急展開
家路には私が自転車で、兄がそれに走ってついてくる形で戻った。
さすがというか、私が気兼ねなく自転車をこいでいても、兄は平気そうな顔で隣を走り続けた。
「随分体力がついたのね」
「三日間走り続けたこともあったからな」
「三日も!? どうしてそんなに……」
「シンディがいなくて、でも親友の公開処刑が執り行われるところだったんだ。だから止めるために間に合うように走り続けた」
「メロスじゃん」
そんな兄妹とも言えない馬鹿みたいな会話をしていたら、ようやく家が見えてきた。
だが同時に、いつもの風景と違うことに気が付いて足を止める。
アパートの前に、パトカーが停まっている。兄を見ると、わからないと肩をすくめた。
「ちょっとここにいて」
兄をその場に留め、私は家に近づいて行く。
すると案の定、うちの玄関前に警察官が二人いた。
「すみません。何かあったんですか?」
そう背中に尋ねる。
「ああ、こんばんは。君は、この家の人?」
「はい、そうですけど……?」
「家には誰もいないの?」
「母は入院をしてて、私はバイトだったので」
「そう」
言って警察官は互いに顔を見合わせる。
嫌な予感しかしない。
「実は通報があってね。この家が、大きな刃物を隠し持ってるとか」
「大きな、刃物?」
「んーっと、通報されたままに言うと、大きな剣だとかなんとか」
ぎくり。
兄だ。
あいつの「せいんとせいやぶらっく」だかなんだかという大きな剣のことだ。
「まあ悪戯かと思ったんだけどね。一応確認しておこうと。部屋の中、確認してもいい?」
「あ、はい」
家の鍵を開け、彼らを部屋に招き入れる。
その時、家の外でこちらをうかがう兄が目に入り、大剣に手を掛けているのがわかった。私は口ぱくと手で、「隠れててバカ」と促し、兄は察したのか物陰に隠れた。
警察官を切ろうとするな。
警察官は「失礼します」と丁寧に言って部屋へと入った。しかしそのあと10分ほど調べを確認して部屋を後にする。
「ご協力ありがとうございます。一応形だけでも確認を取らなきゃいけないもので」
「いえ、大変ですね」
「では失礼します」
帰っていく警察官を見送り、外に待機していた兄の下へと駆けつける。
「大丈夫よ。もう帰った」
「そうか。でも、やっぱり俺はしばらく帰らない方がいいな」
「そうかもだけど……その剣捨てられないの?」
「それはできない。だったら俺が出ていく」
「でもいつかは絶対見つかるわよ、それ」
そう伝えても、兄は硬い表情をしたまま動かない。
ため息が出る。
「とりあえず、別の場所に移りましょ。今日はここにはいられない」
「どこか行くあてがあるのか?」
「んー、気は進まないけど」
〇
そのまま自転車に乗って目的地に向かう。
先程まで隣を走っていた兄だったが、周囲の目を気にしたのか今は私の見える範囲にはいない。でも確かに暗闇に紛れて着いてきているらしい。
見えないけど。
忍者か。
私が向かう先は、というか頼れる先は、一つしかない。
目的地の前まで辿りつき、自転車を停める。
『二軒目』。大きな看板にはその三文字が刻まれていて、今は既に閉店しているため電気はついていなかった。
「ここ、志津香のバイト先じゃないか」
「びっくりした!」
本当にずっとついてきていたらしい兄が、突如背後から現れて私に声を掛ける。
「どこからついてきてたの?」
「木の上とか、塀の上とか、とにかく人の目につかないところを選んで」
「やっぱり忍者だ」
「待て」
言いながら歩を進めようとした私を、兄が肩を掴んで止める。
前同様、身体が一歩も前に進まなくなる。
「なに?」
「嫌な気配がする」
「気配? なにそれ」
しかしそういう兄の表情は至極真面目で。冗談じゃないことが伝わってくる。
私はおそるおそる店へと近づいて行く。すでに閉店し、残っていたとして明日の仕込みをしている店長と、その手伝いをしているバイトリーダーの郷田さんくらいだ。
その瞬間、目の前に人が舞った。
店の大きなガラス窓を突き破って、人の身体が飛び出てきた。それは地面に転がり、まるで死体のように力なく止まった。
兄が瞬時に私の身体を引いてくれなかったら、私も巻き込まれていただろう。
「な、なんなの!?」
きょどる私に、兄は転がり出てきたまま動かない人物に近寄っていく。そしてその顔を見えるように仰向けに動かした。
「郷田さん!?」
悲痛な声が出る。
郷田さんのワイルドで整った顔は、赤い血にまみれていた。
「大丈夫、死んでない」
兄が冷静なままそう言って、割れた大窓から店内に入っていく。
「志津香はここで待ってろ」
できるわけがない。
ここは私の働く店で、私の第二の家族なのだ。
兄のように大窓の破片を跳んで避けることはできない。私はいつも通り裏口に回って、中に入った。
「店長!」
店内はこれでもかというくらいに荒されていた。
ビール樽は倒れ、ガラス類は割れ、テーブルや椅子はあちこちに飛び散っていた。
その後店の中心に店長が見える。そしてその正面には――。
「やあ、志津香ちゃん。ひーさしーぶりー」
そうほくそ笑む、加工しているのかと思うほど綺麗で中性的な顔立ちの男は。
「芽木……」
「さん、ね。先輩だよ?」
芽木はそうぼやいて、その端正な顔をにひるに歪めた。




