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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第三章
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創太くん

 大きな剣を片手に立つその様子は、まるでゲームの中から飛び出てきたような。

 ここが宗教施設のありふれた講堂内でなければ様になっていただろう。

 目の前に立つ兄の背中を見ながらそんなことを思った。


「君が例の息子くんか。行方不明から戻って来たって言う」

「ああ」


 兄はお得意の「ああ」だけ返し、それ以上は何も返さなかった。

 ただ黙って目の前の教祖の代理人・(あら)を睨みつけている。

 私としては、兄がサラッと言った「絶望を送る者の名だ」という決め台詞が流されたことに意識が奪われてしょうがない。

 本気であの台詞を拾わないつもりだろうか。


「えーと、あぁ、その、昔からゲームやアニメが大好きだったと聞いていたが……ここまでとはね。のめり込む程好きなものがあるのは良いことだ」

 

 気を遣われる兄。

 よかった。拾ってくれた。でもまあそういう感想になるよね。


「創太くん。かっこよく出て来てくれたところ悪いんだけど、少しどいていてくれるか? これは大人の話なんだ」

「大丈夫。全部聞いてたよ。このまま母さんたちを解放してくれるなら黙っていようと思ったけど、志津香に……妹に手を出すなら黙ってはいられない」

「手を出す? 失礼な。これはビジネスだ。私は仕事をしている。選ぶのはそちらで、私はその選択を尊重したいと思ってるんだ」

「典型的な落とし穴だな。この手の輩はいくつも見てきてる。それで人生をどん底に突き落とされた人たちもね」

「仕方がない。何かに頼るしかなく、考えることをやめてるんだから」

「……それに関しては同意見だ。人は、自分で考えて戦う力をつけなきゃいけない」

「おー。創太くんの方がよくわかってるじゃないか。どうだい? うちに入会してみては? 君なら世界中の人たちを幸せにできると思うぞ?」

「はっ」


 兄が、乾いた笑いをみせる。


「なにがおかしい?」

「世界共通のマニュアルでもあるのか? その手の誘い文句は何百回と言われたよ」

「……へえ。それで、君はなんて答えたんだい?」

「なにも」

「沈黙では物事は解決しないよ?」

「ああ。だから、何も言わず、全部潰してきた」


 兄が不敵に笑って、剣を肩にかけて腰を低く落とす。

 それがどんな態勢なのかは私には判然としないが、おそらく兄にとっての戦闘態勢なのだと思う。


「は、はははっ! 面白いなあ、創太くんは。おもちゃの剣を持って、ヒーローのつもりかな? 昨今のコスプレする若者文化というのは嫌いではないが、しかしそれはそう言った場でするものだ。ここではない。時には冗談で済まないこともあるのだよ」


