ロザリンド
最期の瞬間、人は何をおもうのだろう
家族、友人、恋人、仕事……、
過去への後悔と未来への切望
憂いなく逝ける人は、とてもしあわせだと思う
わたしはこの結末をきっと知っていた
だけど、後悔はない
しあわせだとすら思う
だって――、
お父様から呼び出された
あたらしいおともだちを紹介したい
そう言ってわたされたのは、黒いドール
所々溶けてしまい、関節部は動きがにぶい
火事で壊れてしまったのだろう――お父様はそう言いました
前の持ち主だったご友人はその火事でお亡くなりに
このドールは形見分けとしてもらったのだと言いました
元々の姿は大変美しいドールだった事、
彼女は友人一家に大変大事にされていた事、
生前訪れていた時は何度もその姿に目を奪われた事、
彼女のたくさんのお話をわたしはお父様から聞かされました
わたしはこのドールにロザリンドと名前をつけました
ロザリンドはまっくろです
形はかろうじて人型である、という事がわかる程度
肌は煤け、目は溶け落ち、髪はちぢれて、手足の形もはっきりしない
わたしはまずロザリンドをお風呂にいれてあげました
執事のウィルに頼み、可愛いお洋服もつくってもらいました
フリルのかわいい、白のドレス
ロザリンド
わたしの大切なおともだち
弟のルークに挨拶をしてみます
こんにちはルーク、わたしはロザリンド
ルークは泣き出してしまいました
ごめんね、びくりしちゃったね
わたしはルークをあやします
まっくろのロザリンドと違い、ルークの肌はまっしろです
かわいいわたしの弟
もうすぐ1歳になるまっしろな肌のわたしの弟
でも、ロザリンドの肌はまっくろです
ああ、神様!!
なんということでしょう
ルークは死んでしまいました
シチューを煮込んでいたメイドのナターシャ
晩餐の準備をしていた彼女が倒してしまった大鍋
その先には、いるはずのないルークがいました
悲鳴と怒号がとびかいます
まっしろだったルークの肌
今は赤くただれてドロドロです
かわいそうなルーク、わたしの弟
わたしはなきました
一人でいる事に耐えられず、
その日はずっとロザリンドと過ごしました
一緒にお花をつみました
一緒にご飯を食べました
一緒にお風呂に入りました
ルーク……わたしのかわいい弟
わたしは煤がとれ、まっしろになったロザリンドと眠りました
お婆様に会いに行きました
最後に会ったのは、ルークとお別れの時でしょうか
お歳をめしていますが、まだまだ精力的なお婆様
ガーデニングが趣味で、毎日きれいなお庭のお世話をしています
今日はロザリンドと一緒に、そのお庭でお茶をよばれてきました
他愛のないお話を、お婆様はニコニコしながらきいてくれます
やさしくて綺麗なエメラルドの瞳を持つわたしのお婆様
でも、ロザリンドの瞳は閉じたままです
お婆様が死んだと聞かされました
お庭のお世話をしている最中、転んでしまったとの事です
お別れの時、お婆様の顔には包帯がしてありました
大人たちの話では、転んだ先の鉄柵でケガをしているのだとか
たくさんの人にお別れを言われるお婆様
わたしもロザリンドのエメラルドの瞳といっしょに見送りました
お母様に髪をといでもらいます
自分でもできますが、
こうしてお母様にしてもらう事がわたしは大好きです
お母様にといでもらいつつ、わたしはロザリンドの髪をとぎます
ロザリンドの様にちぢれて、真っ直ぐにならない私の髪
そんなわたしたちとは違い、お母様の髪はとっても綺麗です
いつも気を使って手入れをしている、自慢の髪だと言っていました
綺麗なブロンドの髪が良く似合っているお母様
でも、ロザリンドの髪はちぢれています
お母様が事故にあいました
乗っていた車はひどくひしゃげ、
逃げる間もなく車は火につつまれました
綺麗だったお母様の髪は見る影もなく焼け落ちています
いつもわたしの髪をといでくれたお母様
わたしは思い出を振り返るように、
ロザリンドの綺麗なブロンドの髪をとぎました
親戚のフランシスカの発表会に呼ばれました
フランシスカは綺麗な手足の女の子
彼女が踊る舞台はとても素晴らしいものでした
わたしはロザリンドと一緒に彼女に拍手をおくります
手足が綺麗なフランシスカ
ロザリンドの手足は潰れているのに
フランシスカは死にました
バレエの練習の帰り道
暴漢に襲われ、そのまま殺されました
逃げられないよう潰された手足は
必要以上に損壊していたそうです
さようならフランシスカ
わたしはロザリンドの綺麗な指先に手を重ね、お別れを言います
彼氏ができました
背が高くハンサムなアイザック
いつもわたしを見てくれるアイザック
わたしを受け止めてくれるアイザック
彼の素敵なところをたくさんたくさん
ロザリンドに話しました
いつも一緒にいてくれるわたしの彼氏のアイザック
だけど、ロザリンドの隣には恋人がいない
アイザックがいなくなりました
突然の失踪、悲しみにくれた日
街で素敵なドールに会いました
背が高くハンサムな顔立ち
一途で包容力のありそうな出で立ち
まさにアイザックそのもののでした
店主は知らぬ間にいた彼を気味が悪いと言います
ドールはわたしが譲り受ける事になりました
素敵なドールのアイザック
ロザリンドの隣にはアイザックが座っています
わたしの声
誰よりも澄んだ自慢の声色
わたしの一言は、みなの足を止める
わたしの言葉は、みなが耳を傾ける
わたしの歌は、みなに至福の時間を贈る
ねぇ、ロザリンド
あなたはわたしの声をどう思う?
割れたガラスが喉に突き刺さる
他の箇所にも刺さっている気もする
もうどこが痛いのかすらよく分からない
声がだせない
よく知っている声が聞こえる
『おやすみなさい、オリヴィア』
わたしはこの結末をきっと知っていた
だけど、後悔はない
しあわせだとすら思う
だって――、
今の彼女は誰よりも美しいのだから
“夏のホラー”企画を見て面白そうだと思いたつも、未発表でも病院がテーマというわけでもない事に気づいたのが個人的にゾッとした部分。
ここで書いてみるきっかけを手に入れたという面ではよかった……のか?