母と息子
「日給2万だってー」
市立病院に入院する母のベッドに向かって話しかける。
母は未だ青白い顔をして眠っている。昼間は起きていたらしいが、まだ退院できる状況ではないみたいだ。
主に体力面ではなく、精神面で。
兄が戻ってきたことが、いい意味でも悪い意味でも、安定していた母の精神を揺さぶってしまったようだった。
「正直魅力的」
ちまちま切り上げ時給千円程度で働いている自分が馬鹿みたいに思える。
広告チラシ程度だったら見向きもしなかっただろうけれど、北田くんの紹介だと俄然興味が湧いてくる。
「北田くん……」
「誰? 志津香の好きな人?」
「え、お、お母さん起きてたの!?」
ベッドに眠る母が、薄く目を開けてこちらを見ていた。その声はともすれば消えてしまいそうなほど掠れている。
「ごめんね志津香」
「もうやめてよ。何度も聞いたからそれ。お母さんは早く身体直して戻って来て。朝川のお医者さんも電話で待ってるって言ってたよ」
「そう。それで、北田くんって?」
「クラスの友達。私と同じでバイトで生活費を稼いでて、いい仕事紹介してくれたの」
「そうなの? だったらやってみたら?」
「んー。でも、ちょっと怪しい仕事っていうか」
「でも北田くんがいるんでしょ? だったら大丈夫よ」
「北田くんのこと知らないでしょ」
「知らないけど、わかるわよ。良い人」
「……どうして……」
「志津香がそんな顔するんだもの」
言われて顔が赤く燃え上がる。
なにそれ。私、そんな顔変わってた?
「創太は?」
「え、ああ……まだ帰って来てない。どこかで元気にやってるわよ」
「そう」
「……お母さんは、お兄ちゃんと暮らしたい?」
「え?」
どうしてそんな答えのわかりきっている質問をするの?
母はそんな顔で私を見た。
「もちろんよ。息子だもの」
「息子だからってだけ……?」
「どんなダメ息子でも、どんだけ迷惑を掛けられても、例え向こうに嫌われてても、自分の子供は可愛いのよ。志津香の気持ちもわかるけど」
「……ちょっと子供だったかなって反省はしてる」
「いいのよ。それくらいのことをあの子はしたんだもの。私は怒れないけど、他の誰かがちゃんと咎めないと、人は同じミスを繰り返す」
「お母さんが言うと説得力ある」
小さな笑いが病室に響く。
「でもね、うちの今の状況が、全部が全部創太のせいだって思わないでほしいの」
「どういう意味?」
「創太がきっかけではあったかもしれないけど、でもきっと、私たちの抱えてた闇は、ずっとそこにあったの。お父さんも、私も、ただ創太の事件がきっかけで表に出ただけで、選んだのも行動したのも私たち。だから、創太を責めないでほしいの」
そう言い切る前に、母の目からは涙があふれ出て、声は次第に嗚咽に変わる。
母はそのまま布団に顔を埋めて話さなくなった。
「お母さん、私これからバイトだから。行くね」
母にそう声を掛けて病室をあとにする。
入ってきた時よりも、肩に乗っかっている物が少しだけ重く感じていた。




