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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第三章
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進路

「用紙は届いたかね?」


 終礼時に配られた用紙には、「進路調査」と書かれていた。


「君たちも2年生だね。もう塾に行っている人もいるかとは思うけど、今から将来について考えていかなければいけないんだね」


 担任の先生の喋り方がとてつもなく気持ちが悪いことはさておいて、いよいよこの時期が来てしまったんだなとぼんやり思う。

 同じ歩幅で同じ道を歩んできた同級生たちと、ついに人生の分岐が始まるのだ。


「お志津しづしづ静岡県!」

「リズム感がぱなく良い」

「静岡市の方が良かった? 賤ケ岳(しずがたけ)もあるけど」

「住民には大変失礼だけど、どっちでもいい」


 終礼が終わるや否や、愛ちゃんが後ろから抱きついてきた。

 いつも愛ちゃんのボキャブラリーには驚かされる。ボキャブラリーというか、くだらないことを考える力に。


「お志津、進路調査になんて書くの? 一緒のところにしない?」

「愛ちゃん。進路はそうやって決めるものじゃないわ」

「お志津がいるところが私の居場所でしょ? 私たちの関係はカエルと水草くらい切っても切り離せないのよ」

「言うほどカエルが水草の上に乗ってるのを見たことがないけど」


 でも確かに写真で見る時はたいてい水草の上に乗っている。

 どっちが大多数なのだろうか。


「それに愛ちゃんも知ってるでしょ。私は大学には行かない。就職する」

「……」


 愛ちゃんの口がキツツキみたいに鋭く伸びた。不満を示す顔だ。


「でも見て? このキャンパス。ごっさ綺麗でしょ?」


 愛ちゃんがカバンからパンフレットを取り出し広げる。

 ごっさて。

 パンフレットは有名なマンモス私立大学のもので、そこには大学生活を満喫する現役大学生たちが写っており、構内にある施設はどれもピカピカで大きい。

 正直、行ってみたいとは思う。


「一緒に授業受けて、構内のカフェでお茶して、サークルで旅行行って、イケメンの彼氏作って……想像するだけで興奮冷めやらぬ」

「……むー」

「え? お志津どうしてそんなにジト目で睨むの? おこなの?」

「私だって行けるなら行きたいわよ。でも無理なのも愛ちゃん知ってるでしょ」

「そうだけど……でもお志津せっかく勉強できるのに、勿体ないなーって」

「勉強は受験しなくたって必要よ。就職した先でも、仕事内容では評価されるんだから」

「私たち華の女子高生だよ? そして女子大生だよ? 私はお志津と一緒に過ごしたい」

「でも私が受けるならもうワンランク上の大学にするよ? 国立にすると思う」

「……」


 愛ちゃんが何とも言えない顔になった。

 愛ちゃんと一緒の大学というのは魅力的だけれど、友達に合わせて大学のランクを落とす気はない。やるなら全力でやる。


「でも見て見て。この大学、特待生制度があるの。成績優秀者には、授業料の半額が免除されるの!」

「知ってる。死ぬほど調べたわよ。でもそういうのはからくりがあって、いろいろ条件付きの穴がある。それに授業料だけで、必要な教科書とか教材は自分で買わなきゃいけないからなんだかんだ高くつくようになってるの」

「それは二人で使いまわせばなんとかなるよ」

「本気で言ってる? そんな中途半端なことしたくない」

「……じゃあ国公立は? 授業料めちゃ安くなったりもするんでしょ?」

「そうだけど、世の中には私より頭のいい人が山ほどいるの。そういった人たちは塾に行きながら毎日必死に勉強してて、特待生制度はそういった人たちで埋められる。1年の時に受けさせられた模試で現実を知ったわ」

「わかんないじゃない! やってみなきゃ!」

「無理よ。バイトがあるし、勉強の時間なんて作れない」

「そうかもだけど……」


 悲しそうな顔をする愛ちゃんを見て、申し訳なく思う。

 でも愛ちゃんには悪いけど、自分なりによく調べて考えて突き詰めた答えなのだ。

 そう簡単に揺らぐものではない。


「愛ちゃん。気持ちは嬉しいけど、私には無理だよ。これ以上お母さんに負担をかけるわけにはいかない。むしろお母さんを少しでも楽させてあげないと……」

「……」

「でも大丈夫。それでも私たち友達だから。ずっ友でしょ?」

「お志津~」


 まるで今生の別れのように、愛ちゃんは涙を浮かべて私を抱きしめる。

 大袈裟な。

 ぎこちなく笑いながら、周囲を見る。

 みんなまだ帰らずに、同じように進路調査を手元に談笑している。

 この中の大半が大学に進学を考えているのだろう。どこの大学に行こうか、どんなキャンパスライフを送ろうか、そしてその先にどんな仕事に就こうか。そんなことを、現実と妄想の狭間で悩みながら、将来に希望を馳せる。

 その中に私はいない。

 もちろん進学がえらいわけでも、就職が劣っているわけでもない。

 けれど。

 こうしてまだ学生としての楽しげな未来があることは、少しは羨ましく思う。

 決して口にはしないけれど。

 そんな未練は、とうの昔に絶ち切ったのだから。


「愛ちゃん」

「ん?」

「帰ろっか」

「うん!」


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