邂逅と後悔・8
蒸し暑い中ですが皆さまいかがお過ごしでしょうか。
更新が遅くなり申し訳ありません。
先日ファンアートをいただきました、ありがとうございます!
冒頭のFA置き場に掲載しましたので、よろしければご覧ください。
いつも読んでくださりありがとうございます、感謝しています。
「おーたん、あー」
自分と同じ金茶の巻き毛で茶色い瞳の姪っ子が差し出してきたスプーンを、エルヴィンはでれでれに崩れた相好で「あー」と口に含んだ。
それが姪っ子が嫌いなかぼちゃのペーストであり、彼女が親切心でエルヴィンに食べさせているわけではないとわかっていても、だ。
「おーたん、あー」
もう一度すくってエルヴィンへスプーンを向ける。
「あー」ともう一度迎えると、テーブルの向こう側で黙々と食事をしていた姪っ子の父であるエルヴィンの兄がなにか言いたげに咳払いをした。
「エルヴィン、毎度言うが、娘を甘やかすのはやめてくれないか」
「オイゲン、なにを言う。
これはアリーセが分かち合う気持ちを培い、利他的な精神を育むために必要なことだ」
「おーたん、あー」
「あー」
「……わたしには着実に利己的になる教育を受けているように見えるがね」
「あら、わたしはエルヴィンが来てくれると、アリーセが喜ぶから嬉しいわ」
年下の義姉が、言外に「それにわたしがアリーセをみなくて済むもの」と付け加えているのをエルヴィンは感じ取っていたが、全く問題ない、むしろウェルカム。
トイレに行く振りをして研究所を抜け、見つかって連れ戻されないようにエルヴィンが逃げ込んだのは、彼が入居している独身寮から辻馬車で10分の所に住んでいる兄の家だった。
雨でなかなか馬車が捕まらなかったが、その分寄り道して姪っ子の好物を土産に買えたからこちらも問題ない。
おーたんは嫌いなものを食べてくれて、好きなものを食べさせてくれる素敵な叔父さんなのである。
問題ない。
「……そんなに子どもが好きなら、さっさと結婚しろ」
スープを口に運びながらぼやいた兄をまともに見やって、エルヴィンは大真面目にはっきりとした口調で答えた。
「子どもが好きなのではない、アリーセだから愛している」
義姉はころころと笑い、兄は何度目かのため息を吐いた。
「見合いの話はどうなったんだ」
「……なんで知ってるんだよ」
「母さんから手紙があった。
こんないいお嬢さんとの御縁はもう二度とないから何があっても仲人せよ、と」
「要らないよ、結婚なんかする気ない」
「また始まった……」
スープスプーンを卓に置いて、兄はエルヴィンに向き直って口を開く。
「おまえはずっとそんなことを言っているが、ずっとそのままでいるわけにはいかないだろう。
良いお嬢さんと結婚して、良い家庭を持って、最後は自分の子どもに看取られる。
そんな普通の幸福を退けて、一体なにがしたいっていうんだ」
「その幸福はオイゲンが得ているのだからいいじゃないか。
わたしは研究室のあの乾いた空気の中で、資料と文献の山に埋もれて死ぬのが理想だね」
「……どこで道を間違えたかなぁ……おまえもわたしも、似たような生活をしてきたっていうのに」
「間違いとは聞き捨てならないな。
わたしの考えはわたしの考え、君の考えは君の考え、でいいじゃないか。
わたしにとってはこれが幸福なんだ」
「おーたん、あー」
「あー」
確かにそのでれでれ顔は幸せそうだ、と兄はぼやいた。
「そんな難しい話はいいじゃないの。
こうしてみんなでご飯を食べられて、それでわたしは幸せよ」
義姉の言葉にエルヴィンは咀嚼しながら「もっともです、義姉さん」と深く頷いた。
兄はもう一度ため息を吐き、それ以上はなにも言ずに再びスプーンを手に取った。
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「お兄様、お酒を召されましたわね?」
「……なんでわかった?」
食事室に入って「お待たせいたしました」と急いで席に着いたルドヴィカは、隣の席のイェルクの顔を見て言った。
「お耳が真っ赤です。
ついでに言いますと目元と首回りも」
「……そんなたいして飲んでないよ」
「そうですわね、お兄様は酔いはじめに赤くなられますから。
青くなる前に控えてくださいましね?」
「わかってるよそれくらい……ザビーネみたいなこと言うなよ」
イェルクは首を回して顔に集まった熱を散らそうとしたが、意味がなかったのでコップに手を伸ばして水を口に含んだ。
「すまないね、ルイーゼ。
わたしがイェルクに付き合ってもらったんだ。
食前酒にはきつかったかもしれない」
「そんなことない、飲めるよ、あれくらい」
ヨーゼフの言葉に対し強がるイェルクに、ユリアンは微笑みを向けながら言った。
「イェルク、無理はするなよ。
わたしも最初はきつかったんだ、あの酒は」
「だから、大丈夫だって」
「じゃあ、食後にも少しどうだ?食堂から氷をもらってこよう、落とすと風味が変わって美味いんだよ」
「うん」
「まあ、お父様、お兄様を悪の道に引き入れないでくださいまし」
眉を顰めながらルドヴィカが言うと、ユリアンは笑った。
「男の通過儀礼だよ。
そうやってみんな、大人になって行くんだ」
「よくわかりませんわ」と、ルドヴィカは前菜を受け取りつつ言った。




