表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第五章
44/85

これは仕事です。

 伝手(つて)なんてかっこつけて言ってはみたが、その実ただアプリで見つける単発派遣バイトに応募しただけである。

 しかしこのアプリがまた馬鹿にできない。

 知り合いをその派遣元に紹介するだけで、両者に1万円ずつくれる仕組みなのだ。

 私は居酒屋『二軒目』のシフトが少ない時や、暇ができた時は単発のバイトを入れたりして使っていた。世の中にはかゆいところに手が届くサービスというものがあるものだ。

 そんなこんなで派遣会社にものの10分で登録を済ませ――単発派遣の書類審査は無いに等しい――兄を連れて申し込んだバイト先へと訪れた。

 すごいのは、当日の申込みにも関わらず、すぐに働けるところである。

 世の中便利になって有難いことです。

 今日選んだバイトは本屋さんのピッキング作業。ネット注文で送られてくる注文内容と同じ本をピッキング――つまり倉庫の棚から取って来る仕事である。

 出会う人も最低限に絞られ、かつ馬鹿でもできる仕事なので今の兄にこれ以上ふさわしいものはない。

 はなはだ不本意ではあったが、今回だけは私も兄について同じバイトをする。


「ここよ」


 快速電車で1駅。その繁華街にある本屋さんの前に私たちはいた。


「ここって昔、中古ゲーム屋さんだったよな」


 兄が『Rブック』という看板を見上げて言う。


「そうなの?」

「ああ。しょっちゅうここに来て中古ゲーム漁ってたな」

「そんなお金よくあったわね」

「父さんがたまにお小遣いくれたからな。それで」

「え、何それ私知らない! 私お小遣いとかもらってない!」

「おっと。今のは忘れてくれ」


 兄は私を置いていそいそと本屋に入っていこうとする。

 中に入って店員さんに説明すると、お店とは別の場所にある倉庫に案内された。恐る恐るそこに入ると、「派遣の方はこちらへどうぞ」という看板を見つけ誘導されるように進む。

 多少迷路のように入り組んでいる屋内を進むと、小さく「Rブック事務所」と書かれた部屋を見つける。


「すみません。派遣で来たものなんですけど」

「ああ。派遣さんね。今日単発の人が飛んじゃって困ってたんだよ」

「飛ぶ?」

「バイトがばっくれるってこと」


 兄に小声で説明する。


「えーっと、嶺志津香さんと、嶺創太さんですね?」

「はいそうです」

「兄妹? 仲いいねえ」

「あはは」


 否定したい。

 でも派遣先への印象は非常に大事であることを私は学んでいる。嫌われたら面倒な仕事ばかり回されるし、下手すれば派遣元に悪い評価を送られかねない。

 事務所の人についていくと、同じビルの中の別の部屋に通された。そこはだだっ広い空間で、いくつものスチールラックが整然と並んでいた。


瀬田(せた)さん、派遣さんですお願いします」

「うぃ」


 中にいたエプロンをつけたスタッフが、こちらを一瞥するだけで適当な返事をする。

 あー、面倒なタイプの人だ。そう直感で悟る。

 この手の室内作業はコミュニケーション能力がいちじるしく低い人が多い。それは派遣側だけでなく、派遣先の社員などでも同様である。

 あとは口うるさいか、うるさくないか。後者であればこれ以上ない天国はないのだけど。


「ここはじめて?」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「ピッキングって知ってる?」

「何度かやったことは……」

「うち機械使わないから。ここにある紙を上から取って、書いてある作品名を、あっちの棚からひたすら取って来て。作品名はアイウエオ順で並んでるから。わからないことあったら言って」

「えーっと、はい」


 矢継ぎ早に言われ、圧倒される。

 話している感じ、性格が悪い人ではなさそうだけれど、あまり派遣に対して感情は持たないタイプのようだ。人付き合いが嫌いなのだろう。

 とにかくこのタイプは卒なく仕事をこなしていれば大丈夫。


「あ、あと購入者名と住所も書いてるけど見ても忘れて。それと休憩は12時から1時間だから時間になったら勝手に休憩して。倉庫の外に出てもいいけど、入る時はカードいるから外からチャイム鳴らしてくれたら開ける」


