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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第三章
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下世話な話with愛

「あら」


 家に戻ってきた母が、ダイニングにいる私と愛ちゃんを見てそう間の抜けた声をあげた。

 そして、愛ちゃん、私、愛ちゃんを見て、最後に再び私を見た。


「お友達?」

「お邪魔してます」


 愛ちゃんはぺこりと頭を下げた。礼儀正しい。

 

「あ、わかった。愛ちゃんでしょ?」

「え、どうしてわかるんですか?」

「志津香がいつも話してるから。親友の穂田(ほだ)(あい)ちゃん」

「愛人……なんか恥ずかしいです」

「言ってないゾ」

「志津香が友達を連れてくるなんて珍しいわ」


 言いながら母はヒールを脱ぎ、室内に入ってきた。ヒールなんていつもは履かないのに。

 胸元の大きな真珠――真贋(しんがん)はともかく――のネックレスがオバサン臭さを醸し出している。お母さん的にはオシャレなのだろうけれど。

 さて、そんなおしゃれをしてどこに行っていたのやら。仕事帰りには遅すぎる。


「こちらこそいつもお世話になってます。お志津……志津香には勉強とか教えてもらったり」

「お志津? 良いわねそれ可愛い」

「もう、いいから。お母さん、愛ちゃんとご飯作ったから食べよ」


 気恥ずかしくなりそう急かす。

 家族に友達を合わせるのは、こういうこともあるのが嫌だったのだ。

 改まるのは恥ずかしい。


「うそ、二人で? すごいわねー! 愛ちゃんもありがとう」

「いえいえ。お志津と作るの楽しませてもらいました! こちらこそ家のキッチン勝手に使っちゃってすみません」

「いいのよいいのよ。どうせ汚いんだし」

「お母さん面白い!」


 お母さんと愛ちゃんの気遣い大会を横目に、席に座る。母も着替えずジャケットだけを脱ぎ、小さなカバンを置いて戻ってきた。


「餃子? 美味しそう。たくさん作ったわね?」

「餃子なら明日もチンして食べられるし」

「これニンニク入っている?」

「もちろん」

「そう」


 母がそう、少しだけ困ったような顔をしたのを見逃さなかった。


「ごめんなさい。接客業だと気を遣いますよねお母さん」

「え、ううん、いいのよ」

「そうよ。ちゃんと歯を磨いて食べ過ぎなきゃ大丈夫。せっかく愛ちゃんが作ってくれたのに……」

「そうよね。ごめんね。今日くらいはいっか」


 母がぎこちなく笑う。

 愛ちゃんも私を見て、少し気まずそうに舌をペロッと出した。


「そういえばお兄さんは?」

「創太? あの子最近遅いわよね?」


 お母さんがそう言って私を見遣る。

 私にふらないでよ。


「家にいたって落ち着かないんでしょ。異世界とやらが痛く気にいってたみたいだし、早く戻りたいんじゃない?」

「そんな……」

「でもお母さん、働かず自分勝手な生活をする人がいても困るでしょ? うちそんな余裕ないし」

「そんなことないわよ。創太も少しずつ世間に馴染んで、しばらくしたら就職もすると思うし」

「それ本人に言ったの?」

「まだだけど……」

「お母さんが甘やかしてたら、絶対変わらないわよ。それだと――」


 7年前、引きこもっていた頃と同じ。

 その言葉が喉元まできて、飲み込む。

 その言葉は、覆い隠していた暗いものを一気に噴出させる悪魔の呪文だ。

 愛ちゃんがいるのを忘れていた。


「そういえば、お母さんは医療事務のお仕事でしたっけ?」

「ええ、そう。隣町の朝川さん」

「えー! あそこですか!? 知ってます!」


 愛ちゃんがうまく話題を変えてくれたようで、少しほっとする。

 本当に愛ちゃんはこういう空気を読むのがうまい。あゝ友よ。


「あれですよね、待合室に古い漫画たくさん置いてる」

「そう! 行ったことあるの?」

「あります。小さい頃、インフルエンザにかかって診察に。私病院とか苦手で、ずっと気晴らしに漫画読んでて……たしか島に赴任したお医者さんが、島を牛耳(ぎゅうじ)る悪代官と戦いながらいろんな人を助けていくんですよね?」

「そうそう! 途中で薬を盛られて幻覚と戦いながら亡くなった奥さんへの未練を断ち切るところなんかはハラハラしたわよね~」


 どんな漫画よそれ。ものすごくアメリカドラマか。


「あれもう終わったんですか?」

「それが今でも新刊が出てて」

「うそ、すごい!」

「そう。悪代官は倒したんだけど、今は島に紀元前からいる原住民と出逢って、言葉が通じないながらも医療を通して彼らと仲を深めていっているところなの」


 いや、どんな漫画よそれ。

 医療漫画なの? 冒険活劇じゃなくて?

