生きている人を尊敬して、好きになります」


 うなだれる狩里さんの肩が震えている。

 これはもしかして、少し言い過ぎたかもしれない。仕事なのに、熱くなりすぎてしまった。

 本当に、私は人に媚びることに向いていない。


「う、ぅぅぅぅぅ~~~!」


 狩里さんから、押し殺すようなうめき声が漏れ出てくる。

 それはまるで、爆発寸前の爆弾のようで。


「うあ~~~~~~~~~~~!!!」


 ――と、狩里さんが泣きだした。

 まるで漫画のように。


「ごめんごめんごめん……怒らないで……!」

「え、っと、怒ってはないですよ? こちらこそ、偉そうにすみません……」


 結局、そのまま狩里さんは懺悔(ざんげ)するように自分の今の気持ちを吐き続けた。

 その大きな身体を動かすこともできなかったので、そのあと30分はホテルの前で泣き続ける狩里さんを励まし続けたのだった


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