「じゃ、よろしく」と、後からたくさん説明を付け足されて困惑する。

 兄を見ると、物珍しいのか倉庫の中を見渡している。


「あの、荷物は……?」

「派遣さんはそっち」


 指をさされた方向を見ると、そこには2つ3つカバンが折り重なって置いてあった。

 床にだ。


「なあ志津香。その横の棚には置けないのか?」

「あっちは多分社員さんの」

「でも棚あいてるだろ?」

「それが派遣なのよ」

「?」


 私の言わんとしていることを伝えるには少し時間が必要だろう。

 兄も派遣をいくつか経験していけば自ずとわかる日が来る。だから説明はせずに、カバンを指定の場所に置いた。


「なにしてんの早く! もたもたしないで!」


 社員の瀬田なにがしさんから叫ばれる。


「あ、はい!」


 私たちは慌てて仕事に取り掛かった。

 言われた通り、積まれた紙の束から一枚取りそれを見る。そこには「名前」「住所」そしてその人が注文した本のタイトルが列挙されている。

 これをずらりと並ぶ棚から選んで取って、指定の場所に置く。するとそれを別のスタッフが確認して、パソコンに何か打ち込み、次の場所に置く。それを次のスタッフが梱包して宛先表を貼り付けてカゴに積んでいく。

 いっぱいになったカゴはそのまま外に運ばれていき、おそらく扉の向こうにつけられるトラックに積み荷として積載されるのだろう。そしてそれが全国のお宅に届けられるのだ。

 過去の経験からそうじゃないかと察する。


「えーっと……『小松の陣! アンソロ4』? アンソロ?」


 注文用紙に書かれた作品名を呟きながら倉庫の奥へと進む。

 アイウエオ順と言っていたから、パターンさえわかってしまえばあとは棚の中から探すのみである。


「なんかこの本薄いのね」


 背表紙にタイトルが書いてあるが薄くて読みずらい。なんていうかフォントも見にくい。デザインも決して綺麗とは言い難い。

 目を凝らして指定されたタイトルの本を取る。

 表紙を見ると、戦国時代のような和服を着た男のキャラが数人、かっこよくポーズを決めている。


「あ、これアニメでやってるやつ。愛ちゃんはまってたなー」


 当然だが本にはラッピングがしてあって中は読めない。

 再度表紙を見るが、私が広告で見たことある絵と、少し違うような気がしなくもない。


「こんなに線細かったっけ」


 もっと少年漫画のような豪快な絵だったような。キャラクターの身体もどこか細身で弱弱しさを感じる。

 とはいえ私はそちらに詳しくはないので、おそらく勘違いだろう。


「なあ志津香」


 ふと、兄が私を見つけて話しかけてきた。

 その手には一冊の本を持っていて、それを見つめている。


「なに? 話してると怒られるわよ?」

「いや、なんかさ、ここって普通の本屋?」

「本屋に普通もなにもなくない?」

「そう、だよな……」

「どうしてよ」


 私はあくまで手元を動かしながら尋ねる。


「これ、俺も昔はまった漫画のやつなんだけどさ。いや、新作が出たのかなーって思って取って見てみたらさ、俺の知ってる絵と違うというか」

「あ、それ私も思った。絵柄変わったとか?」

「ていうか、作者の名前が違うっていうか」

「ていうかていうかうるさわね……早く結論言いなさいよ」

「これエロ本だな」


 兄に苛立ちながら取った2冊目の本。

『たけしの本。2』

 表紙ではそのたけしと思われる眼鏡を掛けたキャラクターが、大きく股を開いた全裸状態でこっちを見つめている。全身はスライムのようなものでべちょべちょになっており、たけしはまるで女の子のように頬を赤らめている。その頭には犬の耳が付き、両手は黒いバンドのようなもので縛られている。


「な――な――ななな――!」


 なにこれ!?

 すんでのところでその叫びを飲みこむ。


「やっぱこれあれだわ。同人漫画ってやつ。聞いたことはあったけど、本当にこういうのあるんだなー」

「な、なに? どうじん? なにそれ?」

「漫画とかアニメの公式じゃなくて、あくまでファンが描いた二次創作ってことだよ」

「にじそうさく?」

「そこからか。つまり、ファンが勝手にアニメとかのキャラクターを使って妄想した物語を書くんだよ」

「それがどうしてこんなことになるの!?」

「公式だとエロいのとかダメだろ? だから作っちゃうんだ。これも同人の一つだな」

「へ、変態じゃない……!」

「需要があるからなー。世界はエロで回ってるって言っても過言じゃない」


 馬鹿馬鹿しい。

 こんな本が、こんな私の家の近くの街の中で堂々と保管され、販売され、全国に配送されているなんて。


「おい、遅い」


 ひょっこりと瀬田さんが顔を出し、変わらぬ仏頂面で言った。


「すみません。本の場所がまだ慣れなくて」

「それにしても遅い。早くしてよ。受け側の作業が停まってる」

「急ぎます」


 兄が代わりに応対してくれる。

 そうだ。例えいかがわしいものだとしても、私にとっては仕事なのだから。

 否応なしにやり遂げるしかない。

 そう思い直り、手から零れ落ちた本を拾い上げる。

 一冊一冊取り出す度に、隠すつもりのないリビドーが前面に押し出されたイラストを見せつけられる。

 これは仕事。これは仕事。これは仕事。

 私は呪文のように頭の中で唱え続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