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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第四章
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急展開

 家路には私が自転車で、兄がそれに走ってついてくる形で戻った。

 さすがというか、私が気兼ねなく自転車をこいでいても、兄は平気そうな顔で隣を走り続けた。


「随分体力がついたのね」

「三日間走り続けたこともあったからな」

「三日も!? どうしてそんなに……」

「シンディがいなくて、でも親友の公開処刑が執り行われるところだったんだ。だから止めるために間に合うように走り続けた」

「メロスじゃん」


 そんな兄妹とも言えない馬鹿みたいな会話をしていたら、ようやく家が見えてきた。

 だが同時に、いつもの風景と違うことに気が付いて足を止める。

 アパートの前に、パトカーが停まっている。兄を見ると、わからないと肩をすくめた。


「ちょっとここにいて」


 兄をその場に留め、私は家に近づいて行く。

 すると案の定、うちの玄関前に警察官が二人いた。


「すみません。何かあったんですか?」


 そう背中に尋ねる。


「ああ、こんばんは。君は、この家の人?」

「はい、そうですけど……?」

「家には誰もいないの?」

「母は入院をしてて、私はバイトだったので」

「そう」


 言って警察官は互いに顔を見合わせる。

 嫌な予感しかしない。


「実は通報があってね。この家が、大きな刃物を隠し持ってるとか」

「大きな、刃物?」

「んーっと、通報されたままに言うと、大きな剣だとかなんとか」


 ぎくり。

 兄だ。

 あいつの「せいんとせいやぶらっく」だかなんだかという大きな剣のことだ。


「まあ悪戯かと思ったんだけどね。一応確認しておこうと。部屋の中、確認してもいい?」

「あ、はい」


 家の鍵を開け、彼らを部屋に招き入れる。

 その時、家の外でこちらをうかがう兄が目に入り、大剣に手を掛けているのがわかった。私は口ぱくと手で、「隠れててバカ」と促し、兄は察したのか物陰に隠れた。

 警察官を切ろうとするな。

 警察官は「失礼します」と丁寧に言って部屋へと入った。しかしそのあと10分ほど調べを確認して部屋を後にする。


「ご協力ありがとうございます。一応形だけでも確認を取らなきゃいけないもので」

「いえ、大変ですね」

「では失礼します」


 帰っていく警察官を見送り、外に待機していた兄の下へと駆けつける。


「大丈夫よ。もう帰った」

「そうか。でも、やっぱり俺はしばらく帰らない方がいいな」

「そうかもだけど……その剣捨てられないの?」

「それはできない。だったら俺が出ていく」

「でもいつかは絶対見つかるわよ、それ」


 そう伝えても、兄は硬い表情をしたまま動かない。

 ため息が出る。


「とりあえず、別の場所に移りましょ。今日はここにはいられない」

「どこか行くあてがあるのか?」

「んー、気は進まないけど」


          〇


 そのまま自転車に乗って目的地に向かう。

 先程まで隣を走っていた兄だったが、周囲の目を気にしたのか今は私の見える範囲にはいない。でも確かに暗闇に紛れて着いてきているらしい。

 見えないけど。

 忍者か。

 私が向かう先は、というか頼れる先は、一つしかない。

 目的地の前まで辿りつき、自転車を停める。

『二軒目』。大きな看板にはその三文字が刻まれていて、今は既に閉店しているため電気はついていなかった。


「ここ、志津香のバイト先じゃないか」

「びっくりした!」


 本当にずっとついてきていたらしい兄が、突如背後から現れて私に声を掛ける。


「どこからついてきてたの?」

「木の上とか、塀の上とか、とにかく人の目につかないところを選んで」

「やっぱり忍者だ」

「待て」


 言いながら歩を進めようとした私を、兄が肩を掴んで止める。

 前同様、身体が一歩も前に進まなくなる。


「なに?」

「嫌な気配がする」

「気配? なにそれ」


 しかしそういう兄の表情は至極真面目で。冗談じゃないことが伝わってくる。

 私はおそるおそる店へと近づいて行く。すでに閉店し、残っていたとして明日の仕込みをしている店長と、その手伝いをしているバイトリーダーの郷田さんくらいだ。


 その瞬間、目の前に人が舞った。


 店の大きなガラス窓を突き破って、人の身体が飛び出てきた。それは地面に転がり、まるで死体のように力なく止まった。

 兄が瞬時に私の身体を引いてくれなかったら、私も巻き込まれていただろう。


「な、なんなの!?」


 きょどる私に、兄は転がり出てきたまま動かない人物に近寄っていく。そしてその顔を見えるように仰向けに動かした。


「郷田さん!?」


 悲痛な声が出る。

 郷田さんのワイルドで整った顔は、赤い血にまみれていた。


「大丈夫、死んでない」


 兄が冷静なままそう言って、割れた大窓から店内に入っていく。


「志津香はここで待ってろ」


 できるわけがない。

 ここは私の働く店で、私の第二の家族なのだ。

 兄のように大窓の破片を跳んで避けることはできない。私はいつも通り裏口に回って、中に入った。


「店長!」


 店内はこれでもかというくらいに荒されていた。

 ビール樽は倒れ、ガラス類は割れ、テーブルや椅子はあちこちに飛び散っていた。

 その後店の中心に店長が見える。そしてその正面には――。


「やあ、志津香ちゃん。ひーさしーぶりー」


 そうほくそ笑む、加工しているのかと思うほど綺麗で中性的な顔立ちの男は。


芽木(めぎ)……」

「さん、ね。先輩だよ?」


 芽木はそうぼやいて、その端正な顔をにひるに歪めた。


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