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兄が異世界救って帰ってきたらしい  作者: 色川玉彩
第二章
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白い竜

 正面ゲートを通ると、一番最初に出迎えてくれたのは巨大な山だった。

 山と言っても緑豊かな山ではなく、茶色いなんかボスでも棲んでそうな岩山。その頂点からは煙がもくもくと出ているから、火山と言う設定なのだろう。


「へ~随分と変わったんだな」


 兄がそれを見上げて言う。


「前はもっと小さい、山だったよな? 鉱山とかじゃなかったっけ?」


 私にそう話を振ってくるがやめてほしい。

 当然のように兄妹のように振る舞うのをやめてほしい。

 無視する。


「お兄さん、前も来たことあるんですか?」


 そう愛ちゃんが下から上目遣いで兄に問いかけた。

 少し大きく空いた胸元を見せつけるように。

 友達が男を狙っている様子は、見ていて気持ちの良いものではない。意識せずとも声がワンオクターブ上がっているし、あんな露骨なアピールをしているのを見るのはこちらまで恥ずかしい。

 仕方がないことだと思うんだけど。

 私も恋したらこうなるのだろうか。考えられないけれど。

 とにもかくにも、童貞の兄には効果てきめんであることは言うまでもない。


「小さい頃、家族でね。あの時はもっと地味で人も少なかったんだけど」


 と、意外や意外。兄は無反応だった。

 胸元をちらりとも見なかった。

 行方不明の間に女性経験を済ませているのだろうか。昔なら隙あらば胸ちらパンちらを狙っていたはずなのに。


「確か5年前に建て直したんだよな」


 間に割って入るように、園内マップを持ってそう呟いたのは北田くん。

 北田くんはマップをまじまじと見つめながら、


「この山はプラチナマウンテンって言って、大陸を恐怖に陥れた白い竜が棲んでいるんだってさ。あの山の上から出ている火は、マグマじゃなくドラゴンの火炎なんだ。その純白の身体は、プラチナと見間違うほどに美しいらしい」


 あ、そういう設定ね、と北田くんが付け足す。


「白い竜……」

「お兄さん興味ありますか? あの中で、財宝を探して歩くアトラクションらしいんですけど、入ります?」

「ん、ああ、いやそういう意味じゃないんだ。それに、この手の火山に白のドラゴンが棲んでいることはありえないよ。こういう場所で白い身体は進化として不適切だし、彼女たちは逆に静かな水辺を好むんだ」

「え?」

「なによりドラゴン特有の油の匂いがしない。あの火も、ドラゴンの炎はもっと赤黒くて禍々しいし、匂いも強烈でその場に立ってられない程なんだ。この手のファンタジーを演出するのは結構だけど、ちょっとリアルに欠けるかな。それが俺が行かなくていい理由」


 やってもたーーーーー!

 頭を抱える。キモオタの如く早口で言いきった兄に、私は後手に回らざるを得ず、頭を抱えるしかなかった。心の中で。

 いきなり漏れ出た兄の妄想癖に、愛ちゃんと北田くんがヤバイ人を見るかのように視線を泳がせていた。

 私は人生で初めて兄とテレパシーで繋がれと神に願い、「黙れ黙れ黙れ」と念じ続けた。

 その念波が届いたのか、兄は私の顔を見てはっとする。


「ていうのは冗談で、見てよ」


 兄はプラチナマウンテンから出てきた幼稚園児の親子連れを指さした。

 幼児の手には大きい宝石の付いたおもちゃの指輪と、手には豆腐も切れそうにない短い西洋剣を持っている。


「多分かなり子供向けだから。俺たちが入るにはちょっと厳しいかなって」

「あー確かにそうですね」

「うん。デートにふさわしくないっしょ」


 愛ちゃんと北田くんが納得する。何とか切り抜けたようだ。

 ……切り抜けた、のか?

 いや、切り抜けたということにしておこう。

 ていうかちょっと待って。この感じで今日一日行くの? 無理くない?



 プラチナマウンテンを横目に通り過ぎると、ウォーターアトラクションが待ち受けていた。うねうね曲がったコース上には水が流れ、その上を黄色い円形のゴムボートで滑り降りるみたい。

 というかこれは五年前もあったやつだ。(がわ)だけ変えて生まれ変わったことにしているらしい。


「これは、デンジャラスウォーターってやつ。なんとかプラチナマウンテンから抜け出したはいいけど、白い竜に見つかって冒険者たちが川から海に逃げるんだって。そういう設定」

「あーなるほど。ちゃんとドラゴンにまつわる冒険者の伝説を追っている感じなのね」

「でもいきなりボスの根城から始まるってすごいよね。この後することなくない?」


 愛ちゃんが愚痴をこぼす。

 それは確かに思ったけど、大人の事情であの大きな山を初めに持ってくるしかなかったんだから許してあげてほしい。


「そんなことないぞ?」


 また兄が口を開く。口を開けば妄言が飛び出す。

 次こそは余計なことは言わせない。

 ていうか言わないで。


「俺……じゃない。知り合いは目が覚めたら数百メートルはある塔のてっぺんで目が覚めて、目の前で悪の大王が全人類を滅ぼす儀式をしているところだったって言っていたし」


 実体験として語ることを抑えたのは褒めてもいい。百歩譲って。

 でも知り合いにそんなやついる? 普通に考えて。いないでしょ。嘘つくのもヘタクソか。


「へ~その人はそのあとどうしたんですか?」

「たまたまその儀式を止めて、全人類を救っちゃったらしい。でもって国中に歓迎されるんだけど、次第に人間同士で戦争が始まって、それを止めるのにかなり苦労したらしい」

「すごーい! ヒーローってやつですね!」

「そんな輝かしいものじゃないよ。所詮剣を持てば、みんな平等に殺し合うだけ。誰にも敬われる英雄なんていないし、世界を救っても意外と肩身が狭いものさ」

「は?」


 これ以上はやばい。

 もう歯止めが聞かず妄言が漏れ出てる。

 そう思って、とりあえずドスの効いた声で威嚇する。

 効果があったのか、兄はそれ以上は口をつぐんだ。


「どうする? これ乗ろっか?」


 北田くんだけは清涼剤のように、進行に徹してくれている。

 今までは何でもないクラスメイトだったけど、まともな北田くんが唯一の救いに思えてきた。後光が差してる。


「お兄さん、遠心力とか大丈夫ですか? 酔いやすいとか?」

「ぜんっぜん大丈夫だよ。よし、これに乗ろう」


 言って、兄と愛ちゃんはデンジャラスウォーターの入り口へと歩いて行った。

 遅れて私も追いかける。

 と、そこに北田くんが平行して着いて来た。


「ごめんね北田くん。あんなやつで」

「え、変かな? お兄さん、めっちゃかっこいいと思うけど」

「どこが……」

「憧れるなあ」

「絶対やめといた方がいいよ。闇を見る。北田くんには今のままでいてほしい」

「え……」

「……え?」

「まじで?」

「ん? うん。本当にそのまま成長して行くのが一番良いと思う」

「良いって、かっこいいってこと?」

「まあ、そうね?」


 北田くんは私に背中を向けて、一人で何かガッツポーズのようなものをしていた。

 かっこいいって言うのはちょっと安直だったかな。でも男の子ってそういうのやっぱり嬉しいんだ。なんかそういうリアクションをされると恥ずかしい。


(みね)!」

「え、なに?」

「今日はめっちゃ楽しもうな!」


 と北田くんは走って行った。

 もう帰りたいとはとても言えなかった。


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