ゲーム対決
以前来た時の閑散とした様子とは裏腹に、噂通りマイホーパークは息を吹き返したように賑わっていた。どのアトラクションも5分も並べばすべて乗れたし、確か楽しくて木製ジェットコースターに10回以上乗った記憶がある。
しかし今は一つのアトラクションに乗るにも30分程は待たされる状態で、東京の有名なテーマパークとはまではいかないが、そこそこに込み合う場所だと認めざるを得ない。
だから結局私たちがデンジャラスウォーターに乗り終えるのに40分ほどを擁し、そのあとすぐにランチのためにレストランに並んで注文を終えて料理が提供されて食事を終えて外に出るまでに、さらに1時間ほどかかってしまった。
「なんかどこも込んでるな~」
愛ちゃんのその言葉に隠されているのは、「並ばなくていい遊びをしたい」である。私と二人なら直接言う子なのだけど、兄の手前遠回しな表現になっている。
もしくは、私にだけわかるように暗号化して伝えているとか。
「あそこ空いてない?」
であれば乗ってあげよう。
私も並ぶのはあまり好きではない。もちろんその先に楽しいことがあれば別だけれど、このテーマパーク自体子供向けなこともあり、どれも楽しそうとは思えないのだ。
安くはない入場料の分は遊びたいけど。
「いいじゃんあそこにしようぜ!」
北田くんも同じ気持ちなのか、そう私の言葉を拾ってくれて推進してくれる。
兄がどう考えているかわからないが、しかし過半数が同じ気持ちとなれば、自然とその足が向く。
中に入ってみて、そこがどうして人が少ないのかわかった。
そこは一言で言えばゲームセンターで、ゲーム機だけではなく、身体を使って遊ぶアーケードゲームなどがずらりと並んでいた。
それなりに人はいるけれど、わざわざ遊園地まで来てすることではないので、人はあまり立ち寄らないみたい。アトラクションに乗れない小さな子供向けの施設なんだろうと思う。
「お~ゲーセンじゃん!」
「あ、あれやりたいです!」
「え、どれ?」
愛ちゃんが兄の腕を引っ張って行く。
いちいち説明はしないけど、この数時間で兄との距離をぐっと縮めた愛ちゃんは、隙あらば兄の身体を触るくらいまでにはなっていた。
あー見たくない見たくない。
愛ちゃんが向かったのはバスケットボールのアーケードゲームで、本物のバスケットボールを目の前のゴールに向かって投げ入れ、1分間で何個入るかと言うあれである。
「これ、ずっとあるよね」
「この中は変わんないな」
横で北田くんが答えてくれる。
「あ~全然入らな~い!」
ゲームを終えた愛ちゃんがそうブリる。
ブリるとはぶりっ子するという意の動詞だ。
「お兄さん、仇とってください!」
「俺が? ん~バスケやったことないんだよなあ」
「大丈夫です! お兄さんの身体能力なら、一発で感覚掴めますよ! こないだみたいに、かっこいいとこ見せてください!」
「自信ないなあ」
と言いながらゲーム機の前に立つあたり、腹が立つ。
やる気満々じゃん。
「お兄さん、勝負っすね!」
兄の横に、北田くんがそういって立った。革のジャケットを脱いで、腕まくりまでして。
その顔は自信に満ち溢れている。
「そういえば北田くんって、バスケ部だっけ」
「中学までね。でもこれでもエース張ってたんだから、お兄さんには負けねえっすよ!」
と言って私を見る。
何故私を見る。私がいくら兄嫌いだと言っても、バスケットゲームでの勝ち負けなんかどうだっていいのに。そりゃ普通に経験者が勝つのでは。
ビーっと音がなり、ゲームが開始される。
北田くんはさっとボールを取り、シュート態勢に入る。そのフォームは確かに洗練されていて美しく、バスケット漫画を見ているような印象を受けた。――が、外した。
「あ、あれっ」
「わー!」
外した北田くんの斜め後ろで、愛ちゃんが黄色い声で叫んだ。
なんと兄が一発目を入れたのだ。
北田くんは焦ったのか、すぐに次のボールを拾いシュートを放つ。今度は何とか入った。
「なるほどね」
北田くんが大きな声で言う。
なにがなるほどなのか。
感覚を掴んだという意志表示だろうか。声が大きいのではないか。
しかし未だ微調整する北田くんの真横で、兄は直立不動で片手でボールを掴み、次々とゴールに向かって投げてく。そしてそのどれもがゴールに収まっていく。しかも早い。
「おおっ」っと周囲がその様子を物珍しげに見つめ、ざわついていた。
すごいけど、なんかキモイ。
あっという間に1分が経ち、北田くんが36点。兄が60点だった。
ていうか全部入れやがったこいつ。しかも左腕一本で。
……ん? 左腕?
