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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第五章
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レンタル彼女初出勤

 決めてしまえば事が進むのは速い。

 放課後北田くんについて『カレカノ』の事務所に訪れ、そこで社長と呼ばれる若い女性と少し話しをし、あっという間に契約書にハンコを押した。

 晴れて『カレカノ』のメンバー――と呼ぶらしい――の一員になれた私は、早速仕事に入ることになった。しかし制服はさすがにまずいということで、事務所に置いてあった服を借りて急ごしらえをする。

 社長は以前ファッション業界に勤めていたらしく、彼女が私をコーディネイトしてくれたのだが、これが的確というか男性の心をわかっていて鋭かった。

 黒のニットをハイウェストなロングスカートにイン。靴は丸みが強調された厚底の皮靴で、目立ちすぎない程度のイヤリングを着ける。そして顔にも軽く化粧を施され、アクセントに唇を強調させる真っ赤な口紅を塗る。最後に頭に可愛らしいベレー帽を載せて完成だ。


「トレビアンね」


 社長のその一言。

 私を見た北田くんが顔を真っ赤に爆発させたのが、どういう意味なのか。


「初めはサービス。今度からは自分でね」


 そう社長に言われて待機室に入る。

 そこには色とりどりの服を着た女の子がたくさんいて、それは間違いなく私なんかよりも可愛く綺麗な人たちで、しかもこの仕事においては私よりも先輩で、どうにも萎縮してしまう。

 でも意外と女の子たちは優しくて、初めての私に話しかけてくれながらアドバイスをしてくれる。やってはいけないこととか、あいつに近づくなとか、こういう男には気を付けろとか。

 そうこうしてリラックスし始めた頃に、社長から渡された仕事用のスマホが鳴る。見るとメールが一件届いていて、そこには時間と場所、そして依頼人の詳細について書かれている。


「お、来たじゃん初出勤。行ってら♪」


 ずっとしゃべりかけてくれていたギャルっぽい女の子――仕事名は「ミレン」。元彼に振られたことが原因で始めたから「未練」らしい――に送り出してもらい、事務所を後にする。

 指定されたのは竹井山から4駅は離れた田舎町で、レンタル彼女を利用する人は恥ずかしがりな人が多いらしく、街中はあまり好まないのだとか。ただミレンさん曰く、デートの仕方なんか知らない人ばかりなので、「待ち合わせの場所もセンスねえ」らしい。

 私も無いけど。

 と、ふと北田くんとのフレンチデートを思い出して笑いそうになる。

 とりあえず電車で行こうとしたら、どうやら専属の送り迎えのスタッフがいるらしくて、下で送迎車に乗って現場に向かう。近くまで送ってもらったらあとは自分の足で待ち合わせ場所に向かい、終わったら直帰してもいいらしい。もちろん交通費も出る。

