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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第五章
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ジャッジメントアイ

 単発派遣。倉庫内ピッキング作業。実質勤務時間6時間。

 しめて5400円也。

 お金の入った封筒をもらった瞬間、頭の中でちゃりんと効果音が流れた。


「はあ。道は長いなあ」


 建物を出てすぐに封筒の中身を確認する。

 わかってはいたことだけれど、借金の返済にはこの何百倍も稼がないといけないという事実にうなだれる。

 そもそも今月の支払いすら怪しい。


「へー1万円か! 結構稼げるもんなんだな!」


 隣で兄が言った言葉に、驚愕する。


「え、ちょっと待って。なんで1万円も?」

「なんだ、志津香は違うのか?」

「私その半分くらいよ?」

「そうなのか?」

「なんで? どうして? ホワイ?」

「あーでも確か、瀬田さんが色つけとくって言ってたな」

「なに仲良くなってるの?」


 瀬田さんって、あのうだつの上がらないフリーターの?

 私は全然話しかけてもくれないのに。


「多分、俺の作業件数が他の人の倍はあったからかな?」

「倍も……? たしかに速いなあとは思って見てたけど」

「あと倉庫内の棚移動とか力仕事を手伝った」

「あーやってたわね」


 ルールとしてそんなことをしていいのかは疑問だったが、棚や商品の満杯に載ったカゴなどを軽々と持ち上げて移動していた。フォークリフト要らずだ。


「派遣じゃなくてバイトでどうかって言われたから、明日から毎日行くことにしたよ」

「早っ……そう、良かったね」

「志津香も行くだろ?」

「私明日から学校。ていうかもうあそこは嫌」


 目を瞑ると、色鮮やかに彩られたBL本の表紙が浮かんでくるのだ。

 そもそもただのエッチな本ですら見たこともないのに、今日で一生分のBL本を見させられたんだ。まともなバイトがしたい。いや、これもまともなんだけど。


「じゃあ俺に任せといてくれ。確かに頭を使うのは役に立てないかもだけど、身体を使う仕事ならいくらでもやれそうだ。それに他の人より役に立てる」

「天職を見つけたわね。BL本のピッキング」


 お母さんには言えそうにない。


「私は私で新しいバイト探さないと」

「何か当てはあるのか?」

「ないけど……そもそも高校生が働ける場所って少ないのよね。コネでもないと大体書類審査で弾かれるか、時給が安いし」

「そうか。じゃあお前は勉強に集中したらどうだ?」

「はい?」

「俺が働いて借金を返すから、志津香は受験して大学を目指せばいい」


 兄の眼差しは至極真剣で。

 返答に詰まる。


「あのね」

「大学出てから就職した方が給料も良くなるんだろ? 借金返済には結果的にその方が早いんじゃないか?」

「そうかもだけど……」

「それに、もう二度と母さんを悲しませたくないんだろ?」

「どういう、意味?」

「母さんが志津香の受験を望んでないと思うか?」

「別に、そんなこと言われたことないし」

「言えないだろ。自分のせいで人生をめちゃくちゃにした娘に、無責任に大学に行けなんて」

「それは……」

「言ったら多分志津香怒るし」


 悪かったわね。小姑みたいで。

 でもそう言われると、私が母の気持ちや言いたいことに蓋をしていたのかと思って胸が痛む。確かに母は私の顔色ばかりうかがっていた。


「でも大学には学費っていうのが必要なの。決して安くないね」

「さっきのバイト先で大学生の人とかいたから聞いてみたけど、国公立で学部によってはそんなに高いわけじゃない。俺と母さんで働けば十分払える」

「いつの間にそんな……」


 コミュ症だったはずなのに。

 バイト先の初対面の人と大学の費用について話すようになるまで打ち解けられるなんて。


「それに、俺は一日中暇だから、日勤のバイトに加えて、夜のバイトも入れようと思ってる」

「そんなことして身体壊れるわよ?」

「壊れると思うか?」

「……思わないけど」


 むしろ壊れてもいいけど。

 別に。


「だから志津香には大学を目指してほしい。これは母さんも、そんで父さんも同じ気持ちだと思う」

「……」


 言葉に甘えてしまうのは簡単だ。

 しかしそう簡単なことではない。

 何も知らない兄の、楽観視からくる言葉なのだから。


「ちょっと考えてみる」

「お、約束だぞ?」

「考えるだけね! 今から狙える大学も限られてくるだろうし」

「それでいい」


 兄は爽やかに笑んで歩を早める。

 何故かその背中は大きくて。

 どこかで見たことのある。

 ああそうだ、と思い出す。


 これは、父の背中に似ているのだ。


          〇


「みんなおはようだね」


 月曜日。週初めの朝礼。


「じゃあ言ってた通り、進路調査用紙を回収するね。後ろから回収してほしいんだね」


 相変わらずの担任の独特で嫌悪感の半端ない喋り方はさておき、私は鞄から取り出した進路調査票を前へと回した。

