邂逅と後悔・6
雨足は全く遠退く様子もなくて、窓を激しく打ち付ける。
まだ夕方になったばかりの時刻だというのに日が差さず、ヨーゼフは談話室に明かりを灯すためオイルマッチを擦ってランプに火を入れる。
「珍しいな、おまえから話そうだなんて」
特段驚いた様子もなくヨーゼフはランプを卓上に置いた。
イェルクは少し頷いて、席についてヨーゼフが棚から蒸留酒とグラスをふたつ取るのを見ていた。
目の前にごとりと置かれたグラスに琥珀色の液体がいくらか注がれるのを黙って見つめて、ヨーゼフが席に着いたのを見てからそれを手にする。
温い酒は苦く感じられて、舐めるようにちびりちびりとイェルクはそれを口にした。
ヨーゼフが昔から好んでいた酒で、今はユリアンが愛飲している。
そのうちイェルクもこれを美味いと思うようになるのだろう。
その時の自分がどんな人間になっているのか、イェルクは少し考えた。
「で、なんだ。
なにが訊きたい」
同じようにちびりと舐めながら、ヨーゼフはイェルクに促した。
少し俯いて、ややあってからイェルクが目を上げると、自分と同じ深い色の瞳がこちらを見ていた。
「ドレヴァンツ家が……取り潰しになるって本当?」
少しだけ目を眇めてヨーゼフは答える。
「聞いたか……少し違うが。
爵位返上だ、取り潰しではない」
「でも結果は同じ事でしょう」
「違うと言えば、嘘になるな。
しかし、いくらかの名誉は守られる」
「じーじがそうしたの」
「働きかけはした。
受け入れるかどうかの選択はドレヴァンツ本人だ」
「他に手段は?」
「なかったよ、最善を尽くした」
「小母様はどうなるの?」
「こちらに来るように言っている。
……だが、説得に応じてくれなくてね」
言いたいことが、訊きたいことがありすぎて、イェルクは声を詰まらせた。
けれどどれもこれも口にするには覚束なくて、形をとらずに霧散する。
けれど一番訊ねたいことだけははっきりとしていて、包むことなくイェルクはそれを言葉にした。
「リヒャルトは、どうなるの」
ヨーゼフは長く沈黙した。
言葉を選んでいるのがイェルクの目からもわかった。
なのでその内容は聞きたくないことなのだろうとあたりがついたが、耳を塞ぐことも、席を立つことも、イェルクにはできなかった。
「いくつか……考えうる道はある。
その中で最善を選択できるよう、わたしも尽力しよう」
「……じーじが、この時期に来たのは、そのためだったの」
「そのためでもあった。
ルイーゼのことももちろん考えていたよ」
「じーじが動けばどうにかなるの」
「爵位に関してはもう無理だ。
返上するのが既定路線で、資産はすべて賠償に充てられる。
痛みの少ない着地点を探しているところだよ。
今はまだなにも言える段階にない」
「リヒャルトはこのまま、従騎士を続けられるの」
「……その手段を模索中だ」
「……もし今、ドレヴァンツの名のままで、リヒャルトが騎士の任命を受けたら?」
「あの子にとってはそれが最善だろうな。
自身が勲爵士を拝受できれば、御家の有無に関りはなくなる。
そうしてやりたいのはやまやまだが、わたしに軍部の人事にまで口を出す力はないよ」
静かなヨーゼフの声はふたりの間に落ちて、それきり互いに何も言えなくなった。
起きたことと、成せないことと、そのどちらもが大きくて、これ以上の言葉はきっと空々しくなる。
イェルクはグラスを持った両手を見下ろした。
琥珀色の液体は、飲み干すにはまだイェルクには苦くて、ランプの灯りがちらちらと光らせるその滑らかな水面をじっと見る。
そのうちイェルクもこれを美味いと思うようになるのだろう。
その時の自分がどんな人間になっているのか、イェルクは少し、考えた。