 待ち合わせ場所は町の公民館の前だとか。なぜこんなところにと思いながらも、人目に付かないのは個人的にも助かる。

 初めてのお客様をドキドキしながら待つ。

 事前の資料では30代の男性らしく、初めての利用だそうだ。


「安心して。大体ガリガリかデブかハゲだから」


 ミレンさんの言葉が頭の中を何往復もする。

 何を安心するのだろうか。

 男性に対して外見で判断するのは良くないけれど、しかし一緒に並んで歩き、お金をもらっているとはいえその時間は形だけでも彼女になるのだ。まともな人が良い。

 という選り好みはできないのもわかってる。仕事だ。昨日のBL本と同じ。


「えっと、あの」


 考え事をしていると、か細い男性の声が掛けられる。

 見ると、そのか細い声とは裏腹に、太っていないとは言えない程度の小太りの男性が、小動物のようなたれ目でこちらを見つめていた。


「あ、あの、カレカノの……?」

「は、はい。カレカノのシノです。彼氏の狩里(かり)さんですか?」

「そうです。あ、嬉しいな。こ、こんな可愛い子……」

「ありがとうございます。今日は、な、仲良くしてくださいね」


 満面の笑顔――と思っているもの――を向ける。

 挨拶については事務所で簡単に受けたレクチャーの通りだ。車の中で何度も練習してきたから問題ない。


「えっと、その……」

「今日は何します?」

「く、くくく、く……」

「く?」

「車、乗って来てるから、乗ろっか」

「ごめんなさい。車とか個室のようなところはNGなんです」


 ミレンさんくらい慣れていると、「なにするつもりですか~?」とか悪戯っぽく言ってうまく相手を盛り上げつつ断ることができるらしいが、私には到底無理な話だ。

 今も無理矢理笑みを作っているが、ひきつっているのがわかる。


「え、そうなんだ……え、じゃあ歩き? こ、この辺何もないよ?」


 知らないわよ。

 だからなんでこんな田舎を選んだの。しかも公民館の前。


「あー、私田んぼとか好きだから、ゆっくり歩きたいな? なんて」


 それなら何事もなく早く時間が過ぎそうだ。


「う、うん、そうしよっか……あ、でも待って、車有料のとこ停めてきたから、動かさないと……」

「じゃあそこまで一緒に行きましょうか?」

「うん!」


 まるで年下の従弟を相手にしているようだ。デートとは程遠い気もする。


「て、てて、て、手を繋いでいい、かな?」

「それなら喜んで」


 それは規約上問題ない。むしろ推奨されている。

 正直気乗りはしなかったが、おそるおそる手を握る。すごい汗。

 ダメ、笑顔笑顔。

 これは仕事これは仕事これは仕事。


「あ、あそこだからちょっと待ってて」


 結局一言も会話せず数分歩いたところで、狩里さんはコインパーキングへと小走りに向かった。看板を見上げると、1日停めても最大500円の格安コインパークだった。


「まあ、500円も馬鹿にできないわよね」


 一人ぼそりと言う。むしろこういう節約精神は大事だと思う。

 狩里さんは精算機にお金を入れ、停めてあった車に向かった。白く小さな軽自動車で、なんとナンバーは「わ」ナンバーだった。

 私もお母さんとたまに旅行に行くときに借りるから知ってる。

 レンタカーだ。

 わざわざこのために借りてきたんだろう。

 勿体ない。規約をあらかじめ読んでいれば、余計なお金を使わずに済んだのに。


「ちょ、ちょっとレンタカーすぐそこだから、かか、返してくる!」

「え、ちょ……」


 狩里さんは運転席から窓越しにそう言って、私の返事も待たずに車で走り去ってしまう。

 確かにこのままでは車を路上駐車するしかないんだけど。だからと言って仮にも彼女を放って行ってしまうのだろうか。

 いや、これがデートなのか。私も本物を知らないのだからえらそうなことは言えない。

 結局そのまま20分程待って、狩里さんが戻って来る。

 うわっ、シャツの色が変わってる。


「ごご、ごめんね、待たせちゃって」

「いえ。返せましたか?」

「うん。車がおかしいからってことにして、キャンセル扱いにしてやった」

「え、して、やった?」

「ちょっと言えばすぐ頭下げるからな店員って。シノちゃんにもあとでコツを教えるね」

「あはは。嬉しいな……」


 クレーマーじゃん。

 めっちゃお金にがめついじゃん。


「そ、それで、今からスタートってことでいい?」

「いえ、すでに30分経過してるので、あと1時間30分です」

「え?!」

「え?」

「え、なな、なにそれ、そうなの?」

「あ、はい。待ち合わせが完了した時点でタイマーが動いていますので。会社の方にもそう連絡が行ってます……」


 かばんの中のタイマーを見せる。それは無残にも時を刻んでいた。


「え、なにそれ! おかしくない!? デート始まってないのにお金取るの? 個人的にその会社のシステムどうかと思うな」


 まさかの私にクレーム!?

 しかもこの人、言葉の軽快さとは裏腹に、全然私の目を見て話さない。


「と言われましても……ルールですので」


 笑顔笑顔。


「それよりも、早くデートしたいなー、なんて?」

「ま、たしかに? 僕がどれだけ喚いたところで時間は刻一刻と過ぎていくだろうし? これは会社と僕との問題であって? シノちゃまには関係のない話だし? ぼぼ、僕はこの出会いを大切にしたいなって」


 シノちゃまって何!? いつの間にそんなフランクになったの!?

 しかも常に最後疑問符が付いて終わるし、その度にアゴが前に出るのが気になる。


「じゃあ、行きましょうか?」


 このまま立ち往生していても仕方がない。

 私も仕事でやっている以上プロであって、このままのらりくらりと時間が過ぎればいいとは思わない。お客様には、値段以上の満足感を。

 そう気持ちを入れ直した。


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