邂逅と後悔・7
かいててめっちゃたのしかったです
主を起こさないためか、控えめなノックを聞いてラーラは深い眠りに落ちているルドヴィカの傍らから離れて扉を開けた。
「どうしたの、アデーレ」
「……ドレスを、見てくれないかしら」
少しそわそわとした様子で訊ねる栗毛の侍女に、ラーラは首を傾げた。
「お嬢様の?」
「そうよ、先日私がお預かりした、通信販売の紫のドレスよ」
ルドヴィカの様子を確認してから、ラーラは廊下に出て扉を閉めた。
どうにも落ち着かない様子のアデーレに続いてルドヴィカの衣裳部屋に入る。
アデーレの作業部屋の梁をくぐると、胴像に先日家人にお披露目されたドレスが着せられて立っていたが、一目見てラーラは息を飲んだ。
「まあ……アデーレ、あなた、なんていう……」
「……どうかしら?おかしい?」
そわそわとしているアデーレを横に、ラーラは胴像をゆっくりと一巡して上から下まで眺めた。
それを採点待ちの生徒の表情でアデーレは見守る。
「すごいわ……よくぞこの短期間でここまで。
とても、とても素敵」
ラーラの感嘆にアデーレは詰めていた息を吐きだして微笑んだ。
「よくこんな、手直しの体裁を思いついたわね。
これは……このドレスは一般的なプリンセス・スタイルではなかった?」
「ええ、そうよ。
でもお嬢様がお召しになられるなら、布地が余るでしょう。
元々後ろ身頃が大ひだになっていたから、もう少し寄せて引き裾を作ったの。
お嬢様は腰当てを使われないから、これくらい主張する方がいいと思うのよ。
朝顔形袖だから全体的に見ても裾広がりの印象でまとめられる。
それに今は隣国で腰当てを無くして腰回りを締めた砂時計曲線が流行っているのですって。
ダニエラが買ってきた雑誌に書いてあったわ!」
息継ぎなしでアデーレが言うのを呆気に取られたように見つめ、ラーラは「そうなの」と呟いた。
「それにね、ご覧になって、ねえ、この紫!こんなに綺麗な色が出るだなんて。
そしてこの手触りよ。
絹織物にそっくりだけれど、売価を考えたらあり得ないわ。
ねえこれ、可燃性が高くて流通しなかった再生繊維の後継ではないかしら。
きっと、それを最近開発されたっていう化学染料で染めたのよ!」
「まあ、再生繊維。
私、見たことがないわ」
「ええ、危険性が高いから一般には出回らなかったの。
私はこちらにお勤めに来るまで、服飾の職業訓練校にいたから見本を触ったことがあるわ。
きっとそう、きっとそう!」
続け様にアデーレはこれがどれだけすごいことなのかを滔々とラーラに語って聞かせた。
「そう、それで、このドレスはこれで完成なのね?」
アデーレはかっと目を見開いた。
「まだよ!」
「同色の干渉縞布で太腰帯を作るわ。
後ろで蝶結びにして、それで砂時計曲線の完成よ。
それに引き裾に同色の絹レースを重ねたいの。
そしてお嬢様のお好みにもよるけれど、裾全体と胸元の横ひだにお嬢様の瞳の色から紺糸で花綱模様刺繍を施すわ。
それで古くからの紋様と新しい形態が出会うのよ!すてき、すてき!」
ラーラははしゃぐアデーレに呆れたとも感心したともとれぬ目を向けて、訊ねた。
「なにがあなたをそこまで駆り立てるの、アデーレ?」
その言葉にアデーレは真剣な表情で答えた。
「そうね……問われて、敢えて答えるとするならば。
そこに、ドレスがあるからよ」
****
いつも通り目覚めは重苦しいものだった。
ラーラの名を呼ぼうと試みる。
できない。
もう一度試みる。
できない。
深呼吸をしようと考える。
多分できてはいない。
もう一度落ちてしまうには眠りは浅くて、ルドヴィカはどっちつかずのこの状態を終わらせようと身じろぐ。
誰かの存在を近くに感じた。
ラーラ。
もう一度呼んでみる。
できない。
そういえば自分は王宮にいたのではなかったか。
では傍にいるのはラーラではないかもしれない。
けれどどうしていいかまでは頭が回らなくて、やはりもう一度ラーラを呼んだ。
返事が聞こえる。
声が出たのだ。
どこか違う世界に繋がったかのように突然五感が開けた。
ゆっくりと目を開ける。
優しい瞳のラーラがいた。
「おはようございます、お嬢様。
初めての王宮でお疲れになられたのですね。
御館様も次代様もお戻りです。
皆さまお待ちですので、身支度ができましたら食事室へ参りましょう」
「……そんなにたくさん寝ていたの、わたくし?」
ルドヴィカが問うとラーラはやんわりと微笑んだ。
「そうですね、いつもよりは少し長いです。
仕方がありません、きっと沢山気を配っていらしたのでしょうから」
身を起こすのをラーラが手伝ってくれた。
四肢に力が入るまで、ベットに腰かけてやり過ごす。
その間にラーラが髪の毛を整えてくれた。
「いつもありがとう、ラーラ」
何気なくルドヴィカが言うと、ラーラは少し目を張って、それからまた微笑んだ。