 荒が手を上げると、囲んでいた男たちがさらに詰め寄った。

 そして腰から警棒のようなものを取り出す。


「子供に、現実を見せてあげなければ。幸せはその先にある」

「厳しい現実ならとうに見た。本当に幸せが何かもね」

「何のアニメのセリフかわからないよ。私はオタクじゃないんでね」


 その言葉を皮切りに、警棒を持った男たちが一斉に襲いかかってきた。

 そこからの説明は語彙力のない私には難しい。

 兄は大剣を振り回して男たちを薙ぎ払いながら、四方八方から襲いくる相手を、あいた手足を使って器用にさばいていた。

 ある者は手首を極められ武器は床へと落ち。

 ある者は大剣の腹で打ちつけられそのまま漫画のように彼方へ飛んでいき。

 そしてある者は兄の踏み台にされて地面へと頭を打ちつけた。

 兄はその馬鹿でかい剣の重さなど意にも介さず、縦横無尽にその身を軽やかに動かし、敵をなぎ倒していく。

 まるで兄の背に翼が生えたかのように。

 それは、恥ずかしくも見惚れるに足る姿だった。

 兄が次に着地した時、その場に立っていたのは兄と荒だけだった。


「な、なな……なんだ君は……」


 目の前で繰り広げられた蹂躙(じゅうりん)に、荒はいよいよ冗談ではないと顔を驚愕に歪める。


「なんでもないよ。俺はただのニートのダメ息子だ。こっちではそうなってる」

「こんなことをしてタダで済むとでも? 君がしたことは立派な犯罪だ。不法侵入に暴行だぞ?」


 荒の脅しにも、兄は黙って荒へと歩み寄っていく。荒はその威圧に押されるように後方へと下がった。


「待て。俺を殺したところで何の解決にもならない! それだけの力があるなら、私の下で働いてみないか? それでお母さんの退会費は考えよう!」


 兄がわめく荒の胸倉をつかみ、そして強引に引き寄せた。


「俺は、家族を泣かせた奴を許さない」

「そ、それ……お前も――」


 荒の言葉は最後まで続かなかった。

 兄はまるで野球のバッティングのように、大剣の腹で荒の身体を打った。荒はゴムボールのように横に跳ねて転がり、窓にかかっていたカーテンに当たってようやく止まった。


「ふう。結構こっちの重力にも慣れてきたな」

「こ、殺したの?」

「ん、いや。全員生きてるよ。急所は外したし、致命傷にならないように配慮した」


 ほんとだろうか。あれだけの乱戦の中で、そこまで配慮できるものなのだろうか。

 でも、それを証明するように兄の服は一切乱れていない。


「ちょっと、たかぶってきたな……」

「お母さん……お母さん?」


 厨二病発言を始めた兄を無視し、隣で抱きついていた母を見ると、気を失ったのかぐったりしていた。


「母さんなら気絶させたよ。こんな光景見られても困るからな」

「あなたが? いつの間に……」

「最初に志津香の前に下りる直前にね」


 全然気づかなかった……って待って。


「それって、わざわざ一度着地してお母さんを気絶させてから、もう一度ジャンプして私の前に現れたってこと?」

「ん、ああ、そうなるな」

「なんのために!?」


 無意味が過ぎる!

 想像したらシュールすぎて笑けてくる。

 その方が登場シーンとしてカッコイイと思ったのだろうけれど。


「それで、どうするの?」

「どうって? まずはここから出るか」

「違う。力で相手をねじ伏せたって、何も解決にはなってない」

「はいこれ」


 兄が懐から出してきたのは、クリアファイルだった。

 その右上の隅には「A1209」と数字がふってある。


「なにこれ?」

「この団体で管理してる母さんの個人情報書類」

「ど、どこで手に入れたの?」

「志津香が表に出てから、こっそりな。警備も薄くなってたから、管理室に忍び込んで探した。これさえ燃やしてしまえば、母さんがこの団体にいたっていう証拠も無くなる。当然、退会費なんかを払う義務も無くなる」

「でも、本部とかと共有してたら?」

「してない。それは前回までの調査で確認済みだ。この団体は各拠点で信者を管理・運営してる。本部の人間はあがってくる上納金の数字しか見てないから、母さんの個人情報までは知らない。安心していい」


 一気に身体の力が抜けるのがわかった。

 兄の言葉をどこまで信用していいかはわからないけれど、ここまで用意周到に動いていたのなら、本当にそうなのかもしれない。

 忍び込んでいたこと自体が問題だけれど。それは私も共犯だから強くは言えない。


「でも、暴力は立派な犯罪よ。こんなことしてタダじゃ済まないんじゃ?」

「まー確かに」


 兄はわざとらしく悩むような素振りを見せた後、倒れ込んで気絶する荒の下へと歩み寄った。

 そしてその上半身を引き上げて起こし、顔を叩く。


「おーい。おーい」


 何度か顔をはたくと、荒がおもむろに目を覚ました。


「ん……ぁ……」

「意識朦朧(もうろう)としてるだろうけど聞いてくれ」


 そう言って、兄は荒の耳元に、私には聞こえない声で何かを(ささや)いた。

 すると荒は表情を一転させ、顔を青白く硬直させた。


「ま、待て……それは……ぶべっ!」


 なにかを弁明しようとした荒の頭を、兄が思い切り壁に打ち付けた。

 すると電池が切れたロボットのように、荒は再び気を失った。


「これで良し」

「良くなくない!?」

「大丈夫だって。こいつの部屋を探ったら、いろいろ出てきたんだ。こいつだって明るみになってほしくないことはたくさんあるだろうから、それと交換条件に俺たちの事を見逃してもらう約束をしただけさ。温和に、友好的にね」


 全然そうは見えなかったけれど。

 脅迫以外の何ものでもなかったけれど。


「とにかく」


 とにかく。


「帰ろうか」


 私たちは、無事施設を出ることができたのだった。

 お母さんを連れて。


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