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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第五章
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黒孩子

 家に帰ると一気に疲れが襲ってきて、私は倒れるようにベッドに倒れ込んだ。

 明日は日曜日だし、お母さんもいないから家事も自分のペースでやればいい。そう安心したら一気に身体の力が抜けた。

 そして気が付いたら朝になっていた。

 何時だろう。そんなことを思いながら起きあがる。

 結局お風呂にも入らず眠ってしまっていて身体が気持ち悪い。そう本能で動きだし1回の浴室へと向かう。

 中に入り、制服を脱ぎ捨てシャワーを浴びる。

 お湯は心を安心させてくれる。まるで母の子宮の中にいる赤子のように、心が穏やかに浄化されていく。

 全身を清め終わり、脱衣所へと出る。

 最近洗い物をちゃんとできていないから、前いつ着たかも忘れてしまったくらい古い下着しか残っていない。まあ休日だからいいかとそれを着用し、部屋着を持ってきていないことを思い出す。

 家を下着姿でうろつくことはあまり好ましくないけれど、でも誰もいないから問題ない。

 脱衣所を出ると、室内の冷たい風が一瞬で身体を冷やし体が震える。急いで2階に上がって部屋着を着ようかと思ったが、こういう時にかぎって余計なことをしたくなるのは人間の不思議だ。

 なんとなくそのまま冷蔵庫に進んで中にあったヨーグルトを見つける。


「あったあった」


 お母さんが毎日食べている奴だけれど、今は入院中で食べられないので私が代わりに食べている。賞味期限が過ぎているが、そんなことは日常茶飯事で。

 そのままスプーンを取り、ダイニングの椅子に座って足を組む。

 なんてみっともない恰好だろうか。こんなの誰かに見られたらお嫁に行けない。そう理解しながらも、あえてこのスリルを楽しんでしまうのは、おそらくここ最近のストレスのせい。

 そうに違いない。


「いただきまーす」


 そう言ってヨーグルトを口に運ぶ。

 美味し。

 そして何気なくテレビの置いてあるリビングを見る。

 兄がソファに座っていた。

 めっちゃこっち見てる。


「な――」

「志津香もそういうことするんだな」

「な、なんでいるの!?」

「なんでって、家に戻ってこいって言ったの志津香だろ?」

「そうだけど……警察が探してるし……」

「あれくらいならいくらでも騙せる。家にも2階から入ったし大丈夫だよ」

「2階って……私の部屋じゃん!」

「ああ。布団も被ってなかったから、掛けておいたぞ」

「確かに掛かってた! ってそうじゃなくて! 鍵閉ってたのに……」

「あんなの掛かってないのと同じだ」

「偉そうに言うな不法侵入者!」

「俺んちだろ?」

「私の部屋は許可してない!」

「わかったよ。今後は気を付ける。それよりも志津香お前、その下着はちょっとガキっぽいんじゃないか?」


 言われて見下ろす。

 確かに中学時代に買ったやつで、縞々にリボンが付いた幼いものだ。幸い胸も少しキツイ。


「見るな!!」


 傍に置いてあったティッシュ箱を投げつけて2階へと駆けこんだ。


          〇


「バイト、しよっかなって」


 部屋着に着替えて再び1階に下りると、兄がそう言った。


「バイト?」

「そう。志津香も居酒屋クビになっちゃったし、俺も家にお金入れないとなって。母さんの入院費も馬鹿にならないだろ?」


 そう言われて、おそらく脳が思い出すことを拒絶していた昨日の出来事を思い出してしまう。お風呂に入って洗い流された心の黒いカビが、再度浮き上がってくる。


「それは嬉しい申し出だけど、身体は大丈夫なの?」

「全然平気。さっきも50キロくらい走ってきた」

「ごじゅ……確かにその有り余った体力を仕事に活かせれば言う事ないわね」

「それで、何がいいかなって。バイトの種類」

「学歴無しのニートだと、どこ行っても書類選考落ちでしょうね」

「だよなー」


 兄はどこかから持ってきた求人誌をペラペラとめくりながらぼやく。それだけを見れば、本当にただ職を探す若者にしか見えない。私の偏見が無くなったのか、兄はいよいよこの時代、この世界に馴染んできたのかもしれない。


「まあ少なくとも、接客の仕事は向いてないわね」

「どうして? あっちにいた時は、傭兵の集まるバーを経営してたぞ?」

「そういうところよ。あと、大勢人がいるところも却下」

「なんで」

「行方不明のはずの嶺創太くんがいた、って悪目立ちするでしょ。テレビとかが嗅ぎつけてくるのは嫌なの。もうこりごり」


 7年も前のことだけれど。それでもマスコミに追い回されプライベートにお怯えなければいけないあの経験はトラウマになっている。


「じゃああまり人と接しないバイトか」

「かつ出所が怪しくても気にしない、馬鹿でもできる仕事ね」

「そんなのあるのか?」

「ん~。めちゃくちゃ人手不足で猫の手も借りたいようなところとか」

「あ、朝ニュースでやってたよ。今はいろんな会社で人手不足なんだって?」

「優秀な人材がね。そこにあなたのような人間を含めないで。ていうかそもそも論として、あなたは中学すら卒業してない黒孩子(ヘイハイツ)なんだから。履歴書に『異世界で世界を救いました。特技は格闘です』とでも書くもり?」

「向こうの言語だったら13ヶ国語は話せるぞ?」

「食い気味に言ってもらってるとこ悪いんだけど、使えると思う?」

「世の中理不尽だな~」

「真面目に生きてきた人間には相応の対価が支払われる、しっかりした制度が成り立っている国よ」


 と兄への嫌味のつもりで言って、すぐに後悔した。

 ああ、私は真面目に生きてこなかったのだろうかと。


「とりあえず、取り急ぎでできて経歴をまったく気にしない仕事を見つけるしかないわね」

「だからどうやって?」

「私に伝手(つて)があるわ」


 そう言って、私は自分の格安スマホを取り出した。


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