え
「え」
まるで未成年での妊娠発覚を知ったかのような、恐れと興味とが入り混じった絶妙な顔を見せたのは、親友の穂田愛ちゃん。中学校時代からの親友。
「お兄さんって、あの?」
「そう」
「え、待って待って。ちょっと待って。お兄さんってあの、七年前に行方不明になった?」
「だから、そうだって」
「え、うそ、ほんと待って。落ち着いて」
「愛ちゃんがね」
「お兄さんって、中学上がってすぐにクラス内でのギャグで大スベリして失笑を買った挙句、取り返そうとして空回りしてクラス内でハブられ出して登校拒否になったあの?!」
「やめて。それ思い出したくもないの」
「結局部屋に引きこもってゲームし続けて現実逃避をしながら生産力ゼロニートまっしぐらでいつか自分にはチャンスが降って湧いてくるんだと無根拠な自信を持ちながら自分の今の状況は環境や周囲のせいだと言い訳をし続けたまま行方不明になった、あの?!」
「言い過ぎっ! 確かにそうかもしれないけどっ!」
登校道で私はつい叫んでしまう。
そこまで言いきらなくていいじゃないか。
「なんでそんな詳細にディスれるのよ」
「ごめんなさい。まとめサイトとか見てると大体そうなのかなって」
「愛ちゃんって、意外とそういうオタクよね」
見た目は普通に可愛くてオシャレなのに。
家もそれなりのお金持ちで気品もありつつ、今時の女子高生の流行りを取り入れてギャルたちとも仲良くしている辺り、とても生き方の上手い子だと思う。
私には勿体ないくらいに出来た友達だ。
「今時まとめ見るくらい普通だよ。ニュース見るようなものね」
「そうなんだ。私、通信制限少ないからそういうの見ないし」
「そんなことより、本当にお兄さん、帰ってきたんだ?」
「うん……多分」
「多分?」
「まあだって、見た目とかめっちゃ変わってたし、声でわかったけど……やっぱ7年も行方不明だったのにいきなり戻って来て困惑してるというか、正直確信は持てないというか」
「なるほど。7年前のお兄さんの顔がこれでしょ?」
と、愛ちゃんはいきなりカバンの前ポケットからラミネート加工された一枚の紙を取り出した。
そこには幼い頃の兄の顔写真と、「さがしてください」という小さな子供が書いたような汚い字が書かれている。
「なっ、それ――!」
「うん、7年前にお志津が書いたお兄さんの捜索張り紙」
「なんでそんなの持ってるの!?」
「だってお志津が私に涙を浮かべながら渡したでしょ? いつかお兄さんが現れたらと思って、ずっと手元に持ってたの」
「そんなのもう捨てていいから! ラミネート加工までしてるし!」
「そう? でも当時のお志津は本気でお兄さん捜し回ってたから、私感化されちゃって」
「昔の話でしょ! 今はあんなのいなくたって問題ないんだから!」
「強くなったねー、お志津」
と愛ちゃんが私の頭を撫でる。
確かに小さな頃は大人しかったけど、私も大人になったんだ。
「でもお兄さん、どこに行ってたの?」
「知らない」
「知らないって、その話もまだなの?」
「したけど、異世界に行ってたとかわけのわからないこと言って誤魔化すの――って、エンガチョしないでよ!」
愛ちゃんが、両手の人差し指と中指を交差させていた。
「いやー、穢れを絶つのに早いに越したことはないよね。怪しきは近寄らず」
「私は普通だから」
「もちろんお志津とは永遠だよ? ずっ友。死ぬときも一緒。棺桶はクイーンサイズを準備してる」
「それは別々でいい」
「でもそっかー。お兄さん、ますます痛くなって帰ってきたのかー。放浪の旅にでも出てたのかな? 究極の現実逃避よね。ある意味行動力あるじゃん」
「知らない。なんか開き直ってる感じがむかつくの。受け答えも『ほう』とか『ああ』とか言うし。フクロウなの? 『ああ』って現実で言う人初めて見た」
「確かに、漫画で超使うけど、現実では使わないセリフナンバーワンだね」
「あーもう嫌。借金取りにも追われるし、泣きっ面に蜂とはこのことね……」
「でもいいじゃん。お兄さん帰ってきたなら、稼ぎ頭になってくれるかもじゃない?」
「小卒の妄想癖のある男を誰が雇ってくれるのよ。愛ちゃんのところで働かせてくれる?」
「無理無理の無理。せめて高卒じゃないと」
「知ってた」
ということはお荷物が一つ増えたということ。
なんて厄介なやつだ。
「大丈夫?」
「うん。どちらにせよ、お母さんは私が支えるって決めてるから」
「やっぱり強くなったね~」
なでなでされる。
子ども扱いされているようで気乗りはしないが、愛ちゃんの優しさを感じられて少しほっこりする。
「ひとまず、兄には仕事を見つけてもらって家を出てもらわないと!」