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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第三章
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ようこそ我がオンボロ壮へ

 女性が髪を触るのは、異性の視線を気にしているからだと聞いたことがある。つまり今、私の親友こと穂田(ほだ)愛ちゃんが駐車場に停まった車の窓ガラスで自分の髪の毛をちょちょいと直したのはそういうことなのだろう。

 でも学校でいつも男子の方が髪の毛を触ってるようにみえるのは気のせいだろうか。ミリ単位で毛先を調整しているのを見ると、男子って大変だなーと思う。


「緊張する」


 そう言った愛ちゃんが以前見せた女の顔になりかけている。

 先日のが100だとしたら、今の女度は50くらい。

 学校では控えめの口紅をして、さっきは髪に妙なスプレーを振りまいていた。

 良い匂い。私が抱きつきたくなる。


「やめてよ。ほんとに汚い家なんだから。見たらがっかりするわよ」

「しないって~。お志津は心配性だな~。私たちずっ友じゃん?」

「それフラグに聞こえるからやめて」


 駅から二十分ほど歩き、大きな川の手前で道を脇に入る。するとすぐそこに私たちが住む築40年のオンボロ壮が見えてくる。

 何度か塗り直したであろう白い壁は、雨水などのせいで黒いよだれのような筋が幾百もありまるで廃屋のような空気感を(かも)し出している。


「へーここ?」

「……うん」


 情けなくなり小さな声でそう言って玄関に辿りつく。

 二階建ての部屋が数軒連なって一つになっているような物件で、曰く昔は最先端を行っていたマブイ物件だったらしい。

 でも周辺にあった工場などが時代が進むにつれどんどんと減っていき、次第にこの辺りに住む人も減っていって、空き家が増えたのだそうだ。

 すぐ傍にコンビニがあるのが唯一の救いで、いつか自分に子供ができたら長閑(のどか)な環境で育てられるんだとデメリットに目を瞑り続けている。

 鍵を開けて中にはいる。

 少し恐れていたことだが、案の定お母さんも兄も家にはいないようだ。


「お邪魔んぴーまん」

「なにそれ」


 ちょっと可愛い。今度使ってみたい。


「麦茶しかないけど大丈夫?」

「お志津が入れてくれるなら泥水だって聖水よ」

「言ったな」


 お盆にお茶とコップ、適当なお菓子を載せて二階へと上がる。


「階段、急だから気を付けて」

「全然大丈夫。そんなことよりお志津のパンツが見えてるのが興奮冷めやらぬ」

「ちょっと!」


 とはいえ両手でお盆を抱えているから隠すことができない。

 仕方がないから階段を逃げるように駆け上がった。


「ここがかの有名なお志津様のベッドルームね!」

「全然掃除してないけど」

「それがいい!」


 そう言って、愛ちゃんは持っていた最新型のスマホでパシャパシャと部屋の写真を取り始めた。


「写真とかやめてよ」

「大丈夫大丈夫! 私がおかずに使うだけだから!」

「部屋で!?」


 レベルが高すぎる。


「でも思ってたよりも広いよね。8畳くらいある?」

「8.1だったかな。二階は全部私の部屋にしてもらってるから。奥のタンスには家のものとかも入ってるけど」

「へ~。この足を踏むたびにキィキィ言うのは仕様?」

「変質者から身を守るためかな」

「大丈夫。私が毎晩見張ってるから」

「愛ちゃんのことだよ」


 しょんぼり、と少し哀しそうな顔をする愛ちゃん。

 騙されないけどね。


「じゃあお兄さんはどこで寝てるの?」

「一階。3畳くらいの部屋が空いてたからそこに」

「3畳!? ドビーじゃんドビー!」

「役に立たないドビーとかただの長っ鼻じゃん」


 ドビーがどこに住んでいたか覚えてないけれど。

 それに、たしか階段下の物置のようなところに住んでいたのはハリーだ。