絶望に打ちひしがれる北田くんを横目に、兄に近寄る。
「ちょっと」
「な、なんだよ。変なことはしてないだろ?」
「全部入れた」
「わざと外すのも変だろ」
「絶対嘘。ちやほやされたかったんでしょ」
「そんなことないって」
「しかもどうしてわざわざ利き手じゃない左で打ったのよ」
「こっちの方が不自然な動きになるし、一般人ぽいかなって思って」
「は? あんたも一般人でしょ。何言ってるのしばくわよ」
芸能人気取りか。結婚相手は一般の方ですってか。
言葉の端々が鼻につくって相当よ。
「お兄さんほんっとすごいですね!」
私を押しのけるように愛ちゃんが割って入って兄の視界を奪った。
恋は盲目とよく言ったものだ。
「次、あれやってみましょうよ!」
リベンジだ、と言わんばかりに北田くんが指さしたのは、たくさんの人形が敷き詰められたエリアで、空き缶が6つピラミッド状に重ねてある。お手玉を3回投げて、その空き缶を倒せば人形が貰えるというものらしい。
「嶺、どの人形が欲しい?」
「私? 別にいいよ」
「え、どれか欲しいのとかないの?」
子犬のような顔で見つめられ困惑。
すると後ろから愛ちゃんが私の背中を押した。
「お志津、あの巻き舌ジュゴン超好きじゃん! スタンプ使ってるし」
「え、まあ、好きだけど」
「ほんとにっ!? じゃあ俺が取ってあげる!」
北田くんが百円片手に勇んで進んでいく。
別に北田くんが欲しいものを取ればいいと思うけど。
「ていうか貰っても困る……」
すると今度は、兄から北田くんの横に並んだ。
兄も百円をスタッフに渡し、3つのお手玉をもらう。
北田くんはムキになったような顔付きになり、お手玉を一つ投げた。しかしそれは空き缶の遙か上を通り過ぎていく。
今度は兄が投げる。するとお手玉は真っ直ぐに空き缶の山を貫いた。
「きゃー!」
愛ちゃんが鳴いた。
しかしスタッフさんは胸の前でバッテンを作り首を横に振るう。
「え、どうして?」
「空き缶全部を落とさなきゃダメなんですよ」
確かに、6つのピラミッド状に重なる空き缶の、一番下の真ん中のみ打ち抜いていて、残りの5つはそのままになっている。
逆にすごい。
あ、逆にすごいって言わせたいのでは? そううがった見方をしてしまう自分の心の穢れが悲しくなった。
「それ最初に説明してよ」
愛ちゃんが皆の気持ちを代弁してくれた。
一方で北田くんは勝負はついてないとほっとした様子で、今度は2つめを投げる。それは見事に空き缶の山に当たり、そしてスタッフさんの言う通りにすべてが倒れた。
「っしゃー!!」
周囲がドン引くほどのガッツポーズ。
そこまで兄をライバル視していたのだろうか。
しかしスタッフさんがまたもやバッテンを作り、
「だめでーす」
「なんで!? 全部倒したのに!?」
「全て台の上から落とさなければいけないんですー」
そう言いながら平然と倒れた空き缶を積み直していく。
なんて理不尽なゲームだろうか。
悔しそうな顔を見せていた北田くんは、意地になったのかすぐに3つ目のお手玉を投げた。しかし案の定お手玉は下の台に当たって地面に落ちた。
ゲーム終了。
「お兄さん、仇とってください!」
愛ちゃんが懇願する。
「2つ、一緒に投げてもルール違反にならないですよね?」
「はい。大丈夫ですよー」
兄はそう確認して、お手玉を二つ、その右手に収めた。
まさかと思った時には、兄はお手玉を二つ一緒に投げていて、そして6つの空き缶が呆気なく台の向こうへと飛んでいっていた。
「すっごーーーい!!」
愛ちゃんがもっと鳴いた。
遅れてスタッフさんがベルをカランカランと鳴らし、兄が指さした人形を渡してくれる。
「ほい」
そして私に、その景品、巻き舌ジュゴンの人形をくれた。
ふかふかであったかい。
「え?」
「これ、欲しいんだろ?」
「いや、別に……ていうかどうしてあんたに……」
「別に。ただ俺は欲しいもの無いから」
「じゃあなんでやったのよ」
「ん? ん~」
「どうせかっこつけたかったんでしょ」
「ま、そういうこと」
そう言ってウィンクした
え、キモイ。
でもまあ、巻き舌ジュゴンの可愛さに免じて許してあげようと思う。
ただ一つだけ言いたいのは、やっぱり貰っても困るのだということ。
欲しいか欲しくないかではなく、今こんなところで貰っても、今日一日こいつを抱いて回らなければいけないのだから。邪魔でしかない。
とは言わないけれど。
男子諸君には、もう少しその辺りまで考えて行動してもらえると嬉しい私であった。