 担任はそれを集め終えた後、朝礼の終わりを告げて教室を出て行った。


「待って。ちょっと待って。ほんと待って」


 後ろからギャル特有の「待って」を連発する愛ちゃんが突入してくる。この子は一事が万事大事だから困る。


「私見ちゃった……私見たっちゃ……」

「ラムちゃん!?」

「ダーリン私、ダーリンの進路調査表見たっちゃ!」


 そう本当にラムちゃんのごとく後ろから飛びついてくる。


「ちょっと!」

「進路表に大学書いてた! ね!? でしょ!?」

「く、苦しい!」

「大学なんか行かないって言ってたのに! どうしたの? なにか気持ちの変化でもあった? 生理? 生理なの?」

「やめなさい」

「でも志津香そろそろだよね?」

「な、なんで知ってるの!?」

「ルナルナつけてるし」

「私の!? 怖い!! シンプルに怖い!!」


 ストーカーどころの騒ぎじゃない!


「それで、志津香大学受験するの?」

「ん~。まだわかんない。でも、今はまだ可能性を残しとこうかなって」

「ほんとに? 嬉しい!」

「別に愛ちゃんと同じ大学受けるわけじゃないわよ」

「大丈夫。私が志津香についてくから」

「結構レベル高いよ?」

「愛はすべてを凌駕するの」


 しそうで怖い。


「なに、嶺大学受験するんだ?」


 ずばん、と割って入ってきたのは北田くん。

 私の前の空いた席に座り、にこやかにしゃべりかけてくる。あまりの顔の近さに息が前髪に拭き掛かりそうだ。


「え、うん……まあ。やってみようかなって」

「まじ? すっげーいいじゃん! 俺応援する!」

「ほんと? ありがと……」


 なんだろう。以前まで特に気にもせず話せていたのに。

 今は、北田くんとどう話すのが自然なのかがわからなくなってしまった。

 それに妙に緊張する。


「ジー」


 っと、愛ちゃんがジト目で睨みつけてくる。


「な、なんだよ穂田?」

「ジー」

「なによそれ」

「穂田愛のジャッジメントアイ」

「ジャッジメントアイ?」

「気にしないで。続けて」

「気になるから!」

「ちなみにアイと愛は掛かってるの」

「知らないわよ!」


 でも愛ちゃんが言いたいことは良く分かる。

 わかってしまうし、恥ずかしい。

 そうじゃない。そういうんじゃないんだ。

 ない、はずなのに。


「嶺、ちょっといいか?」


 北田くんが私の腕を掴んで引っ張った。


「え、え、あー、うん」


 そのまま引っ張られて廊下へと連れて行かれる。

 背後からのジャッジメントアイが痛い。


「嶺、借金どうにかなりそうなのか?」

「うーん。まだわかんないけど、うちのあれが最近働き始めて、なんとかなるかもって感じ」

「お兄さんバイト始めたんだ! それで妹の学費稼ぐってこと? すっげーかっこいい!」

「かっこよくなんかないわよ。学校行ってないんだから、働くのは普通」

「でも偉いって。お兄さんに感謝しないと」

「……うん。そうね」

「あ、ごめん。俺事情も知らずに偉そうに」

「ううん。いいの。第三者の意見って大事だと思う」


 特に兄の件に関しては、私はバイアスがかかり過ぎていると自分でも思っている。

 客観的な兄の評価はきちんと受け止めるべきだ。


「それで、なんだけど」

「どうしたの?」

「いや、ほら、こないだ紹介したバイトなんだけど」


 耳に口を近づけ、私にだけ聞こえるように北田くんが囁く。

 耳から一気に全身に電気が走った。


「ひゃっ!」


 初めての感覚に、飛びのいて逃げる。


「ど、どうした?」

「ごめん、なんでもない!」


 なんでもなくはない。


「急かすつもりはないんだけど、今ちょっと女の子のメンバーが不足してて、上からも女の子紹介してくれたら10万ずつプレゼントするって言われてさ」

「じゅっ――嘘でしょ?」

「ほんとほんと。すごいだろ? うちよくそういうキャンペーンみたいなことしてくれてさ、メンバーに還元してくれるんだ」


 10万と言えば、BL本のピッキング約20回分だ。

 BL本の冊数に換算すれば数千冊だしBL本を購入する人数に換算すれば何百人分にもなる。

 それに、今月分の利息返済に充てられるどころか、それを元金の返済に充ててもいい。

 兄が働くのは当然だけれど、確かに兄がいないところで作った借金の返済を兄にすべて背負わせるのは、少し話が違う。

 借金は、家族みんなで返していくものだ。


「やるわ」

「え?」

「北田くんのバイト、やらせてほしい」

「ほ、ほんとに!?」

「うん!」

「オッケーわかった! 絶対悪いようにはしないから! じゃあ早速今日の夜にでも稼働できる?」

「大丈夫。前の事務所に行けばいいのよね?」

「おう。俺も待ってるから一緒に社長に挨拶しよう」

「わかった」


 北田くんがついてくれるなら安心できる。

 なんて思ってしまう自分に顔が赤くなる。


「ジー」


 教室の窓から、ジャッジメントアイが覗いていた。

 私は黙って窓を強引に閉めた。


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