「それで、何する? お風呂入る?」

「なぜ!?」

「濡れたお志津を見たい」

「見せたくない!」


 愛ちゃん、誘い方が強引かつストレートすぎるよ。

 冗談なんだろうけど。


「だから言ったでしょ。うちに来ても面白いものなんて何もないって。ゲームもないし、オシャレグッズもないし、テレビも一回のリビングにしかないし」

「じゃあ探検していい?」

「探検? この家を?」

「うん」

「もう見るものないわよ? ダイニングキッチンと2階の私の部屋と、あとはお母さんの寝室……って」


 愛ちゃんが言わんとしていることに気付き、愛ちゃんを睨む。


「あいつの部屋見たいとか言わないでよね」

「ちょっとだけ~」

「駄々をこねない」

「おーねーがーいー!」

「あんなの見てどうするのよ? ほんっとにちっさい部屋よ?」

「興味本位!」

「率直……」

「どうせお母様が帰ってくるのはまだまだ先でしょ? だったら今のうちに」

「普通におしゃべりしてたらいいじゃない」

「お兄さんがどんな生活をしてるか、気にならない? もしかしたら部屋になにか危ないものを隠してるかもよ?」

「いやそれは……」


 そう言われると気になってきた。たしかに兄が戻って来てから、兄の部屋を覗いたことは一度もない。母が布団を渡していたのは見たからほとんどそれで埋まっているものだと思っていたけれど。


「んー。ちょっとだけよ?」

「きたこれ!」


 愛ちゃんの策略に負け、渋々兄の部屋へと愛ちゃんを案内する。

 ここは母の部屋と連なる畳の小部屋で、部屋には窓もなにもない。仕切りはふすまのみで正確には部屋とすら呼べない。母の部屋を通っていくわけにはいかないため、ダイニングキッチンに面するふすまを開ける。

 恐る恐る。

 鬼が出るか蛇が出るか。


「……ほんとに何もないね」


 しかし心配の甲斐なく、兄の部屋は想像通り何もなかった。布団がひとつ綺麗に畳んで隅に置いてあるだけ。まるでテレビで見た刑務所のように生活感のない。


「わかったでしょ。まだ帰ってきて数日なんだから、何もないって」

「ふーん」

「あ、愛ちゃんそこ押入れ……」


 ゴトン。

 愛ちゃんが開けた押入れのふすまの隙間から、巨大な鉄の塊が倒れ出てきた。

 剣。

 その一言に尽きる。

 戻ってきた兄が携えていたもので、銃刀法違反だから持ち歩くな捨ててこいときつく言ってきかせたそれだ。

 捨ててなかったようで――捨てられるのかもしらないけれど。燃えないゴミ?――押入れの中にしまっていたらしい。


「これって……」

「あーーーー! これ、これね! これはあいつが子供の頃に買ってもらったおもちゃなの!」

「え、でもこれめちゃくちゃ重……」

「大丈夫だから! 私が直すから!」


 え、重っ。

 これは人が持って振り回すものなのだろうか。

 愛ちゃんも手伝ってくれ、なんとか鉄の剣を押し入れの中に押し戻すことができた。畳にできた凹みは……まあ仕方がない。そのうち低反発クッションのように戻るのを期待する。


「ほら、もうこれ以上は何もないわ。満足した?」

「ん! わざわざありがとね。そこで提案なんだけど」

「また?」

「ちょっと時間あるし、お母様とお兄さんのために晩ご飯一緒に作らない?」

「まともな提案……。愛ちゃんがそう言ってくれるなら、買い物いこっか」

「楽しみー! お志津と晩ご飯のお買い物……これ実質ワイフだね」

「どっちが?」


 それ以上深堀りしたくもないけれど。

 愛ちゃんが来るだけで家の中はお祭り状態だ。晩ご飯の時が思いやられる。

 でも、これが私の親友なんだと母に紹介ができるのは、少しだけよかったかもしれない。

 今まで友達なんて連れてきたことがなかったから。

 それで少しでも、お母さんが安心してくれるなら。そんなに喜ばしいことはない。

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