 ちょっと読みたい。


「そういえばあのお医者さん……イケメンでしたよね~」

「そうかしら? 私は島の親玉の方が渋くて好きだわ」

「へ~お母さんは渋い男性が好きなんですか? ちょい悪ダンディな?」

「まあそうね」


 む。

 お父さんとは正反対ではないか。

 お父さんはどっちかって言うと厳格で真面目な人間だった。


「じゃあ、そういう人と恋愛とかしてみたいとか?」


 愛ちゃん切り込んだーーー!

 まさか医療漫画から、母の彼氏できちゃった疑惑に切り込んでいくとは。さすがの私もそこまで展開を予測していなかった。

 それにしても強引! うまいようでうまくない!

 その質問に母が一瞬困ったように私をちら見した。こちらの意図がバレたのかもしれない。


「私もうおばさんよ? そういうのはないかな。今は生きることで精一杯」

「でも今日もきれいな服着てオシャレしてるじゃないですか~? これは怪しいですぞ?」


 どこのエロ親父!

 しかも、今日「も」って言ったらダメじゃない!

 愛ちゃんお母さん見るの今日がはじめてなのに!


「綺麗な服着るとね、気持ちがぴっとするの。そんな変な意味はないわよ」

「でもお母さんも女でしょ? やっぱり男が恋しいとかないんですか?」


 娘の前でエロトークやめて!

 また眠れなくなる!


「まあ、いい男性を見るとちょっと視線が目移りはしちゃうかなー?」

「ほら~。周りに良い男いないんですか?」

「いないいない。職場はおばちゃんばかりだし、診療所のお医者さんはもうお爺ちゃん。診療所に来る患者さんなんか、みんな青白い顔してそれどころじゃないわよ」

「診療所に来るお手伝いのお医者さんなんかはいないんですか?」

「え?」

「え?」


 一瞬の間。


「あー、そういう人もいるわね。今もいるけど、あの人は……そんな対象には見れないわよ。来たばっかりだし、繁忙期が過ぎたら来なくなるしね」


 なに、今の一瞬の間。

 明らかに忘れてたよね。設定。

 ちらっと愛ちゃんを見ると、ものすっごいしてやった感のある顔をしていた。具体的に言うと、片方だけ高く口角を上げて死神ノートで人を殺す漫画の中の殺人鬼のような顔。


「それより、志津香は学校でどうなの?」


 形勢が不利だと判断したのか、母はそういって話題を変える。


「お志津は勉強もできますし、友達も多いですよ!」

「そう? よかった。彼氏とかはいないの?」

「ちょ、ちょっとお母さんそういうのはいいから!」

「あ、そうやって言うってことはいるのね?」

「いないいない!」

「好きな人も?」

「いない! 私だってバイトでそれどころじゃないんだから!」

「いいじゃない。恋愛するだけならタダでしょ?」

「そういう問題じゃ……それに友達の前でそういう話は……」


 困って愛ちゃんを見る。

 また、ものっすごいしてやった感のある顔をしていた。

 こいつ、この場で母の疑惑だけではなく、私の恋愛事情まで掘り下げるつもりだったか。

 なんて策士なの!

 しかもその顔めちゃくちゃ腹立つ……!


「あー私トイレ行ってるから勝手にしてて!」


 逃げるように席を立ち、トイレに向かう。

 逃げると言っても小さい家だ。耳を澄ませば会話が聞こえて来るので、耳を塞いで便座に座り込んだ。トイレットペーパーが切れかけている。


「はあ」


 一人になってため息が出る。

 お母さんはうまく誤魔化していたけれど、今日のリアクションの端々から、疑惑が本当ではないかと感じさせていた。

 これはもしかすると本当にもしかするぞ。


「新しいお父さん、か」


 受け入れ態勢ができていない。正直今そんな話しをされても困る。

 トイレの中に飾ってあった昔の家族写真を見つめる。

 そこにいる母と私は笑っていて。もちろんまだおかしくなる前の兄も笑っていて。

 そして当然、父も笑っている。


「……どうしよ。お父さん」


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