不穏
それっぽい通路を辿っていくと、その先にフリーフォールの入り口があって、中に入って自分の席に着き、腰をベルトで固定する。
スタッフさんの指示を聞き、安全を確保できたら乗ったリフトが上へと上がっていく。外はまだ真っ暗で見えないが、身体で上がっていくのを感じる。その間、ドラゴンの歴史がなんたらとか、ダークネスドラゴンの悪行がなんたらとか、おどろおどろしく冒険者の声で聴かされる。
雰囲気作りはばっちしだ。
隣では北田くんが硬直して微動だにしない。冷や汗がヤバい程出ていて、手すりを掴む手に尋常じゃない程力が入っている。
これ、本気で止めた方がいいんじゃなかろうか。
そう思っている間に、ナレーションの声が焦ったような声をあげる。
ダークネスドラゴンに見つかったらしい。
そして私たちの目の前の壁に、CGでダークネスドラゴンが飛び交う様が映し出される。そしてそれは私たちに顔を向け、紫色の眼光が鋭く光った。
『掴まれ!』
冒険者の声が響き、ダークネスドラゴンから炎が吹き出される。同時に私たちの乗るリフトが激しく急降下した。頭の上を炎――という名の煙が掠める。
あまりの急降下に、私も我慢できず目を瞑る。筆舌し難い悲鳴が上下左右から響き渡り、それは数秒して止まった。ほっと気を休めると、再度リフトが上に上がりだす。
「終わり?」
目を開けて隣を見る。
すると兄が、恍惚とした表情を浮かべていた。
「ははっ。懐かしい」
おかしくなったみたいだ。
無視しよう――と思った瞬間には、再度急降下し始めた。
何度か上下を繰り返すらしい。これはなかなかに耐えがたい。
2度目の落下が終わった時、手にぬくもりを感じて見る。逆隣の北田くんが目を強く瞑り、私の手を掴んでいたのだ。
下心などではなく、本能で何かに捕まりたかったのだろう。余程怖いのだ。
それに、私もこうして人と繋がっていると多少は気楽――と3度目の落下。私も自然と声が漏れる。
その後もう一度落下し、4度の落下を楽しんだ後、ミッションクリアのような明るい音楽が流れ始め、リフトはゆっくりと地上に下りて行った。
「はー楽しかった!」
「ああ、血がたぎるよ」
「え、たぎ……?」
愛ちゃんと兄の会話を横目に、北田くんを見遣る。
北田くんはあまりにも気分の悪そうな様子で、帰りの扉が開くと同時に駆けて行った。
「あちゃー」
愛ちゃんがそんな声を漏らす。
「ほらー。愛ちゃんが北田くん無理させるから」
「だって、ここまで高いのが苦手だって思わなくて」
「あはは」
兄が苦笑いをするが、本気で心配しているのは私だけらしい。
「もうっ」
仕方がないと北田くんを追いかける。
建物を出て見渡すと、売店の脇の奥で膝に手をつく北田くんを発見した。
「大丈夫?」
「ん、あ、嶺!?」
慌てて取り繕う北田くん。
明るく笑っては見せるが、その顔は青白い。
「ごめんね、無理させたみたいで」
「ううん! 全然! でも恥ずかしいとこ見せちゃったな」
「そんなことないよ。苦手なことでも挑もうとするなんてすごいと思う」
「そうかな……ははは」
「バスケやってるのに高いところ苦手なんだね」
「十メートルも跳ぶわけじゃないからな」
「たしかに」
笑う。久しぶりに自然と笑えた気がする。
兄が戻って来てから、ピリピリしてたから。
「あれ、コータじゃん」
突然の背後からの声に振り向くと、そこには同じ年くらいの男子が3人程立っていた。
見るからにガラが悪そうで、その真ん中に立つ男子は、濃い化粧と細みのパンツにダボダボした上着を着ていて、どこか中性的なモデルのような人だった。顔だけ見れば女性とも勘違いしなくもない。
「あ、芽木さん! ちわっす!」
どう見ても好青年には見えないその男子たちに、北田くんはそのまま真っ二つに折れるのではないかと心配になるほどに深い礼をした。
知り合いらしい。
「なに、コータの女?」
「え、いやそそ、そんな、違いますよ!」
「だよなー。そんな地味なの」
そういってケラケラと笑う。
めちゃくちゃ失礼なことを言われた。しかし北田くんはその相手にへこへこ愛想笑いを振りまくので必死だった。
ちょっとみっともない。
「珍しいっすね、芽木さんこういうとこ来るんすか?」
「7番に入場チケット貰ってさー。こいつら連れてきたんよ」
ななばん? なんの話かはわからないが、芽木と呼ばれるリーダー格の後ろの、似たようなチャラそうな男子がにやつく。
兄の「嫌な予感」とやらがどうやら当たったらしい。
「えっと、北田くん。私先戻ってるね?」
「あ、うん」
「えー! 待って待って!」
狭い道を、そう言って芽木とやらが塞いでくる。
これは面倒なことになりそうだ。
「コータの女じゃないなら、貸してよ?」
「か、貸してって……?」
「俺ら女連れてないのはずくてさ。こっちでナンパしようかと思ったんだけど、小坊ばっかでろくなのいなくてさ」
「そうですか。でも私、友達と来てるので」
「えー振られちゃうのー? 俺振るとか贅沢だねー」
それ以上は取り合わないと、彼の脇を通り抜けようとする。
しかし振り向きざまに、鷲掴みにされた。
胸を。
「な――」
初めてのことで、反射的に顔が赤く染まり、しゃがみこんでしまった。
え、今この人胸を掴んだよね?
「な、なな、なにするんですか!!」
「え、その反応、処女?」
「しょ――」
困り果てて北田くんを見る。
しかし北田くんは私から視線を逸らし、気まずそうにしているだけだった。
頼りにならない!
ほんっとうに男は情けない!
「警察呼びます!」
「警察? それは困るなー」
それを合図に、芽木の後ろにいた男子が二人私に迫ってきた。
こんな場所で何をする気がわからないけれど、よくないことだけは分かる。
「ごほん」
その時、咳払いの音がして時間が止まる。
やはりかと思わなくもない。
それはさらに背後に立っていたのは――やはり兄だった。




