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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第四章
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恋愛ってわからない

「本当に申し訳ありませんでした!」


 バイト先の『二軒目』で、私は開口一番にそう言って頭を下げた。

 それは昨日、バイトを抜け出しそのまま家に帰ったことだ。母の件があったとはいえ、それは店には関係の無い話で、迷惑をかけてしまった以上私にできるのは言い訳ではなく頭を下げることだけだった。

 昨夜から電話とメールで謝罪は済ませているが、改めてあやまっておかなければと思った。


「困るよ、ほんと。せめて連絡くらいくれないと」

「仰る通りです。ご迷惑をおかけしました」


 顔を上げていないので見てはいないが、温和な店長が怒っているのが伝わってくる。


「たしかに最近はシフトあまり入れてあげられてないけど、だからって仕事を(おろそ)かにされるのは心外だな」

「そんなつもりはありません! もう二度とこんなことはしませんので!」

「だったらいいよ。次やったら辞めてもらうからね」

「はい」


 優しい店長からの辛辣な言葉。

 わかっていたことではあるけれど、とても胸が痛い。


「店長許してあげてね」


 しょぼくれてカウンターに入った私に、バイトリーダーの郷田(ごうだ)さんがそう声を掛けてくる。

 見た目がパリピっぽくてちょっと近づきがたいけど、中身は大人でとても頼りがいのある人だ。


「いえ、私が悪いので」

「店長も立場上ああ言うしかないんだよ。愛ちゃんのこと気にいってるけど、ひいきしちゃうと他のバイトに示しがつかないからね」

「……なるほど」

「結構怖かったでしょ」

「あんな店長初めて見ました」

「あれくらいじゃないと、店長なんて務まらないんだよ」

「ちょっと泣いちゃいました」

「あはは。ま、店が上手くいってないのもあるだろうけどね」

「全体を引き締めに掛かってる感じですか」

「その通り」


 それだけ話して、来客があり会話を止める。

 その日は、近くの大学が主催する大型の合同コンパがあったらしく、店はそれで貸しきりだった。盛りを迎えた大学生の男女が、貸しきりを良いことに騒ぎまくっていた。


「いいねー大学生は」

「郷田さんも混ざりたいですか?」

「もう俺にはついてけないかな」

「凄いテンションですもんね。パリピ的な」

「んー。というか、男子は女子にアプローチするために、酒に頼ってる感じかな」

「なんでお酒が必要なんですか?」

「恥ずかしいからだよ。酔えばその(たが)が外れるから、女性に気兼ねなく声を掛けられる」

「へ~」

「でも大体そういうのは空回りする」


 郷田さんがアゴでしゃくると、吐きそうな顔で友人にトイレへと運ばれる人や、どの輪にも入れず一人机に突っ伏している人、さらには女性に頬をはたかれている人などがいた。


「大変ですね。恋愛って」

「大変だよ~恋愛は」

「なんかとても含みのある良い方ですね。郷田さんモテそうなのに」

「モテるからこそ、いろいろ経験してきたからね。愛ちゃんは彼氏いないの?」

「なんでそんな話になるんですか」

「そんな話をしてるじゃんか」

「確かに……いません。そんな暇なくて」

「勉強づくめだもんね~高校2年なんて」

「まあ」

「好きな人は?」

「いません」

「嘘だ」

「嘘じゃないです」

「気になる人とかいるでしょ。好きじゃなくても、なんか視線で追いかけちゃう人とか、その人の一挙一動が気になるとか。最近話しかけてこないなーとか、あの人あの子と付き合ってるのかな、とか」

「……あー。それくらいなら」

「どんな人?」

「友達の幼馴染で、たまに話すんですけど。最近意外性があって可愛いなって思いました。私の友達と仲よさげに話してるのみると、付き合ってるのかなーとか」

「じゃあそれじゃん」

「えーでもそんなの誰でも思いますよね?」

「だから誰でも恋をしてるってことだろ?」

「私には難しくてわかりません」


 郷田さんは小さく笑った。

 そして退店するベルの音が聞こえると、そちらを見て私の肩を叩いた。


「見てあれ」

「お客さんですか?」


 コンパをしていた大学生の男女が4人、退店していくのが目に入った。その男女はとても仲が良さそうで、身体をくっつけ合いながら楽しげに出ていった。


「カ、カップル成立ですかね?」

「違う違う」

「え? でもいちゃいちゃしてましたけど……」

「あれはただのお持ち帰り」

「お持ち帰り?」

「そ」


 なにかを言いたげに肩をすくめる郷田さん。

 最初は何を言いたいのかわからなかったが、郷田さんの言わんとしていることがわかり一瞬で体中の体温が灼熱の如く上がった。


「セクハラです!」

「居酒屋で働いといてそれはないよ」

「そう、かもですが……」

「ごめんごめん。女子高生にこんな話した俺が悪かった」

「いえ……。でも、結局それってカップル成立ってことですよね? 私間違っていませんよね?」

「愛ちゃんはまだまだ若いなー」


 郷田さんはそれだけ言って、乾かしたジョッキ類を持ってカウンターを出て行った。


「意味が分かんない」


 大人になれば、わかる日が来るのだろうか。

 なんて考えながら、汚れたグラスに手を伸ばした。


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